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「うるさい」ください

「うるさい」に売り手はいても買い手はいない。

騒音に悩まされる日々を送るサトウのもとに現れた「彩 蓮人」という男。

うさんくさい人物であるが、彼はなんと「騒音」の買い手だった。


「頼むから静かにしてくれ……!」


1人、部屋で呟いたのは仕事から帰ってきたサトウ。


彼の住まいは人口70万の大都市に存在する。

ここには多くの人間が暮らしており、その数も多様ならそこから奏でられる音にも個性が出る。


目覚ましい発展を遂げている都内で生活を営む彼は、騒音に晒される日々を送っていた。


昼は車のクラクションや建設現場の工事音。

夜は帰宅ラッシュによる渋滞音、繁華街から帰路に向かう酔っぱらい達の熱唱。


「職場から近い所だから正解だと思ったんだけどな……」


職場に向かうのに最適と、駅近くのマンションを選んだ結果がご覧の有り様である。

おかげで彼は引っ越してからずっと、目覚まし時計をセットする手間をかけなくて良い。


長期連休になると喧しさは平日の比ではない。

サトウの住むA区は隣のB区にあるテーマパークの経由先として地方からやってくる人で朝から大賑わいとなる。


今日はそのテーマパークが開園から50年の節目という事もあり前日からホテルを予約する客が集まりこの日だけでA区に住む人口を軽く超えていた。


あまりの多さに通りでは警察が出動する事態になるほどの大渋滞を起こしていた。


「多少は覚悟していたがここまでうるさいとは…。おや、誰か来たみたいだな」


サトウが愚痴をこぼしたと同時に玄関のインターホンが鳴った。


「どちら様です?」


「お時間よろしいでしょうか」


玄関のドアを開けるとセールスマンの男が立っていた。


「はじめまして。私、防音をサービスとしているシーン社の訪問販売を担当しております菜 蓮人さいと申します」


紺色のスーツに身を纏い、笑顔でサトウに言う。


「防音材の類でも取り扱ってるのか」


「いえ、弊社ではそういったものは取り扱ってはおりません」


否定するも、口角をあげたまま笑顔を崩さない男。


「ならどんなものを売ってるんだ」


男の飄々とした受け答えに苛立ちを覚え、語気を強めた。


「”お客さまの健康を防音から”という観点から弊社ではこちらを取り扱っております」


そう言って男はカバンから取り出した装置をサトウに見せた。


「なんだこれは」


男の手にはネズミのような見た目のメカが乗っていた。首周りには引き盃の様な襟巻きが付いており、頭とされる部位にはロッドアンテナが展開していた。


「これは騒音収集器というもので対象物が発する音を使用者に聞こえない様にするものです」


「なんだって、それは本当か!」


渡りに船とはこの事か。

男のセールストークにサトウは思わず感嘆の声を上げた。


「この装置の性能を知っていただく為、ご自宅のテレビを使いたいのですがよろしいでしょうか」


「……もしインチキなら警察に突き出してやる」



男の口車に乗せたられたことを自覚するも一貫して態度を変えなかった。




サトウは話の続きを応接室で聞く事にした。


「お客様の様に都内にお住まいの方の共通の悩みとして騒音問題があります。この問題を解決するという目的のもとにこの装置は開発されました」


「なるほど」


「言葉で説明するより実際に行った方がその効果をより理解できます。リモコンをお借りしても?」


「構わん」


サトウが許可すると男はテレビのスイッチを押す。怪獣映画が放送していた。


「音量を上げますので耳栓とこの装置をどうぞ」


「うん」


男はサトウが耳栓をしたのを確認するとテレビの音量を上げた。画面には街中で怪獣が熱戦を口から吐いて大暴れしていた。耳栓をしていてもわずかに聞こえて来る逃げ惑う人々の叫び声と爆発音。


