ケイト・シャンブラー
第三話になります。この回から今回のメインキャラの一人、ケイト・シャンブラー博士が登場します。
何やらルナンといきなり険悪な雰囲気ですが、どうなりますか?
挿絵はモノクロ風で描いてみた新作です。
年の頃ならルナンとさほど隔たりは無いと思われるその女性が腕を組んだまま、ゆっくりした足取りで歩み寄る。
「ケイト・シャンブラー教授……不逞な発言は控えていただきたい!」ルナンの声にも苛立ちが混じり始めていた。
ヒールの足音に呼応してクルーらが道を開ける中、その視線は両腕の上で存在感を示すたわわなバストに集中し、特に男性クルーらは色めき立っている。
褐色の肌に背中まで伸びた艶やかな黒髪。前髪は細眉の上で切り揃えられ、端正な顔立ちの両側で編み込ませたケイトは、ルナンの前まで来るとメガネをくいっと上げ
「博士です。何度言わせるつもりなの? で、どうなんです?」と、ふっくらした唇から白い歯を覗かせた。しかしその黒い円らな瞳は笑ってはいない。
「敵対勢力? 全くもっての見当違いと小官は考えます。未確認情報を基に乗員を煽らないでいただきたい」ルナンは頭一つ上背のあるケイトを見上げながら答えた。
「私の子供たちは、既に艦隊の周辺宙域から発せられたと思われる不特定電波を感知していますが」
「子供たち? ……あの重戦車級のお化け蟹みたいなドロイドですか……小惑星削岩用土建マシーン共が何を?」ルナンが言い放った“土建マシーン”に、ケイトは肩眉を吊り上げ
「アクティヴ……ドローンです。クレール中尉。自律型の宇宙戦闘特化型機動兵器。今回の航宙は彼らの実用試験が主目的であり、私はその主任オブザーバーとして乗艦している事をお忘れなく」と、言った。
喧嘩腰で上から圧し掛かるようにしてくるメガネ女史に、ルナンは顎をわざと突き出してこう言い返した。
「小官にはお喋りの達者なAIを搭載した、穴掘りマシンにしか思えませんがね」
「その穴掘りマシンを相手にした実戦模擬訓練では手も足も出なかったのはあなたご自身ですよねぇ?」
二人のうら若き女性は周囲のざわつきも意に介さず睨み合いを始めてしまった。これにはアメリアもどうしたものかと天井を仰ぐばかり。
「中尉殿……意見具申であります」と、クルーの中から声が不意に上がった。
二人が同時に声の主である細身で気弱そうな青年士官を睨むと彼は気押されながらもおずおずと
「シャンブラー博士の言葉にも一理あると思います。……ここは一つ博士のアクティヴ・ドローンの力を借りて周辺宙域を索敵してみてはいかがでしょうか?」こうルナンに提案するも
「クラーク少尉、今は艦を安定させるのが先決である!」と、全く歯牙にもかけない。
彼が険悪な面持ちのまま敬礼し、回れ右しつつこちらには気取られないよう
「このままじゃ殺されちまう」と囁くのをルナンは耳に留めた。
「クレール中尉、戻ったのか。まずはコードルームに行って来い。詳しい話はそれからだ」
気まずい空気を払拭してくれたのは機関長の安井技術大尉。名前の通りアジア系中年男性は発令所の奥、機関区に通ずる通路から姿を現した。
四角い顔に黒縁メガネに加えがっしりした体躯は正に腕利きエンジニアの風体。安井は黒革の安全靴にダークグレーのツナギ服でルナンの前まで来ると
「艦長の事は聞いた。残念だよ。でも君が無傷でなにより。いろいろあるだろうが、まずは管制業務保全AIの所で指揮権移譲の手続きを済ませるんだ。でないと今後の対処のしようがない」と、言うが早いか、ルナンの後ろに回りこんで機関部に通ずる気密扉へと押し出した。
それを合図に、アメリアが被害状況を再度確認の上、対処法と進捗状況を報告するように指示をだした。
安井技術大尉は発令所の中央、床面からせり上がるビリヤード台半分ほどのテーブル型液晶ディスプレイに『ルカン』の設計図を表示させ、伴ってきた部下数名と協議し始めた。腕を組んだまましきりに首を回している。
ケイト・シャンブラーは別れ際に
「私はあなたとの道連れはご免ですからね!」と、言ってから聞こえよがしに”融通の利かない男女!”と呟き、ルナンも負けじと喧嘩を売るように睨み返してから体を返した。
ルナンは発令所を後にして、反応炉区画手前にあるショッピングモールに設けられているATMコーナーほどの小区画『コードルーム』に足を踏み入れた。
それからきっかり二〇分後のこと。
管制業務保全AIⅩⅩ-〇八九通称”おふくろさん”から正式に神聖ローマ連盟自由フランス共和国海軍、西部宙域軍管区、第四制宙艦隊所属フリゲート艦『ルカン』の艦長職を後継する事となったルナン・クレール中尉は、悄然とした面持ちでそのボックス前で佇んでいた。
艦内通路の天井を見上げて、そこに走るむき出しのパイプ群、大小様々なコード類が神経組織の様に束ねられている様を眺めながら、彼女は大声で悪態をついた。
「クソッ! 上の連中はオレ達に『死ね!』って言うのかよぉ」