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もののふの星 リブート  作者: 梶一誠
32/37

跳べ!『ルカン』 虚空への脱出

 『ルカン』は傷ついた船体を引きずるようにして『ベーオウルフ』に肉迫せんとするも、その真上の宙域からは母艦から発艦した六機の攻撃機が迫って来ていた。


 『スティングレー』、アトランティア連邦に正規配備されているデルタ型無尾翼雷撃機。

 複座型コクピットを持つシャープな機体は遠目にはまるでブーメランに見える。その編隊は一旦は二隻から離れ、攻撃態勢を整え腹に抱えている対艦魚雷を『ルカン』に見舞うべく、暫時(ざんじ)降下を開始した。


 発令所のレーダーサイトモニターには、六つの赤い光点が表示され、こちらに迫りつつあるのが見えた。

 ルナンはそれを睨みつけながら歯噛みし、艦長席のアームレストを拳で叩いた。

「根性見せろよ! ポンコツ」と、愛する艦を激励した後に

「迎撃戦闘用意! 全銃座撃ちぃ方始め!」との命を発した。


「アクティヴドローンの三人は今何処にいるんだ? ケイトォー!」アメリアが担当ブースから声を上げた。

 ケイトは依然、中央ディスプレイ前にあって落ち着いた様子でその液晶画面を素早く操作し

「マークス、どげんなぁ?」と、ドローン隊リーダーを呼び出した。


「電磁パルスで(こうむ)った不具合は是正した。全員問題はなかど」

「状況、判っちょっんな?」

いっき(すぐに)行っでな。『スティングレー』ん六機編隊を撃破せーじゃろ? 少し物足らんけんどな」


 通信を終えると、ディスプレイからケイトはルナンに振り返り

「有人機なぞ敵じゃなかって事ばぁ見せちゃっで。それとレールキャノン封じるんも彼らに任せちょけばよかとじゃ」と、笑みを浮かべて見せた。


「敵雷撃機接近! ロックされました」

 悲鳴に近いクルーからの報告が上がる中、ケイトは黙したままモニターを注視している。ルナンもそれに(なら)って状況を見守った。


 編隊の先頭を進む一機の『スティングレー』が迎撃の弾幕をすり抜け、狙いを定めて魚雷を放った瞬間だった。

 目にも止まらぬ速さで黒い塊がその真下を往き過ぎると魚雷はその場で誘爆を起こした。

 真っ白な閃光に包まれた雷撃機は片翼をもぎ取られ、錐もみ状態に陥り、星々が輝く(そら)の彼方へと消え去った。


 それを機に残りの五機は一斉に編隊を解き、散開し始めた。


 回避行動を容易にするため魚雷を打ち捨て機首を(ひるがえ)すも、一機また一機と高機動、超加速を誇るアクティブドローンに取り付かれては、翼と機体後部のエンジン等に致命的なダメージを(こうむ)った

 敵機のパイロット達はコクピットその物を脱出ポッドとして射出。次々と戦線を離脱していった。

 

 発令所内では声を上げる者無く、有人型戦闘艇では実現不可能と思われる俊敏かつ驚くべき機動性を(ふる)って、次々と敵機を撃破するカニ型機動兵器の圧倒的攻勢に息を呑んでいた。


「これが……アクティヴ……ドローンかよ」アメリアが声を震わせれば

「博士が味方で良かったよ」と、安井機関長が頭を振った。

「どげんな? こいが次期決戦兵器ん実力じゃ」ケイトは腰に両手を置き、大きく立派なバストごと胸を張ってみせた。

「判った。あとは彼らに任せよう。こちらは猟犬への攻撃に集中!」と、ルナンは新たな命令を発した。


 『ルカン』は『ベーオウルフ』との針路及び慣性速度をシンクロ。残ったバルカン砲と艦尾側主砲を駆使して、未だ損害軽微と見受けられる左舷側に攻撃を集中させた。負けじと、敵艦も残った近接火器にて応射してきた。


 互いに短距離砲の撃ち合いとなり、火花が飛び交う激戦が展開された。しかし、この応戦は現場慣れした『ルカン』側が優位に進め、やがて敵艦を沈黙させるに至った。


「頃合いだ。猟犬ならぬ白鯨に(もり)を打ち込むとしよう。かのエイハヴ船長のように! 旋回九〇。艦首八上げ、艦尾九下げ。今一度“逆鉾”に艦を遷移させるんだ。今度は奴にこっちの魅惑的な“ケツ”を拝ませてやれ」と、ルナンは只でさえ意地の悪そうな目付きを一層研ぎ澄ませる。


