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もののふの星 リブート  作者: 梶一誠
23/37

我が勃つは声なき人々のため

「もういい止せ。……ルナン」

「オレは卑怯者だ! あの時は自分が助かる事だけを考えた。アンナは……あいつは命がけでオレを(かば)ってくれた。なのに……」自責の念にかられたルナンはか細い声で呻くように泣いた。


 アメリアは、親友であっても相手の過去に深く立ち入ることは、不躾(ぶしつけ)であろうと控えてはいた。

 これまで彼女の妹と母は致死性ウィルス『本土病』によって亡くなっているとしか聞いていなかったのだ。今、明らかになった事実にアメリアは戸惑いながらも、友を(ふところ)深く包みこんでやるしかできなかった。


「だからオレは鏡が嫌いなんだ! オレの目鼻立ちは親父そっくり。分かるか? 自分の顔を見るたびにクソッたれの面影が現れるんだ! 家族を捨てたアイツの顔がぁ」ルナンはまた激しく取り乱し始めた。


 完全防音のコードルーム内で、外にまで洩れ伝わってしまう程の大声で喚き散らす親友の姿に思わず、アメリアも涙ぐみ

「そうか……。うん、辛かったよな」と声を震わせ、自分の胸で思いっきり泣かせてやることにした。そうして彼女は天井を仰ぎ


「ルナンよぉ……おめの好きにしていいんだでの。最悪、この船さ投げても構わねぇさ。ここまで追い込まれたんなら、仕方あんめぇ」と、大きく深呼吸してから諭すようにゆっくりと

「今度は……おらの話も聞いてけれ。その海賊団はおらの故郷にも来たんだ」と、次にルナンの耳元でこう(ささや)いた。

「逃げたよ。おらたち一家は着の身着のままでの」

「……アメリア?」ルナンは涙と鼻水だらけの顔を上げた。

「奴らの土地勘が利かねえ山の奥へ隠れたんだ。犬っころ三匹だけ連れてな」

 

 軌道(オービット)要塞(フォートレス)『アルデンヌ』にて略奪の限りを尽くした連合海賊団は急遽派遣された討伐艦隊の接近を知るや、すぐさま出奔。

 行き掛けの駄賃としてアメリアの生地、その近傍宙域に位置する小型農業資源衛星『エテルナル・プレーリ(永遠の草原)』をも強襲した。


 衛星都市の外郭部を構成する小惑星を連ねた岩塊に、海賊船団が身を潜める中、往き足の速い仮装巡洋艦数隻を(おとり)として本来の逃走ルートとは逆の軌道へと送り出した。その間に略奪品を満載した本隊はまんまと行方をくらませたのだった。


 結局『エテルナル・プレーリ』での略奪行為は半日程度であったのだが……。

「なぁ~んも残って無かったわな! これまで飼育してきた牛、羊にいたるまでごっそりやられたんよ。これには親父もうな垂れて空っぽの牛舎で座りこんじまった」

「そんな事が……」

「親父はよ、残った土地と家財処分して隣の『アルデンヌ』に移るって言い出した。そん時だぁいつもはポケ~っとしてる爺様がな」

 アメリアはそっと親指で涙を拭ってやった。友は鼻をすすりながら聞き入っている。


「『ここ投げで何処さ行くんだ! おらはまだ終わってねぇぞ。まだやれる! おめぇもこの惑星(ほし)のもののふなら働いて、働いてぇキッチリ落とし前つけろぉ!』ってな」

「……もののふ?!」

「そうだ! もののふだ。爺様はこうも言った。『もののふってのはなぁ、(つわもの)の事じゃない。諦めない人間の事なんだぞ! 地球から棄てられてそれでも踏ん張って生きてきた人々だ。おめぇも娘らもその末裔(まつえい)なんだ。胸さ張って生きていけ!』」


「オレ達の世界はもののふの星。諦めざる者たちの星……」ルナンは一度大きく鼻水をすすり上げ、喉の奥でかすかに声を震わせた。


 アメリアは大きく肯き、ハンカチを取り出し次に鼻をかませてやった。

「おめもよぉ~ぐこれまで頑張ったもんさね」と、お国訛りで彼女の辛苦を(ねぎら)う。そして頬に両手をそっと添え、くしゃくしゃの顔を見据えてから更にこう告げた。


「ルナンよ、いいか。昔のハンナ・ブッセルは確かに臆病だったかも知れない。でも子供の力じゃどうにもできんかったんだ。ブッセル姉妹は被害者なんだ。お前の責任なんかじゃない。だがな、もうここにはいないぞ! ここにいるのはルナン・クレール、お前自身しかいない」