「ではこの装置のボタンを押してください」


「こうか」


サトウは間髪入れず装置のボタンを押した。


『“うるさい”を検知しました』


装置が音声を発すると同時にテレビは途端に静かになった。


「…?」


「外されても大丈夫ですよ」


外界からの音を遮断されたサトウに男はジェスチャーで耳栓を外すように伝えた。


「こ、これは!」


画面では終盤あたりなのだろうか。

火山の火口へ怪獣が落下し、噴火しているシーンだった。

相当なうるささであろうと伺えるが全くの無音だった。


「如何だったでしょうか。この装置は所有者である私の“うるさい”と感じた対象を騒音と認識して瞬時に音をそのものを消してしまうのです」


サトウは男のセールストークに待ったをかけた。


「待て! ここにいるのは俺とあんただけだ。耳栓をしてる間にテレビに細工をしたんだろ」


「お客様がそう思われるのも無理はありません。ですがこれが嘘ではない事が直に……おや、さっそく効果の程が分かりますよ」


玄関のインターホンが鳴った。


「誰だ? こんな時に……?」


サトウはリビングを出て玄関に向かう。


「出前なんて頼んだ覚えはないぞ……」


そう言いながら玄関の扉開けた。


「はい、どちらさまですか」


「どちらさまもこちらさまもあるか!!」


「えっ!」


そこにはカンカンに怒った隣人が立っていた。


「お宅のテレビ音ねぇ! 公害だよもう! 昼寝してるんだから思いやりを持ってくれ!」


「す、すいません! リモコンを床に落としたはずみで……!」


「言い訳はいいから早くテレビを消してくれ! せっかくの昼寝が台無しだよ!」


「は、はい!」


サトウは急いでリビングに戻ると、したり顔でソファに座っている男がいた。


サトウが血相を変えてテレビを消した理由を聞かなくてもその含み笑いがすべてを知っていた。


「如何でしたか、効果の程は」


「確かにこれは防音材などでは出来ないな」


「弊社はお客様の“うるさい”をいただく事をモットーにしております」


「いやはや恐れ入ったよ。目の前で見せられては信じざるを得ない」


「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。ところで……」


サトウの賞賛を受けつつ、男が窓に目を向けた。


「こちらに来る途中、かなりの人を見ましたが今日はお祭りでも催されるんですかね」


「今日はB区にあるテーマパークが開園50周年の節目を迎えてな。それを祝うために今日は通りでパレードをやっているんだよ」


「とすると、ここに住む方々はかなり騒音に悩まされているでしょうね」


「ははは、ちょうどいい機会だ。テレビの音だけでないという事を見せてもらおうじゃないか」


「かしこまりました」


サトウは男と共に外出し大通りへと出た。


「こ、これは……!」


まるでグンタイアリの引越しかと見紛うほどの大勢の人混みにサトウは気圧された。


「ではこちらの装置をどうぞ」


「あ、あぁ」


サトウは男に促され、手渡された装置を群衆に向け、スイッチを押す。

これで騒音を感知するとともに機械の所有者をサトウに設定したことになった。


『“うるさい”を検知しました』


シーン……


サトウは驚愕した。目の前いる人々は身振り手振りから話している事は明らかにわかるのだが、声だけが全く聞こえないのだ。


「素晴らしい……!」


「弊社の厳格なテストをクリアした装置です。ジェット機のエンジン音から蚊の羽音までお客様の任意で消去できる音は自由自在です」


「買った!これは世紀の発明だよ!素晴らしいー!!」


サトウは通りに向かって走った。群衆という騒音と切っても切れない存在が物音ひとつ立てないのだ。このあまりにもミスマッチな光景がサトウの心を魅了してやまなかった。


「はっはっはっはっー!」


サトウは声を上げて笑った。その声に皆が振り返り、サトウを見た。

人々はサトウを見て何かを叫んでいた。


「みんなー! 今まで悪かった!」


人々がサトウの存在に気がつくと皆、一様にして彼に何かを訴えかけている。

心なしか不安の混じった表情の者がいたがサトウには些細なこと。


「ありがとう! ありがとう! みんなも今日を楽しんでくれよー!」


むしろ彼らを心配させまいと感嘆の声を送る。

そうこうしていると彼の心はふわふわと宙を待っている気分になった。


まるで羽のように体が軽い。音がしないだけでこんなにも、こんなにも素晴らしいものなのか。

サトウはそんな錯覚に陥った。

無理もない。いままで彼の悩みの種であった騒音が突然、音もなく消えたのだから。


しかし、それもすぐに終わった。


「? なんだか痛みがするな…」


半身に何かじんわりとしたものを感じた。続いて痛みが起こった。


「な、なんだ!?まさか装置の副作用か…?」


やがて遠のいく意識を呼び起こそうとするも痛みのせいで指一つ動かすことが出来なかった。


大通りに出た彼を、車に轢いた事が原因だと知ったのは担架の上であった。



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