「旋回九〇宜路(ようそろ)。四番、九番スラスター噴射開始! 敵艦との相対速度シンクロ率九五パーセント。奴の頭上に乗り上げます」操舵士ベルトランの復唱が上がった。


 『ルカン』は再び、艦首を大きく天頂方向へと差し上げた。


 今度はTの字を逆さにした按排(あんばい)に遷移を開始しつつ、じりじりと船体を奴に乗り上げるかのように接近させて行った。


 『ベーオウルフ』側からは、中央船体のわずか数十メートル上宙にフリゲート艦の船体が(そび)え立ち、横移動してくる様子が見える。

 その姿は、正三角形状に配置されたメインエンジンの鋼色(はがねいろ)に輝くノズルが威圧的に()しかかって来るかのようだった。


 宇宙空間での無重量状態をフルに活用した絶妙な慣性運動の妙技は、軽装かつ機動性の高いフリゲート艦とベテラン操舵士の真骨頂と言えるものであった。


「船尾側係留アンカーを奴に打ち込め! 二本ともだぞ。さぁそろそろ仕上げといこうかぁ」ルナンはその場で腕を組み、獲物を狙う鷹の眼差しで敵艦を睨みつけた。


 艦全体が二回微かに振動した直後に

「アンカー射出完了! 『ベーオウルフ』の上甲板中央に係留成功」と、安井技術大尉の報告が上がった。


 発令所の中央監視モニターには、フリゲートの船尾付近と、先刻雷撃機を射出した六基のサイトが映り込んでいた。『ルカン』は敵船体上甲板のど真ん中、その上宙一〇〇メートルに艦体を繋ぎ止めることに成功した。


 例のサイトは未だ解放されたままであり、その大きな蓋状の構造物は直立したままだった。そして、サイト内部から六本の紅いレーザー光が『ルカン』の舳先と同じ方向へと伸び、再び間欠泉のような白濁の煙を吹き出し始めた。


 第二次雷撃機隊の発艦が行われようとしていた。


 これを視認したルナンはすかさず指令を発した。

「艦尾第五砲塔へ。弾種は問わん! あのサイトに叩き込め! 発艦を阻止せよ!」

 これに艦尾砲塔と二〇ミリバルカン砲座二基が即応し、一〇〇メートルの至近距離から外しようのない射撃が為された。

 破壊の光弾がサイト奥へと吸い込まれるように飛び込み、バルカン砲の曳光弾も流星のように射出カタパルト内部へと叩き込まれた。


 主砲弾で二発。二〇ミリバルカンの射撃はほんの数十秒間であったが、それで充分であった。六基のサイトから上がり始めた白濁とした煙は瞬時に黒煙と豪快な火柱に取って代わった。


 雷撃機射出カタパルトデッキはサイトの内部でつながっているらしく、敵艦中央内部で誘爆が連発し、デッキ全体が内側から膨れ上がる様にして破壊されていった。


 次にアクションを起こしたのは『ベーオウルフ』の方だった。奴は鬱陶(うっとう)しく張り付くコバンザメを振り払うかのように船体を左右に揺らせ始めた。

 これには『ルカン』も当然ながら多大な影響を受け、係留ワイヤーその物がたわみ、伸びを繰り返しその都度に船体が大きく振られてしまった。


 クルー達が必死に手摺りにしがみつく他ない中でも、操舵を任されたベルトランは、姿勢制御AIと持ち前の操艦技術との連携を以て船体を安定させるべく奮闘していた。

「艦尾各砲座は司令区画及び艦橋を狙え!」

 ルナンの指示に各砲座もすぐに対応し、五番砲塔とバルカン砲は砲身の仰角(ぎょうかく)を最大にして射撃を開始。


 砲弾と銃撃の火箭(かせん)が、最早瓦礫(がれき)と化している島形艦橋の基部、未だ舷窓の灯りが認められる箇所に着弾すると、船体の揺り起こしは不意に収まった。どうやら敵艦の指揮系統あるいは操艦機能が麻痺(まひ)、混乱をきたしているようだ。


