男子の本懐 マークスの意気地
「おぉ~い。ルナンよぉ生きてるかぁ~?」
親友アメリアの呼びかけで、ルナンが意識を取り戻した時、先ず目に飛び込んで来たのは、馴染みのスカーフェイスと頬を染めたケイトのはにかんだ姿であった。
ケイトはルナンの膝上で脚を開いたまま、乱れた自分の胸元を正しながら気恥ずかしげにしていた。
「もう、あたはどこ触っちょるんじゃ! 変な声出してしもたじゃなかとじゃ」と、ケイトはタイトスカートのしわを伸ばして離れ際、未だに呆けているルナンの頭をピシャリと引っ叩いた。
これでようやく正気を取り戻したルナンはシートから身を起こし
「『ベーオウルフ』は?! 状況知らせ」と、声を上げ発令所を見渡した。
アメリア・スナールが腕を組み、相好を崩しながら、顎でモニターを見てみろと促して
「やったな……上出来さ!」と、ルナンを労った。
ルナンが周囲に視線を廻らせると、士官、クルーを問わず全ての人間が歓声を挙げていた。自分の席から立ち上がり拍手をする者。大きく両手を上げて“万歳”をする者様々であった。
発令所中央の吊下げ式大型モニターには、つい先刻まで画面一杯に映りこんでいた『ベーオウルフ』の巨影は無かった。
その代わりに漆黒の虚空に点在する星々とそして未だに脱出の際に見て取れた虹現象が同心円状に広がっていく光景が映し出されていた。
「これは……?」とルナン。
「ステルスシールドの残がい……と言うより化物の最期かな」とアメリアが同じ画像を見ながら感慨深げに呟いた。
「奴の“ライオンハート”はもう使い物にはならんだろうなぁ」これは安井機関長。
「アクティヴドローン隊は?」
「大丈夫よ! 三人とも離脱完了。帰還中です」と、ケイトが明るく答えた。
ここまで確認したクレール後継艦長は、腰砕けとなりシートに収まると、大きく一度息を吐き切った。そして両手で自分の顔を覆い
「みんな……ありがとう!」
これだけ言うとそのまま身体を屈めて膝の上に突っ伏してしまった。
周囲から拍手が起きた。誰もが微笑み一介の砲術士官から見事に艦長の重責を果たし、不屈の闘志で難局を乗り切った彼女を賞賛してくれていたのだった。
その時だった。レーダー観測員のジョンスン二等兵曹が突然
「高熱源を探知。右舷五時方向より急速接近する物体有り。クソッ! TT魚雷です。雷数一! 弾頭点火を確認。爆散まであと……五分」と、衝撃の報告を入れてきた。
これまでの和やかな空気が一変。クルーらが一斉に自分の持ち場に飛びつき、表情を曇らせた。
「どうあっても、この船を沈めたいらしいな手負いの獣は。機関長どうだ?」ルナンは再加速でこの脅威を逃れんと安井にその可能性を問うが
「無理だ。もう冷却パイプが限界だ! 今、負荷をかければ艦内全体が被爆する」と、目を伏せたまま首を振る技術大尉。
「方位制御スラスター及び補助エンジンの推力では回避不可能です……」操舵士ベルトランも申し訳なさそうに、静かに告げた。
彼女は素早く、ばら撒かれる礫散弾の拡散方向の予想図とフリゲート艦の回避予想をモニター上に示した。
結果は芳しくなかった。数百パターンの回避予想航路を航法AIが提示しても、その全てが礫散弾の到達ポイントから逃れられない冷酷な現実を表していたのだ。
正式名称『広域散弾射出型ミサイル』。通称TT魚雷と呼ばれる兵器は、対艦用攻撃兵器としてこの宇宙時代においてはポピュラーな兵器であった。
艦隊遭遇戦はもとより、通商破壊戦にも多用され敵船団の一〇〇キロメートル前方で本体は自爆。その弾頭に内蔵された散弾がばら撒かれるのだ。
効果は絶大で、時速換算にして数百キロで宇宙空間を疾走する船団の前に立ちはだかってショットガンをぶっ放す要領となる。
大した防御能力を持たない民間輸送船なぞひとたまりも無い。先頭から順々にこの爆散円の餌食となる。
この攻撃を経験した者は、その光景を“死の花火”と呼んで恐怖した。
有効な対抗手段としては、同じ散弾を魚雷の針路上に爆散させる対抗爆雷か、こちらからTT魚雷を放つかであるが、『ルカン』は全ての実包を先の戦闘で使いきっていた。
