文明を担う者たち
皆さままだまだお暑うございます。
今回もお越しいただきありがとうございます。今回は前回エピソードの顛末と次回との前フリになりますかね。
サラッと読んでいただけると幸いです。
格納庫内は照明が半分に落とされ、少し肌寒くなって来ていた。先刻の喧騒が嘘のように静まり返っている。
この区画に残っているのは三体のアクティヴ・ドローンとケイト・シャンブラー博士だけとなってしまっていた。彼らへの様々なメンテナンスを終えた整備班の面々は、未だ手の足りない艦内の復旧箇所に散っていった。
「今はもう触ってん良かね?」ケイトは念を押すように、一体のキャノピー部に手をかざして触れようとした。
「大丈夫です。今は待機モードに入っていますから」答えたのは青ラインのオスカー。ケイトは笑顔で頷くとオスカーのキャノピー部を手で触れた。
彼女の吐く息は、彼のキャノピーカバーを白く曇らせた。
「ここも大分冷えてきました。発令所にいたほうが暖かいのでは、母さん?」ケイトを気遣うオスカーは、丁寧な標準語で心配そうに囁く。
「ここがよか。こん船に私ん居場所はなか。みんなと居らるっここが落ち着っく。そいに……アイツん顔なんて見ろごたなかもんなぁ……」ケイトは彼らと気兼ねなく接する時に使う、お国訛りで言葉を濁らせながら、目を伏せて呟いた。
「ゴメンね! ママ。ボクのせいであん”パワハラ中尉”に苛められてしもたね」とジャンが同じ口振りでケイトの背後から声をかけた。
ケイトは振り返り、背中をオスカーのボディによりかからせて
「もう気にしちょらんわ。あれくれどうってことなかんじゃ! 逆にゴメンね。君はちゃんと仕事しちょったんに」と、言った。
「よかよー!」ジャンは嬉し気に、明るい少年の声色で返した。
ケイトはそのままの姿勢で、メガネを外し、その端を甘噛みしながら沈黙を守っているマークスを視線に収めまた微笑を浮かべる。
「マークス、『謝れ! 彼女に詫びろ』って。あの時ちょとカッコ良かったげなぁ?」
ケイトから声を掛けられた彼らの長兄はキャノピー内のLED群を目まぐるしく点滅させ
「何ねぇ! ”感情”にまかせて人と同じように非合理的かつ不確定要素の高い行動を選択するなんて、人工知性として情けなかって言いたいんじゃろう」と、悪びれたように早口で捲したてた。
「そうじゃなか。嬉しかよ。ここまでよく”成長”したものだって実感できたからじゃっで」と言うとケイトは三体のドローンそれぞれを慈しむように見つめた。
「そうですかね?」とケイトが身体を預けているオスカーが言った。
「ええ、おはんらぁは集積したデータを基に、ここ数時間のうちに私らん艦隊から損害を被った船が二隻も出た。これを踏めてぇ、こん船とわてん身に危険が迫っちょっと判断してさっきん騒ぎを起こしたんやろう?……」
”イエス”の代わりに彼らはカメラ・アイの赤、青のLEDライトをチカチカと激しく点滅させた。
「充分じゃっで。ここが巷に溢れている安っぽい”AI機能”とやらとおはん達の決定的な違いを示すことができたんじゃ。想像力じゃっで! イマジネーション。これを持つか否かの差は大きかぁ。」
ケイトは一度、大きく深呼吸してからさして高くない格納庫の天井を仰ぎ見て白い息を吐いた。
「叔母様ん夢はね人工知能に想像力を授けっこつ! 人類文明とは別の新たな存在を萌芽させて、手を差し伸べ補い共に宇宙を押し渡る友。それが『文明を担う者』。でなければ我々は遠からず行き詰まってしまう」
「こいを聞いたや、入院中んマリア叔母さんはきっと喜ぶわ! 叔母様が開発した反芻式脳幹反応機能と、積層型連鎖ディープラーニングから自我と想像力を産み出す第七世代人工知性。それに応じた個性を培うためには膨大なデータを集積し続ける必要があったんど。そんためにおはんらは幼児向け知育ロボのボディで生活を共にしてきたのだから。その成果が実を結び始めたんじゃ。会いたかぁ……マリア先生に」ケイトは目を伏せてしばし沈黙してしまった。
今、ケイトの脳裏には、彼女たちの活動拠点であるアミアン工科大学構内に併設される大学付属総合病院の病床で、見る影もなく痩せ衰えて体中に点滴を施されている叔母マリア・シャンブラー博士の姿が思い起こされていた。
「先生はどうと? また、僕らん所へ帰ってこられっと?」とジャンが子供っぽい率直な物言いでケイトに尋ねた。
彼ら、アクティヴ・ドローンは一様にマリアの事を”先生”と呼び、その姪で研究を引き継いだケイトの事を”ママ”とか”母さん”と呼び慕い支えとしていた。
「大丈夫じゃ! きっと会ゆっで。今ん話ばぁ聞いたら『こんな所で寝ておられるか!』って研究室に飛んでくっとよ」と努めて明るく装いジャンの問いに答えた。