「これ以上の長居は危険だ。機関長、メインエンジンの全力噴射はできるな?」と、目を白黒させながらルナンが問うた。

「いつでも。この状態で? まさか!」不安げな声を上げる機関長を無視してルナンは次に 

「ケイト! そちらの首尾はどうだ?」と、ドローン隊の状況報告を求めた。


「いま少し……。今、最後ん一機ば撃墜した所じゃ。うちん子たちが何か良かぁ作戦ば思いついたみたかっど(みたいだわ)

「任せるよ。こっちが“ジャンプ”したらついて来いと連絡してくれ」

「……ジャンプ?」ケイトが首を傾げているのを尻目にルナンは次に艦内放送用マイクを握ると


「達すぅーる! 総員耐G姿勢をなせぇ!」と、通達したが、只一人ケイトだけは三機のアクティヴドローンと交信中であったために、それを聞き逃してしまった。

「安井技術大尉、二分後にメインエンジン稼働! カウントダウン開始!」とだけ告げるとまたルナンはシートに体を預けた。


◇               ◇                 ◇ 

         

「さて、『スティングレー』は全機撃墜。じゃっどん、オレは最初ん一機だけ。後はわいらん戦果になっちまったな……クソッ」


 『ルカン』と『ベーオウルフ』が接近戦を繰り広げる中、ドローン兄弟の長兄マークスは二隻の直上数キロの宙域にあって、ぶつくさぼやいていると

「マークス、どうしました? いつもより重そうでしたが?」オスカーが彼のすぐ脇で尋ねた。

「腹んチャフ弾の収まりがどうも悪か。で、例ん物はあったんか?」


あにょ(兄ちゃん)、あったぞ! 奴らが捨てた魚雷じゃ」ここで末弟ジャンが割って入って来た。彼は雷撃機が散開する時に放棄した魚雷一発を六脚で抱えて来ていた。


「よかぁ! ならわいはそいつの信管を起動しっせぇ(させて)、あいつの残った砲口にぶっ放すんど!」

「ええっ! ボクがやっんぉ?」

「今度はわぃの番じゃで! いっばん最初におじか(怖い)思いをしたんな僕じゃっでな」オスカーは先刻の発信機曳航を引き合いに出してジャンを急かすも

「あにょ~」彼はぐずり始めた。


「安心せぇ。オレとオスカーが奴を攪乱して援護すっで! ケイトを守ろごたっじゃろう(守りたいんだろう)?」長兄に諭されれば末の弟もしぶしぶ承諾せざるを得ない。


 マークス、オスカーの二人が脚部スラスターを全力噴射させ、『ベーオウルフ』に向けて急降下を開始。その後にジャンが魚雷と共に続いた。


◇               ◇                 ◇


「そいでよかとじゃ。想像力を駆使して、事態を解決に導いてこその“文明を(にな)う者”なんじゃっで」ケイトはドローン隊トレース用のモニターに映る三つの光点を見ながら呟いた。


「彼らは何を?」と、中央ディスプレイ脇に佇むインド系才女にルナンが問えば

「落とし物を持ち主にお返しするつもりなんよ。魚雷じゃっで」と、自慢げに微笑んだ時

「凄いスピードだ。人間なら加速度で失神しちまう」クルーから感嘆の声が上がった。


 モニター内の光点は真っすぐ猟犬の鼻先を目指している事を示していた。

「彼らを援護する。艦尾発射管より最後の魚雷を撃て! 照準無し。奴の司令塔あたりで爆散させろ。ペイント弾で嫌がらせだぁ」ルナンは肩を揺らしてはクスクス笑い。


「悪巧みだけは得意なんね。ほんのこて楽しそうじゃこと」ソバカス女が嬉々とするのを呆れ返るケイト。


 二基の艦尾発射管から同時に射出されたTT魚雷の二発は、『ベーオウルフ』の船尾近くにそびえ立つ司令塔付近でそれぞれ自爆して白亜に染められた船体へ真っ赤なペイント弾を惜しみなくばら巻いた。

 ペイント弾を浴びたその姿は傷つき白い表皮を真っ赤な血で染めた白鯨その物のようであった。


 ちょうどその時、メインエンジン噴射までのカウントダウンが一〇秒を切ったことが艦内放送で告げられた。すぐさま人質事件の時と同じように船内の人工重力場が自動的に遮断された。

「えっ! ちょっと待って」只一人、その場で立ったままでいたケイトの体だけが床面を離れ始めてしまった。 

 

 三人のドローン兄弟が敵艦へ肉迫する中、『ルカン』の最後部三基のメインエンジンから膨大な超高熱の奔流が瀑布(ばくふ)の如くに突如としてあふれ出し、瞬時に敵艦の上甲板を舐め尽くした。


