ルナンとケイト
読者の皆様、お暑うございます。
今回はいよいよアクティブドローンの三体とケイト・シャンブラー博士が本格的に登場します。本編の要である彼女たちの言い分は?
格納庫は薄暗く、いつも油と金属の焦げたような臭気が充満していた。
到着したルナンらの目に入ったのは、対レーダー波ステルス機能を有す塗料でコーティングされた、マシーン群の姿だった。
合計三体。通常なら有人偵察機、船外作業用ポッドなどが装備されるはずの区画には人工知能を搭載した無人機動兵器アクティヴ・ドローンが占拠していた。
重戦車級を誇る鋼鉄製ボディから伸びる六本の鉤ツメを有すがっしりとした脚部。更には鈍く光るハサミ型アーム。さらにその付け根からは、微細な作業に適したチューブ式スネークロボット等が装備されていた。
生物のカニならば泡吹く口にあたる部位に、楕円形をした透明カバーに覆われたカメラ・アイを中心としたセンサー機器類がカラフルなLEDを点滅させている。
ルナンはこの訓練計画の立案者、次期決戦兵器の開発主任であるケイト・シャンブラー博士の姿を格納庫の中央で発見した。
彼女はドローンの透明キャノピー部とつき合わせに何事か相談しているように見えた。こちらに背を向け、タイトスカートのビジネススーツに腕を組んだ姿勢のまま。
「いいかげんにしてジャン。ここのセンサー類はあなたの言う通信の形跡を探知していないの。あなたは索敵用センサーを集中装備しているから、この付近のノイズを誤認しているんじゃなくて?」とケイトの正面に控えて、微妙にその巨躯を揺すっているドローンの一体に語りかけている。
三体のマシーンには役割に応じて、ボディサイドに白、青、赤のラインが設けられている。今、ケイトに異状を感知したと訴えているのが、白ラインの『ジャン』と呼ばれる個体。
なるほどこの機体にのみ、キャノピー部のわきから第二次世界大戦の夜間戦闘機の機首部に鹿の角の様に細かく枝分かれしたアンテナを装備していた。
「そげんこつなかぁ! ぼくんセンサーは確かにこん周辺に潜んじょる飛翔体を感知しちょっど。外に出しやんせ。追う払うてやっで」と、ジャンは六本の脚を忙しなく繰り出し、ボディを上下に揺らしていた。
きれいなボーイソプラノの声音できついお国訛りで喋る巨大なカニ。ルナンは顔をしかめて小声で呟いた。
「フンッ! 生意気に人間様気取りかよ!」
「母さんを困らせないで欲しいな。皆さん忙しいんですよ」次にケイトの右隣、物分りの良い発言をしたのが青ラインの一体。そいつの方は落ち着いた物腰、優等生の如才ない語り口。
「せからしか! オスカー。送受信すったびに周波数帯を微妙にずらして交互にやり取りを続けちょっど。こん船の設定範囲外や。おかしかじゃろ?」ジャンが青ラインに食ってかかった。
青ラインが二体目の『オスカー』、直協支援型で機動性の高い奴。となればケイトの左隣に今だ黙したままの赤ラインが『マークス』。攻撃の要ストライカーであるとルナンはやり取りからそう判断した。
ふとルナンは赤ラインに目を留めた。そいつは黙したままケイトをガードするように、ハサミ型アームに備え付けられているチューブ式カメラをしきりに動かし、迷惑顔で屯している整備員の様子などをしきりに窺っているようだ。チューブ式カメラを蛇のように蠢かせている動きにもルナンは不快感を覚えた。
ルナンとアメリアを先導してきた、この区画の責任者であるヤンセン中尉の
「艦長がお見えだ!」いつもの大声が格納庫全体に響き渡る。
厄介なお客を遠巻きにしていた整備班クルー達は一斉にその場で不動の姿勢を取った。
「じゃまをするぞ。各員仕事に戻れ」とルナンは敬礼。クルーを解放してからケイトへと歩みを進めた。
ケイトは自分のタブレット端末から、ムーア艦長の殉職と後任にルナン・クレール中尉が選抜された事を知り得ていたらしい。彼女は自分の胸元に端末を抱え、後継艦長の前に来ると
「お悔やみを申し上げます……」と、静かに頭を下げた。
ルナンも「ありがとうございます」と返礼。二人の雰囲気が穏やかであったのはここまでであった。
「先ほども言いましたが、この艦隊の置かれた状況をくわしくご説明していただきたいのですが。新任艦長さん?」語尾の”艦長さん”をやけに強調してケイトはルナンに迫った。
逆にルナンは腰に手を置き、居丈高にケイトに
「先ずはこちらの質問にお答えいただこうか!」つけ放すように言うや、白ラインのドローンの方に顎をしゃくり