「ケイト! いいかい?」マークスが口を開くと一同は視線をマークスのカメラ・アイの方へ一斉に向けた。
「おぃは気掛かりでならん。いざという時は、この船を脱出すっで! 君はシェルスーツ着用でおぃの”腹の中”へ入れ。非常用の食料と水も用意しておくんだ。みんなで君を必ず助くっでな! ちょっと狭いかもしれないが……」
「嬉しか。あいがと。じゃっどん、そいは出来んど」
「何故ですか? 母さんは民間人扱いでは?」
ケイトは背後からのオスカーの声を皮切りに、三人の中央に移り各々へ
「よく聞きなさい。私たちはもはやこの艦隊に編入され、完全な軍属扱いです。あの艦長の命に従わず勝手に脱出すれば……」と、一同の顔にあたるカメラアイとセンサーが集中するキャノピー部を見つめ
「『敵前逃亡』の重罪に問われるでしょう。最悪、病床のマリア叔母さんの身柄拘束もあり得ます」と、言った。
ドローン兄弟は一様に押し黙っている。
「踏ん張ってみすっしか無かちゅう事じゃな……」と、ジャン。
「そうど! 気張りやんせ。ここでしっかり働いて、あのクレール艦長の鼻をあかしてやりなさい。それしか無かとよ」
「ですね! あんな奴に『お前たちは不完全だ! 百年後に帰って来い』なんて言われっ放しはゴメンですから」
オスカーの言に兄弟らは一斉にLED灯を激しく明滅させた
「不完全か?! 大いに結構。だから前へ進めるのよ。アイツの言う事なんて気にせんでよか!」
ケイトは彼らに発破をかけると、マークスに向き合い
「おはん……あん時、ないを検知したと?」と、彼のチューブアームを通して得た、クレール艦長の突然とも言うべきあの反応を問うた。
「……あれはおぃの憶測じゃっだ。だが他にも……」
「言うてみやんせ」
「とても暗く深い“後悔”と“怒り”そして“悲哀”だった。……ずっと誰にも言えず抱え込んで来た過去なのかも」
「ええかマークス。人は誰しも自分の過去を詮索されるのを嫌う。慎重にの」
「わかった! だがルナン・クレールには気をつけろ。アイツは『アイザック』を知っていたぞ。わぃらの本当の長兄。そして君と先生の”裏切り者”。奴は君を連れ去ろうとした」
マークスから発せられた、ケイトたちにとって忌まわしい存在『アイザック』という名称を持つ人工知能の存在とその記憶が甦ってきたケイトは今までにこやかだった表情をにわかに曇らせ
「正確に言うならそそのかされたのよ。そしてあてを拉致しようとしたんじゃ」そう言うとケイトは自分の足下に視線を移したまま俯いてしまった。
「あの艦長、『あのアイザックみたいになぁ』ってまるでその場に居合わせていたみたいな口ぶりでしたねぇ」とオスカー。
「ここん三人、あん時は大学の研究室でお留守番やったね。ボク、あいつ好かんかった。いっつもバカにすっど。”バグ持ち”なんて言うたどぜぇー」とジャンが自分のメモリーを辿りアイザックの印象を披露してみせた。
「あん子だけはないごてか、様々な事柄に対して鋭敏で貪欲に過ぎっほどん反応と学習能力をもって、驚異的なスピードで自己修練プログラムをクリアーしていったわ。今のおはんらぁと同じレベルほどに自我の萌芽を示しちょった。マリア叔母さんも目をかけちょったわ」とケイト。
「アイザックはいつも言ってました。自分はいつか人を越えると、新しい世界を造るんだって…覚えてます?」オスカーの言葉を受けたケイトは
「覚えてる、わても迂闊だったんかも。彼の言葉に安易に”できるかもしれない”って答えてしもうて。だってまだ、一五歳の頃のことじゃって」
ここまで話すと彼女は
「そして、あの日。特務工作艦『マルヌ』に乗り込んだ、マリア叔母さんと私はアイザックを小型の幼児向け知育ロボから自律式陸戦型装甲車に搭載して初の運用実験に臨んだんよ。……そこで彼は暴走したとよ!」と、さして高くない区画の天井を見上げた。
ケイトは昔の記憶の断片を思い起こしてか、あるいはこの格納庫に染み渡っている冷気のためか、自分の身体を両手で包み込むようにして立ち竦んだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今回もオリキャラ水着回をお送りいたします。五人目となるキャラは続編「軍神の星 改訂版」から出張してもらいましたスサノオ連合皇国の派遣傭兵である雷電ちゃんです。
けっこうたわわな娘さんです。
水着と共に彼女の動甲冑97式AAS姿を入れました。どぞっ!
《次回予告》
特務工作艦『マルヌ』にて生じたAIアイザックの暴走事件とはいかなる物であったのか?
彼は如何にして自我に目覚め、欲望を増殖させたのか? そして少女時代のケイトの身に何が?
アイザック事件の全てその詳細が明らかとなる。
「人工知性は電気羊の夢を見るか?」乞うご期待。
~君は惑星の未来を見る~




