10話『グレード』
長閑な漁村は表向きいつもと変わらぬ生活をおくっているようにみえる。
しかし、その陰で騒ぎが起こっていた。
数日前にこの辺りの一帯を治める豪族から無茶な要求を突きつけられ、村の男たちが危険を覚悟して毒海の向こう、マーリーン族の縄張り漁へ向かったのだ。
「くそっ! あいつらはまだ戻らねぇのか」
バンッと年季が入り飴色に輝くテーブルに握った拳を叩きつけたのは実質的にこの村を掌握しているヤクザ龍魔組の若頭グレードだ。
村長は龍魔組の頭でもあるため、小さな村すべてがヤクザ者とその親族と言っても過言ではない。
目立たぬようにほそぼそと外海から魔魚を採って来ては裏ルートでダーテ藩主の城下町に出入りしている商人へ魔魚を卸していたのだが、ダーテ藩主へ納めるからと豪族から横槍が入ったのだ。
魔魚は宝石と同じくらい高値で取引される。
それまで陸地からえる税で私服を肥やし魔魚に興味を示さなかった豪族が、唐突に自領が海に面している事を思い出したのだ。
「ただでさえ毒海の影響で作物はまともに育たないってのに、沖まで出て魔石付きの魔魚を捕って来て納めろだぁふざけんな!」
グレードは苛立ち紛れにテーブルに木を削り出して作ったカップを叩きつけた。
毒海は青紫色の海域で、漁はできない事はない、しかしそれは死と同意と言っていいほどに危険なのだ。
毒海に適応した魔魚はもはや怪物と言っても過言ではない。
もし釣り竿など下ろそう物ならあっという間に木造漁船ごと海へと引き込まれる。
アーティファクトと呼ばれる失われしオーバーテクノロジーで作られた古代船であれば釣り上げることも可能だろうが、この小さな漁村にそんな大層な船はあるはずもなく、村人たちは危険を承知で外界へ向かったのだ。
そう、税が納められないのなら年頃の娘たちをすべて奴隷に売り払うと言われ豪族に娘たちをむりやり連れ去られてしまい、抵抗した若い漁師が大怪我を負わされてしまった。
ダーテ藩城下町へ闇ルートで魔魚の引き渡しに出向いていたグレードが、豪族が漁村に対して無茶な要求をしたと聞き、急ぎ村に帰ると既に漁船は沖へ出てしまっていたのだ。
助けに行きたくてもグレードは漁師ではない……毒の海を越えることも出来ず海の藻屑になりかねない。
何もできない、グレードに出来るのは皆の無事を祈るだけ。
「若頭! 湾岸に不審なアーティファクト船が来やがった!」
「なに!? くそっ、こんな時にどこの豪族が来やがった」
豪族にしてもその上の藩主にしても対応を間違えれば村ごとチェスビーと呼ばれる藩主や豪族が有する巨大な蜂が兵士たちを乗せてすぐさま漁村を滅ぼしかねない。
「とにかく村にいる住人をすべて集めろ! 絶対に機嫌を損ねんじゃねぇぞ!」
グレードの言葉に村人達が殺気立つ一方、そんな村の様子など知る由もない俺達はと言うと……
「帰ってこれて良かったなゲオ」
「はい!」
暢気にゲオの頭を撫でると、煉瓦を敷き詰めた港の岸に船を寄せた。




