スルタンのハーレムにて
今回の第四話は前作「もののふの星」の第二話“ケイトとルナン”に相当しますが、内容はずいぶんといじりました。第三話の一部を挿入して、ルナンとアメリアの会話形式で進めてみました。
どうも前作を読み返すといろいろ情報を突っ込みすぎて読者様が混乱、食傷気味だったのではないかと考えて修正してみました。
これで正解かどうかは別として何らかの工夫を凝らす必要はあるかと。そしてこの回の小テーマとして“人工知能に想像力を与えるとは?”を中心に構成を変更してみました。
では、どうぞ!
緊急事態により、ルナン・クレール中尉がフリゲート艦の指揮権を継承せざるを得なくなってしまう時点から一二時間ほど前のこと。
当直を終えたルナンとアメリアは艦内における女子専用仮眠施設、なぜか男性クルーから”スルタンのハーレム”と呼ばれる区画で、二〇分に設定されたシャワーを浴び、就寝前の軽装に着替え、その休憩室でフリードリンクのカップをすすっていた。
五,六人掛け用の丸テーブルが四基と明るいグリーン色のリング型ソファーが設けられ、壁際にはカップ式のドリンク自販機、軽食、スナック菓子も用意されていて全て無料である。
天井には大型液晶モニターが据えられていて、先刻までは女子クルー達に好評の”通販グッズ”番組が流されていたが、今は船外のライヴ映像が流れているのみ。
ここには二人以外にも、非番となったクルーたち数名がラフな寝巻き姿で就寝前のひと時を過ごしていたが、それぞれ仮眠カプセルに入り今は無い。
アメリアは丸テーブルの上に折りたたみ式卓上ミラーを見ながら保湿クリームを丁寧にぬり込んでいる。タオルを頭に巻き、淡いベージュのナイトガウン姿のアメリア。
しばし手を休め、片手でそのチューブを化粧ポーチから取り出し、ルナンの方へ向けて”手を出せ”と表情で促した。
ドリンクをちびちび舐めながら、左手の中指を差し出すルナン。アメリアはそこへたっぷりのクリームをしぼり出した。彼女は右手に持つカップを置こうともせず中指だけでぞんざいにクリームをぬり広げた。
「ルゥナーンッ、鏡ぐらい使えやぁ! 今の内からしっかりケアしておがねぇーど、年いってから面倒になるかんねぇー」アメリアは、呆れたように、しげしげと士官学校時代からとなる親友の湯上り姿を見て
「まるでオッサンだで。何とかならんのかねぇ?」と、お国訛りで首を振って見せた。
「オレは鏡が好きじゃないんだよぉー」ルナンは合点がいかないままあらためて自分の姿を見定めてみる。
ルナンはと言えば、金色の頭髪は洗いざらし櫛も入れず、タオルは首に掛けっぱなし。黒の半袖Tシャツに下半身はこれまた男向けみたいなボクサーパンツ型ショーツ。
お世辞にも女子力が高いとは言いがたい。そしてルナンはアメリアの卓上ミラーを伏し目がちに睨みつける。そこには彼女が忌み嫌う物がどうしても映り込む。ルナン・クレールという人物が存在する限り永久に。
「どうだ、少しは落ち着いたがや? いったいどうしたんさねぇ」アメリアは“スルタンのハーレム”を照らす明かりを一つ一つ落としながらルナンに尋ねた。自分たちの頭上にある照明のみ残し、あとは暗闇が幅を利かせるにまかせた。
モニターの映像はいつしか切り替わり、そこには太陽系第四惑星の火星がほぼバスケットボール大の大きさで映しだされていた。人類の希望を担うはずであったこの惑星には未だに赤茶けた色の茫漠たる荒野のみが広がっている。
入植施設の一つも存在していないのだ。
「……悔しくないと言えば嘘になる。全てケイト・シャンブラー博士の言うとおりさ。すぐに今までトップエースでござい、と肩をそびやかしていた連中が引き摺り下ろされる。考えるにつけ恐ろしいよ。あのカニのような無人機動兵器が縦横無尽に飛び廻り、有人艦載攻撃艇を撃墜していく様を想像するとね」と、ルナンは自分の頭上で唯一つ点灯している照明を仰ぎ目を細めた。
「正直手が出なかった……。勝手が違いすぎる。こちらも管制射撃AIでランダム予測射撃を行っても、裏をかかれていいように叩かれた!」
「そっちじゃねえよ。ほれっ、コーヒーだ。うん。これはまあ、いいほうだな」とアメリアが紙コップを差し出した。
アメリアは律儀にもルナンにつき合い、彼女のすぐ隣に腰を下ろした。二人は天井近くに設置されている大型モニターに間近のソファーに腰掛け、この日何杯目かの不味いドリンクをすする。
つい先刻、ケイトの『AIに想像力を授けたました。……あの子たちは“本物”なのよ』と言う何気ない言葉でルナンがケイトにつかみ掛かった喧嘩騒ぎの余波で未だに眠りにつけずにいたのだった。