「……」

「略奪遠征の被害者は毎年のように出ている。泣くのはいつも女、子供ばかりだ。おめはどうする?」


 ルナンはすでに泣き止み、アメリアの胸に抱かれながらも体を預けることなく(おの)が足でしっかと立ち、しばし目を閉じていたが

「嫌だよ。オレは逃げ出すのもアンナみたいな不憫(ふびん)な娘が出るのも! 日々を真っ当に暮らす人々が泣く理不尽を見過ごすなんてできない。後悔するのはオレ一人で充分だ。そうだよな! アメリア」と、言うや”カッ”と目を見開き、鷹のような眼差しを彼女に向けてきた。


 アメリアはその眼差しに狼が如き(まなこ)で応え、両の手にグッと力を込めて

「ならば戦えルナン! 無辜(むこ)の民のために()て! 勃ってお前が人々を(まも)ってやるんだ」

「護る……オレが」

「お前なら出来る! 士官学校時代おらがこの顔の怪我と指一本失った時、毎日病室さ通ってよーう世話してくれたな。あん時ほんとに心細がったがらな……嬉しかったよ。お前はいつだって自分の損得なしに動ける人間なんだ。そして、もう一人じゃない。お前の“ツレ”がここにおるぞ」


 頬を収める彼女の手が熱を帯び始めていた。朋友(ほうゆう)の眼差しは更に碧く炯々(けいけい)とし、(てのひら)を渡るその鼓動に心根が(ふる)わされるをスカーフェイスの女武者(あまむしゃ)は感じ始めた。

「ありがとうアメリア。ならば言おう。誰にも言わなかったオレの夢を」


 黙って肯くアメリアにルナンは腹の底から搾りだすかのようにこう言った。

「オレは天下を獲る!」


 友の燃えるような瞳。その矢のように鋭い眼差しにアメリアは眉間を射抜かれたかの如く目を大きく開き「あぁ……」と顔を差し上げた。

「これまで地球宗主国が勝手に決めた枠組みに(とら)われ、汲々(きゅうきゅう)とする列強を大同団結させるんだ。そしてやがて来るであろう地球総軍をも叩き潰す! オレたち火星市民の真の独立と自由を勝ち取るために、オレは生涯戦う女であり続けると誓う!」


 もうそこには先刻まで、怖い、できないと子供のように泣きじゃくる駄々っ子はいなかった。果てしない大空を(りん)として渡り、遥か地平を睨む孤高の鷹はこうも言ったのだった。


「アメリア、これも誓おう。オレが勃つのは数多(あまた)の声なき人々のためだ!」

 

 親友の決意を耳にしたアメリアは顔を上に向けたまま、一度「ハハハッ」と笑い、グレーの瞳を更に大きくさせ“ガバッ”とソバカス顔に向けた。次に頬に添えた手でその頭を鷲づかみにすると

「お……おった。おったぞぉぉー! おらが一生かけて(つか)えたいと思っていた御仁(ごじん)がここにおられたんじゃぁぁー!」


 今度はアメリアが声を震わせ歓喜のあまりか、ルナンの小柄な体躯の割に大きい頭をぐらんぐらんと左右に揺すった。

「あひゃぁぁ~! ほげぇぇ~」と、されるがまま変な悲鳴を上げる友に

「んだぁ! それでよがっぺぇ! そぃが聞きたがったんだぁ!」アメリアは満面の笑みを浮かべ(おもむろ)に身体を離し、そのがっしりした肩をしっかと掴み

「ルナンよ、お前の夢はおら……いや、私の夢でもある。いいだろう。海賊を子飼いにしてくだらない小競り合いに明け暮れる男共の(けつ)を蹴り上げてやれ! 火星の女は猛々しく黙っちゃいない事を見せてやろうぜ!」と、その後に軽く息を整え

「不屈の女傑(じょけつ)たれ! ルナン・クレール」と、言った。

「……女傑?!」

「古来より女性の英雄を女傑と呼ぶ。お前が人々のために勃ち戦い続けると誓うなら私も誓おう」

 ここでアメリアは半歩下がり、姿勢を正し真顔で

「不肖アメリア・スナール。これよりはあなた様の(つるぎ)であり盾となりましょう。あなたの()戦場(いくさば)では私が先陣(うけたまわ)る。如何な難敵であろうと討ち果たし、あなたの血路を切り開いてみせる!」と、力強く告げたのだった。