艦長ルナンに逡巡している間などあろうはずがなかった。
「ここまでか……やむを得ん」
一度だけルナンは俯いたがすぐに面を上げ、艦内放送用マイクを取り『総員退艦せよ』を告げようとした時だった。
「マークスから通信が入ったの! 聞いてあげて」と、ケイトが彼の声を発令所内で流し始めた。
「こちらマークス。手短に言う。『ルカン』は進路を維持しろ! TT魚雷は俺たちでなんとかする」ドローン兄弟の長兄マークスの野太く男っぽい声のみが反響した。
「ドローン各機進路変更。TT魚雷に向け直進中!」ジョンスンの報告が上がる。
「みんな……これは三人で決めたことと? 自分たちで考えだした結果と?」と、ケイトがドローントレース用モニターを見上げ声を震わせている。
「母さんがいつも言っていたイマジネーションを駆使しての結果なんです。行かせてください」
「ママとみんなを助けっにはこれしか無か。やってみるじゃ。大丈夫! ちゃっちゃっと帰ってくっさぁ!」オスカー、ジャンの声も順にそこに居合わす人々の耳に届いた。
ケイト・シャンブラーは彼らの決意の程を聞きとめると、身体を大きく反らせて顔を上げ
「分かりもした! 行ってきやんせ。思うがままにやってごらん。あてはここで待つ! 結果がどうであろうと、あてはあた達と共にあっとで」と、言った。
ルナンも艦長席からケイトの傍に寄り添うように立つと
「乗員の命運すべてを君らに託す。見捨てはしない! 必ず戻って来い」とルナンも三人を激励した。これにマークスは
「そんな風に言ってくれたのは、艦長あなたが初めてだ。感謝する」この後彼は自ら通信を切った。
ケイトは三人の兄弟、あるいはわが子同然に思ってきた彼らの前では気丈に振舞ってはいたが、通信が切れた途端に、また身体を小刻みに震わせ始めて
「無理よ! TT魚雷を撹乱するなんて! “カミカゼ”でもするつもりかもしれない」と言うとルナンの胸に飛び込んだ。
「信じようや。オレは腹を括ったぜ。立派な息子さんたちだよ」ルナンはそう言うとケイトの背中をゆっくり擦ってやった。
◇ ◇ ◇
「どうするのですか? 魚雷に向って体当たりなんて芸がありませんよ」と、言ったのはオスカー。
マークスがケイトと通信中の間も兄弟はTT魚雷の進行方向に対して横一列で目標に迫っていた。
「良う聞け二人とも。今から一分後にオレん腹ん中に収められちょるチャフ弾を発射すっ。アルミ箔の電波撹乱材をばら撒いたや、最大広角モードで照準用レーザーを浴びせっとじゃ!」と、マークスが指示すれば
「わかりもした!」と、応じる末弟のジャン。
「あんマヌケに迎撃用対抗爆雷が起動したと誤認させ、ここで自爆させっど。そん後おはんらぁオレん後ろに退避せんか。よかね、もうこれしか手が無かど!」
これにオスカーは黙って了解を示したが、ジャンの方はおずおずとまたお国訛りでしゃべり始めた。
「あにょさぁは……死ぬ気なぁ? 止めてくぃやんせ」半分、泣き声のようになってマークスに訴えた。
マークスはそんな弟分に優しく諭すように
「やっしかなか。そいより頼みがあっで。ケイトん事を支えてやってくれや。あいつは泣き虫じゃっでさ」と、二人に囁くようにして通信を入れた。
「なんでマークスはケイトん事を“ママ”ち呼ばんのじゃ? 昔っからそうやったやろう?」と、ジャン。
「おいはな、ケイトん事を一度も母親じゃち思うたことなんかなかど……。ずっと前から彼女はおいの“大事なひと”やったじゃ」さらに、マークスは闊達に笑いながらこう兄弟達に告げた。
「惚れた女んために命を張るったぁ『男子の本懐』じゃっでな。わいどんにこん役は譲れんどぉ!」
マークスは機体をぐるりと返し、向かってくる魚雷の方向へ腹の部位を解放させ、チャフ弾射出態勢を整えこう叫んだ。
「行っどぉ! ちぇすとじゃぁぁー!」
◇ ◇ ◇
発令所内の吊り下げ式液晶モニターには、こちらに急接近する『ベーオウルフ』が放った最後の刺客が赤い光点で表示され、これを迎撃せんとする三人のドローン兄弟はグリーンで識別されていた。