 『ルカン』の船体は未だに係留ワイヤーでしっかりと繋がったままだった。もしこの空間に空気が満たされていたならば耳を(ろう)さんばかりの轟音とワイヤーが限界までに引っ張られる“ギリッギリッ”と鳴り響く金切り音が聞き取れたであろう。

 これでもかと(まばゆ)い炎の渦が『ベーオウルフ』のステルスシールドを構成していた白亜の特殊装甲面を焼き焦がし続けた。それが注がれる中心から装甲の表面が剥がれ始め、それらは灼熱の(ちり)となって虚空へと流れ去って行った。

挿絵(By みてみん)


◇               ◇                 ◇


「あれを見ろ! 虹か?」その光景を目の当たりにしたマークスが不思議な現象を捉え驚嘆の声をあげた。

「きれいだぁ。ママに見せちゃりたかぁ」ジャンはそう呟きながら自身の微細なチューブアームを駆使して魚雷内部を精査して、攻撃対象をフリゲート艦から『ベーオウルフ』へと切り替え作業の最中であった。


 噴射炎を浴びた敵艦の船体上部を中心に大小の波紋を描くようにして円形の光彩が七色に浮かびあがっては拡散を始めていったのである。

「ステルス性能を有する塗料やら金属の微細な破片が化学反応を起こしているのですよ。超高温のイオン化現象と判別。電子ノイズを含んだ危険なエネルギーの奔流じゃ」とオスカーが科学的な補足説明を二人に示した。


◇               ◇                 ◇


「これでもうステルスシールドは使い物になるまい!」と、ルナンは青白き炎に(あぶ)られていく猟犬の正体、特務巡洋空母『ベーオウルフ』の姿に気炎を上げた。

「ワイヤーカット用意。さぁズラかるぞぉ」続いて各部に通達させるように声を張り上げる。


「ま、待ってくださぁーい!」と、ケイト・シャンブラーの甲高い悲鳴に近い声が響き渡るのをルナンは気が付いた。


 彼女はふわふわと発令所の空間を無重量状態で漂っていた。身体の制御が利かずに天井部の方へ流され、今ちょうどルナンの頭上に差し掛かかろうとしていた。


 通常、こうした高機動型原子力エンジンを持つ船舶には、その一次加速が掛かる直前に事故防止のため一旦(いったん)艦内の補正重力機能が停止される機能が備わっている。

 当然、訓練を受けた搭乗員なら誰でも了解している事柄なのだが、緊急時にはこうしたトラブルが起こり得て、実際年に何回かの事故症例が報告に上がっているのも事実であった。


「ごめんなさい!」

 ケイトはタイトスカートの端を押さえながら必死に態勢を立て直そうとするも、上手くいかない。空中でもがけばもがくほど体が思うに任せない。


 あと数秒でワイヤーを強制解除して『ベーオウルフ』の巨体を台に宇宙空間へ飛び出さなければ脱出のチャンスは永久に失われる。

 しかし、このままワイヤーを切断すれば今度はケイトの体が艦内で発生する猛烈な加速度で発令所の壁に生身で激突することとなる。大怪我、へたをすれば死亡事故にもなり得る危険を伴うのだ。


 ルナンは咄嗟に艦長席の安全ベルトを外してケイトの体へ跳んだ。そして彼女の腕をつかむと自分の胸元へぐいっと引き寄せて

「天井を蹴るんだ!」と言った。


 ケイトは天井部を縦に伸びる(はり)を蹴った。二人の体はタイミング良くルナンがケイトを抱きかかえた状態で背中からシートに収まった。

「ワイヤー解除ぉぉ!」

 ルナンの大音声を受けた安井技術大尉がPCのエンターをタッチ。内蔵された爆薬で強制的に二本の係留策が船体から撤去された。


 その刹那、係留策で繋ぎ止められていた時を遥かに超える振動と船体各部からの悲鳴に似た軋み音が、随所に響き渡る。当然ながら、ルナンにはケイトの体重分が加味された猛烈なGが掛かっていく。