 天下獲りに名乗りを上げた未完の女傑に、自らを(しん)と称した灰色狼の戦士は左手を(あるじ)の顔前に差しだした。

 二人の絆の始まりとなった薬指が半ば欠損した華奢(きゃしゃ)な手に、男のようにごつく節くれだった大きな手が力強く握り返した。

「共に征こうルナン。何なりと命令(オーダー)をよこせ」

「感謝するよアメリア。でも、君はオレの臣下じゃない。これまで通り“ツレ”でいてくれ。そしてオレが路を(たが)えようとしたら叱って欲しい。今みたいに支えて欲しいんだ」 


 ルナンは勢いよく鼻水をすすりあげてから、やっと笑顔を(ともがら)へ向けた。アメリアはその鼻梁(びりょう)に走る真一文字の傷が隠れてしまうほどの相好(そうごう)を崩すや、再び抱き寄せた。互いの頬を通じて二人の間に温もりが伝わっていく。


「覚えでるが? 一年半遅れで、おらがこの『ルカン』に初任官してきた時の事を。おめはおらにいぎなり抱きついで『よく来た。やっぱりオレにはお前しかおらん! もう離さねえぞぉー』っ言ってぐれたよな」両手でまたもや親友の金髪をくしゃくしゃにするアメリア。


「その時のおめの笑顔が忘れられんのよ。今のお前もええ顔しとる。抗い決して諦めねぇ人間の顔。そうだ“もののふ”の面構えだ」

「ようっし! じゃあ”もののふ”らしく足掻いてやろうか! やられっ放しは返上。この船を捨てて逃げるのもゴメンだ」と、ルナンは大きく胸を張った。


「それでいい! やっといつものおめになってきたぁ。……しっかし、見れば見るほど不思議な顔しとるわぁ」と、アメリアはルナンからやっと体を離し感慨深く、そのソバカス顔をしげしげと眺めた。

「いつも仏頂面で目付きも悪い、まるで喧嘩を売られているみたいだが。一度笑いかけられるともう忘れられん。どうしても“何とかしてやらにゃ”っていう気にさせられる」 


 アメリアはここでふぅっと息を付き

「それで? 何からおっ始める? 敵をぶっ飛ばしたいんだろう」こう問えば

「ああ! もちろん。だけどその前にやる事がある」と、ルナンは答えた。

「何だべさ?」

「ケイト・シャンブラー、彼女に詫びる。そして協力を願い出るんだ。命令ではなくオレの真摯(しんし)な気持ちで向き合うつもりだ」


「ほぉぉ~」(わず)かに肯くアメリア。だがすぐに持ち前の素早さで、右手をくり出し

「だがらぁ~(はな)っからそうしろとおらが言うたっぺよぉー!」と、ルナンの左頬を(つね)り横に引っ張り上げた。

「こぉ~のごじゃっぺ野郎(やろ)! ついでに言え! なしてあげにケイトに辛くあたったんだがぁー?」

「あ、姐ひゃん、やめてぇぇ~。こ、怖かったんだよぉ~。あの()の才能がぁぁ~」と、半ば悲鳴に似た弁明を聞いたアメリアはそこで手を離した。


 抓られた頬をさすりながらルナンはおずおずと語り始めた。

「基礎研究の全ては叔母様が完成させていたとは言え、ここまであのドローン兄弟を育て、鍛え上げてきたのはケイトの力量だ」

「おう! ほだのぉ」

「ケイトはたった一人で、軍上層部や多くのスポンサーと交渉を重ねここまで事業を復活させたんだ。その胆力、慧眼と忍耐をオレは(おそ)れた。眩しかったと言ってもいい」

「……そうか」

「最初の実働試験で思い知らされた。彼女の機動兵器はこれまでの軍事バランスと趨勢(すうせい)をひっくり返せる! 実力は本物だよ。ケイトは彼らに全てを任せ、オレを翻弄(ほんろう)してみせた。……あいつが欲しくなった。それと同時に恐怖したんだ」


「おめはその時、不機嫌どころか我が事のように喜んでたでねぇか?!」

「ああ、確かにね。でも回を重ねる(たび)に怖れと不安も増していった。ケイトが他の列強に招聘(しょうへい)されたら? 異国で編成された強力なドローン軍団にオレは勝てるのか? 答えは“ノー”だ」