「なぁルナン、今回もSPAT弾使ったっぺよ?」
「ああ! 大概はそれで決着がつく。だがあのカニ共には効果が無かったよ」
「電波阻害粒子ばら撒いたら普通の攻撃ドローンなら母船との通信が途絶えて動き鈍るがのぉ?」
「あのアクティブドローン三機は母船にあたる『ルカン』との通信は全く行ってない。記録をトレースしたよ」
「名前あったよなぁ? ボディの白ラインが『ジャン』で青いのが『オスカー』だっぺ? あとはぁ……」
「『マークス』! 赤ラインのストライカーで一番の兄貴分だ」
「騒がしい連中さねぇ。『あにょ狙われちょっぞぉ!』、『さぁ仕上げにかかっでなぁ! 遠慮はいらんどぉ』AIのくせにお国訛り使いよる」と、にやつくアメリアにルナンは深くため息をつき
「マシーンなんだから機械言語でレーザー通信すりゃいいものを。平文で電波たれ流しやがった! お陰でこっちの“ライオンハート”はエラー出まくりだぜ」と、ガクッと首をうな垂れた。
「奴らは相互通信だけで行動パターンを選択、自在に動き回る。ケイトはコマンドを与えずに全てを彼らのイマジネーション・デバイスに委ねた。それが怖ろしい……」と、ルナンは遠い目をモニターに向け
「ケイト・シャンブラーは“パンドラの箱”を開けちまったのが判っているのか? 奴ら自身が文明を育みその先何を目指すのか……をだ!」と、苛立ちをぶちまける様に声を荒らげてみせた。
アメリアはそっとカップをテーブルへ移し、隣に座する相棒の髪に手を伸ばして猿の毛繕いよろしく枝毛探しを始めた。
「そんで、ケイトの襟首引っつかんだんかい?」
「つい……手がでちまった。本来であれば……あ、痛! 枝毛引っ張らないでぇ」
「こぉのバカチン野郎! ケイト泣かすんじゃねぇっぺ! あの子はちゃんとおめぇに『おかげさまで良かデータが記録できもした。あいがとごわす』って言ってきたんじゃねぇの?」
「だってあいつ『三連敗やったばっ怒っちょらんよねぇ~?』って笑顔満面なんだもん! アメリアだって悔しいだろう?」
「おめは大砲屋だっぺ! おらは艦艇制圧戦の戦士だべさ。兵科が違うんさぁ」
アメリアはルナンの枝毛いじりを止めて、両の拳を相棒のこめかみにあてがい
「大体はぁおめが大人げないんだわのぉー!」と、ぐりぐり攻撃を始めた。
「おらは二五。おめは二四。ケイトは幾つだかぁ?」
「た、確か二十二? 痛い! 痛いからぁ~」
「ホレ見ろぉー。そしたらおら達が不慣れな妹分をサポートしてやるのが“筋”だっぺさぁ!」
人気の無い“スルタンのハーレム”に哀れなソバカス女の悲鳴が響き渡る。
もがき苦しみ“姐さんゴメン”、“勘弁してぇぇ~”を繰り返しつつ、ルナンは実働試験訓練の一場面を思い起こしていた。
守備側を担うフリゲート艦の兵装攻撃は全て模擬弾、TT魚雷にいたってはペイント弾頭であったが、前述の通り全てかわされた上に甲板への着艦を許してしまった。
三機いや彼ら三人は、銘々の頑健な鉤爪型アームを巧みに操り極太の白チョークで
『マヌケ』、『おバカァー』あるいは攻撃成功のX印と言った落書きを随所に残してくれたのだった。
艦長アレクセイ・ムーア少佐からの叱責を喰らったクレール中尉が自ら装甲宇宙服を着込みモップ掃除を行っていた時にある文言を目に留め息が止まるほど驚愕したのだった。
印刷されたかの如く丁寧に記された一文。
『我々はいったい何者であろうか? どこから来て、そして何処へ往こうと言うのか?』であった。
これはかつて地球の古代ローマ帝国へ侵入し暴虐と略奪を欲しいままにした蛮族の何者かが残した碑文の一節。
宇宙への進出を果たした現在の人類でさえ未だにこの“命題”に明確な答えを見出せないでままなのだ。
機械の脳のカニ共もヒトという種族と同じ認識を持つという事実を目の当たりにしたルナン。
この時、ルナンはアクティブ・ドローンにはイマジネーションという魔物が潜んでいるのを確信させられたのだった。彼女は慌ててそれを甲板を削るくらいの力で拭い去り
「本来であれば、AIとの意志疎通があったとしてもそれは利用者にとってツールの領域を出ていない! “彼ら”にまるで個別の自我が存在するかのように感じていたのは、あくまで人側の大いなる勘違い……のはずだった」と、彼女は呟き、肩を小刻みに震わせた。
「イマジネーションを持たぬ者に文明は築けない……。だが、こいつ等は……何て事してくれたんだ! ケイト・シャンブラー博士」彼女は身体を起こし太陽の方向に向かって
「想像力が産み出した物は限りなき欲望と差別だぞぉぉー!」と声の限りに叫んだのだった。