 二人は目を閉じ、互いの体躯にしがみつき猛烈な加速の圧力に耐えた。


 フリゲート艦『ルカン』は放たれた矢の如くに、敵艦『ベーオウルフ』の船体を発射台に虚空へと大ジャンプを敢行した。

 その跡には赤熱した装甲を(さら)し、虹のような光彩を放ちつづける血まみれの白鯨のみが虚空の中に取り残された。


 見る見るうちに彼我(ひが)の距離は開いていく。


 加速に伴う振動を続ける天井部大型モニター内では上甲板を赤熱させながらも、未だにスラスターの噴射炎を吐きながら姿勢制御して、ただ一門を残すのみとなった左舷側レールキャノンの不気味な砲口をこちらに向けようとしている猟犬(ハウンド)の姿があった。


 その奥からはこれまで多くの同胞を(くび)り殺して来た非情な碧光(へきこう)が渦を巻き始めていた。そして最終照準を示す青い軸線レーザーが放たれ、それは真っ直ぐ噴射エネルギーと共に去り行く『ルカン』の艦尾を捉えた。


 すわ、発射かと思われた瞬間、アクティヴドローンのジャンが抱えていたTT魚雷を放ち、それは軸線を誘導ビーコンとして一直線に砲口内に飛び込んだのであった。


 右舷(みぎげん)に続き今度は左舷(ひだりげん)側のレールキャノンの砲口と長大な船体各所から巨大な白い高熱の火柱が轟然と吹き上がり、残された白亜の角はその中央から真っ二つに折れたのだった。


 もはや『ベーオウルフ』は宇宙空間での姿勢制御もままならず、いたる所から青白い炎を放ち、苦悶に身を(よじ)るようにロール運動を始めた様は正に強勢を誇った両翼を失い断末魔(だんまつま)を迎えた巨竜(レヴァイアサン)彷彿(ほうふつ)とさせた。


 特務巡洋空母『ベーオウルフ』は遂に大破し、ステルスシールドのみならず、必殺のレールキャノンをも永久に失ったのだった。その姿を包むようにして七色を帯びる光の虹が同心円を描いて広がっていった。



 ルナンとケイトは本日二度目の抱き合った姿勢のまま、襲い来るGに耐え続けていた。その容赦ない力は二人をシート上で押さえつけ、身じろぎもさせない。

 当然ながら、その態勢はケイトの豊満なバストの間にルナンの顔面が埋め込まれた形となってしまった。なんとかして呼吸を確保しようとして


「んがぁ! もげぇ~」と、ルナンは手足をばたつかせ、頭を動かそうともがくが、その都度ケイトは敏感な所が刺激され

「い、いやぁ~! 動かんでぇぇ~」と、場違いな(なまめ)かしい声を上げては身を(よじ)らせるから始末が悪い。


 フリゲート艦は未だ最後の力を振り絞り、漆黒の宇宙を駈けて行く。艦内各部からは激しい振動に伴う、船の悲痛な叫びとも言える様々な擦過音(さっかおん)が轟き渡っていく。

 発令所内では、ファイル、クリップボードやメモの付箋(ふせん)といった小物類が飛び去り、船尾側の壁に抑えつけられていった。 


 息の継げないルナンは、必死にケイトの肩と背中を掴んでいた両手を、あろう事か、彼女の良く熟れた臀部(でんぶ)を鷲づかみ、爪を立て、更にぐいっと引き上げてしまった。

「ひぃぃぃー! やぁめれぇぇー!」

 ケイトはルナンに乗り上げたまま、よがり声を上げ、身悶えて今や凶器と化した二つの乳房を更に激しく押し付けてくる。


 窒息寸前となったルナンはしばらくもがいていたが……遂に……落ちた。


 不意に振動が収まり、壁に押さえつけられていた小物類が発令所の空間を漂い始めた。

 加速が終了したのだった。

 

 ルナンとケイトが身を預けていた艦長席のすぐ後ろ。機関長ブースで耐G姿勢を取りつつ、一部始終を垣間見ていた安井技術大尉は、その背もたれの向こうから、クレール艦長がダラリと四肢を投げ出し力なく漂わせているのを認めると、思わず顔の前で両手を合わせ“ナンマンダブ”を二回唱えていた。


遂に死闘の終止符を打ち、猟犬こと『ベーオウルフ』を撃破し、宇宙への脱出に成功したルナン。だが、もはや船体を維持する事も叶わない敵艦から最後の一手が放たれる。

これに対抗手段の全てを使い切ってしまったルナンの決断とは? また、アクティブドローンのマークスがこれに立ち向かわんとする。その手段とは如何に?

次回「男子の本懐。マークスの意気地」ご期待ください。

~君は惑星ほし未来あすを見る~

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