「……」

「オレは焦ってしまったんだ。ケイトを引き留めなきゃ! その為には形振りかまってられなくなった。だから……」

「あのマークスに立ち向かって見せたのか?」


 ルナンは微かに頷き口元を卑屈に(ゆが)

「賭けだったよ。巧くいったのをいい事にオレは……あんな卑劣な言葉でケイトを侮辱しちまったんだ。マークスが怒るのも道理だし、さっきぶん殴られて当然なんだ」と、笑いつつうな垂れこうも言った。

「今さら謝っても手遅れかもしれない。けど、どんな条件でも呑むつもりだ」と。

 

「いきなり次席艦長の任を受けた重圧もあったか?」

「そんなの身勝手な言い訳だ!」

 投げかけられたアメリアの言葉にルナンは何度も大きく(かぶり)を振った。

「オレは自分の秘めた大望の為にケイトを引き入れ……いや艦長という力を盾に無理やりにでも利用しようとしたんだ。その結果がこれだよ。……痛恨の極みって奴さ」ここまで吐露(とろ)して見せたルナンは、また先刻の様にふさぎ込んだ。


「ならばぁー、真っ正直にぶつかっていくしがねかんべさぁー!」

 アメリアはこれまでとは一転、優しく諭すのではなく、力一杯の声量で親友を怒鳴りちらした。ルナンはとっさに肩をすぼめて“はい”と力なく呟く。


 一度は大声で叱咤(しった)したアメリアであったが、次に声量を抑え腕組みしたまま

「おめはそう言うけんど、おらの見立ては違う。ケイトはな待ってるんだよ」と、言い更に

「これは前にも言うたけんど、あいつはなぁお前ばかり見ていたんだ。試験中、おめが『おおっ凄い! やるなぁ』とはしゃぐ時なんか嬉しそうに目を細めていたんさぁ」こう告げるとルナンから視線外し天井を渡る梁とむき出しのパイプ群に目を向けた。


「ケイトは聡明な女性だ。だけんど一人でやれるのはこれまで。人づてに聞いた話じゃ、これまでも極秘の実働試験は実施されたらしい。だがなそん時の担当者からは好評価は得られんがった。みんな鼻白んで厄介者扱いだったみてぇだ」

「そうだったのか……」

「こごさ来てようやぐおめさ巡り合えだんだど。なんであいつがおめに全力で挑んだで思うね?」

 

 ここでアメリアが視線を戻すと、ツレは亀が甲羅に首を引っ込めるみたいに身体を縮こませ上目使いのまま“さあ?”と小首を傾げている。

「こぉのバカッちんがぁ! おめに認めで欲しいがらだべが! 軍上層部でも前任のムーア艦長でもねえ、他ならぬおめだげに認めでもらいたかったんだよ。自分どドローンだぢの事さのぉ」と、再び一喝した。


 ルナンはこれを聴くや顔を上げアメリアを見つめ返して来た。

「オレはとんだ大バカだぁ。ケイトの気持ちに気づいてやれず、自分の事ばかり躍起になってた……やはり無理かもなぁ」と呟けば

「んな事はねぇぞ! お前にもいい所はある。今みたいに叱責されても小理屈並べて言い訳したことなんかねぇべさ! 人はな正直に自分の非さ認めで頭下げてくる人間を無下(むげ)にはしねぇもんだ。そこから人は変われるんだど!」と、アメリア。


「人はよ、いつだって変れる。いい方向にも悪い方向にもな」

「アメリア、オレはもう泣くのはうんざりだった。だから義勇兵を志願して故郷を後にした。自分を変えたかった」

「だが、ケイトの件では大きく(つまず)いたな。何故だか解るか?」

 これに無言で立ち尽くすルナンであったが、次のアメリアの言葉を受け遂に身動き叶わなくなり小刻みに震えるばかりとなった。


「おめ、欲さかいたっぺ? そんな奴が天下様狙うだと。笑わせんじゃねぇぞぉー!」

《次回予告》

 これまで優しく慰め奮起させてくれた親友“ツレ”であるアメリアは一転。ルナンに芽生えた野望を一喝した。彼女の真意とは? 二人の熱い想いがぶつかり合い、交錯する。

 ルナンはこれにどう応え如何に歩もうとするのか?

次回「汝の目指す天下は何処か」ご期待ください。

~君は惑星ほし未来あすを見る~

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