互いの光点は距離を徐々に詰めていく。それを誰もが固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。
動きがあった。赤い光点の方が先に消え、次にグリーンも併せて消え失せた。
「TT魚雷の爆散を確認。予想進路より大分手前で自爆しました。礫散弾の到達予想範囲は……回避可能です」観測員ジョンスンの報告が大きく響く。
三人の作戦は成功をみたが、誰も何も言わない。一同はパネルに見入ったまま動こうとはしなかった。
発令所に居合わす皆が、グリーンの光点が復活するのを期待して立ち尽くしていた。
「ああ……駄目なのか?!」と、誰かが不穏な声を上げた。
皆が諦めかけた時、グリーンの光点がすっと甦った。モニター内の光は移動を開始して『ルカン』に接近しつつあることが確認できた。
発令所内で一斉に歓声が上がった。今度こそ助かったと全員が拍手し、三人の活躍を絶賛した。しかしその歓声は直ぐに消えた。視認できる光点は二つしか無かったからだ。
間もなく、彼らの安否を気遣うケイトの下にノイズ混じりの悲痛な内容の通信が届いた。
「マークスあにょが…被弾したぁ! あにょは、僕らん盾になってくれたんじゃ! 助けたもんせ!」声の主はジャンだった。快活で明るい少年のような口ぶりは鳴りを潜め、形振り構わず喚きたてていた。
「速やかに艦内へ誘導! 整備班は格納デッキへ。ヤンセン頼む! オレも手伝おう」言うが早いかルナンは発令所を飛び出した。ケイトも青ざめた顔であとに続いた。
艦内縦貫通路を駆け往くルナンとケイトが階下に繋がるエレベーター前に到着すると、ケイトの手がルナンの肘を掴んできた。
「どうした?」ルナンが振り向くと、ケイトは
「どげんしようルナン? マークスが死んだやどげんしよう? あたいは……こん後どげんしたやよかと?」と、涙声で俯いたまま頭を振り続けていた。
「いやじゃ! 彼が、あんしが支えてくれんな! あんわろはいつだってあたいん側におってくれたどん……いやよぉー!」
ルナンは彼女の体躯を両がかえにするようにして、エレベーター内に移り
「まだ、間に合うはずだ。コアシェルをカバーするフレームの耐久性は折り紙付きなんだ。しっかりしろよ!」と、ケイトを励ますが、当の本人は大粒の涙に暮れて頭を振るばかり。
ケイトはこれまでのドローン兄弟の母親であり支えとなってきた毅然とした態度は微塵もなく、ただただ泣き伏す女の子になってしまっていた。
ルナンはそんな彼女の両肩に手を置いて
「ケイト、いいかい? 彼らアクティブドローンは兵器なんかじゃないんだ。もうオレ達の仲間であり立派な“もののふ”なんだぜ!」と、言い更にその男の様に大きく節くれだった両手で、褐色の才女の頬を優しく包み込んだのだった。
「彼らは自らの行動で示してくれたんだ。そんなあいつらの行く末を最後まで見届けてやれるのはケイト、君だけなんだ!」
ここでやっとケイトは顔を上げたが、彼女は目を大きく見開き、驚いた表情を浮かべていた。ルナンは続けて
「オレとみんなが必ず助ける。前にも言ったろう。海軍士官さまだけやって来た訳じゃないって。昔の杵柄って奴をみせてやるよ」と、自信たっぷりの笑顔をケイトに向けた。
「ねぇ……ルナン。あなたは……」
ケイトは別の感情に支配され、今心中に沸き起こった記憶の断片を確かめようと頬に添えられた手を掴もうとしたが。
エレベーターのドアが開くと、ルナンはさっと踵を返し格納庫内へと駆け出してしまった。ケイトもしばし立ちすくんだままであったが、すぐに頭を何度か振って彼女の後を追って走り出した。
決戦に勝利し、脱出を成功させたルナン。だが、ドローン兄弟のマークスは甚大な被害を被ってしまった。
果たして、ルナンとクルーたちは彼を救う事ができるのか?
その奮闘する姿を見たケイト・シャンブラーはある確信を得る事となる。
次回「ご褒美は○○見せてぇ~」ご期待ください
~君は惑星の未来を見る~