「こいつは何が不満だと言うのですか? ホテルのサービスが気に入らないとでも? 海軍の整備兵はあなたがたの給仕ではありませんが」と、言った。
ケイトもこれまでの様にはいかないと感じ取ったか、言葉を選び始めた。
「この子は『ジャン』といいます。索敵、電波撹乱を任せていますが、彼が言うにはこの宙域で微弱なレーザー通信の痕跡を感知したと……。『ダ・カール』の際にも拾っていると訴えているのです」
「とは言え『ルカン』の監視網は反応していない。重力波と太陽風の相互干渉による電子ノイズを誤認しているのではないのか?」ルナンはケイトに目もくれずに素っ気なくあしらった。
ケイトは女艦長の高圧的な態度に気圧され、か細い声で応対するのがやっとの状態になっていった。
ルナンもまた、口の端に他人が見れば眉を顰めそうな笑みを浮かべていた。
「艦長だとぉー? 昨夜のパワハラ中尉じゃないかよ! ママにまた何かするつもりかぁ!」
母と慕うケイトが権力を笠に着た女中尉に虐められていると見て取ったジャンが手狭な格納庫の天井部に届かんばかりに二本のアームを振り上げて抗議。
ルナンは今にも凶暴な獣のように躍りかかって来そうなマシンクラブの動きにも動揺せず、その碧い目でジャンを睨みつけ
「構わんぞ。そんなに外に出たいなら、あれに載せて射出してやる」と、彼女は船首方向にある気密用大扉に向って伸びる一本のレール。射出カタパルトを指差した。
更にルナンは
「そして、二度と帰ってくるなぁ! あの『アイザック』みたいになぁ!」と、ジャンとケイトへ叩き付けるようにあるAIの識別名を口にした。
ケイト、そして三体の人工知能を搭載したドローンはその名を聞くとその場で固まってしまった。特にケイトは体を小刻みに震わせ、豊満な胸でタブレットを潰してしまうかと思われるほど強く抱え込み
「何故? その名を……?」ここまで言うなり、ルナンと視線を合わせていられずにその場でしゃがみ込んでしまった。
「先刻、艦長業務を引き継いだ際、情報開示の欄で閲覧しまして。まぁこれは、あなたよりも叔母様マリア・シャンブラー博士に関する不祥事でしょうが」
ルナンは数歩前に出てケイトのしゃがみ込んでいる姿を見下ろす位置まで歩み寄った。
「あの事件をご存じなら、叔母がどれほど苦労したのかもお解りでしょう?」
「詳細までは……でしょうなぁ……」
「彼『アイザック』いやアイツは、叔母の願いを捻じ曲げ己が欲望に奔ってしまった」
「シャンブラー博士、それも立派なイマジネーションの発露ではありませんか?」
「否定は……できません。……ですが」震える声のまま、ゆっくりと立ち上がるケイトにルナンはこうも言った。
「これまでのAIに想像力を付加するなど余計な事を……。ケイト・シャンブラーあなたは遂に最後の『パンドラの箱』を空けてしまったんだ! 希望の欠片も残しようのない物をね」
これにケイトはルナンの言葉に臆することなく、憤然と豊にすぎるバストを押し付けるようにして
「じゃっでぇーないじゃど! あてがやらんでんだいかがやっがよぉ! そいがおじゅうて研究開発なんて出来っもんかぁー!」と、ケイトは一転大声を張り上げてルナンに向けて歯をむき出しにして挑みかかる。これに新任艦長も負けじとやり返す。
「分ってるのか? 想像力の産み出す物には文明にとって有益な物ばかりじゃないって事を!」
「ゆてみやんせ。想像はつっどんねぇ~」
「新たな差別と暴力。そして戦争だぁー!」
ここでケイトは深く嘆息をつくなり
「まだそげんいたらん事ば云うしがおっんなんて信じられん。おはんの脳みそは煤けちょっわね。そいはあたいらじゃなくて人間側の偏見以外何物でもなかぁー!」と、呆れたように天井部を仰いだ。
ルナンはケイトの胸の谷間に顔をねじ込ませ、上目遣いでいつもの人を無条件に嫌悪させる目付きで
「その可能性がゼロとは言わせないぞ! ケイト、後の時代に彼らが人間の脅威、その新たな文明を築かないとは限らない!」と、言った。
「そん新たな知性の文明が人間に取って代わっ? 人類を滅ぼす? そげん事せんでん勝手に人間は亡ぶわぃ!」
「何だとォ~!」
「実例を上げもんそか? 『百家の災厄』しかり『リューリック事件』もそう。何もかも人間の想定外! 事実、あたいら人類は宇宙に出て以来滅亡の淵に立っちょるんじゃ! あたはもうそいが判っちょっはずやんね!」
ルナンは言い返せずに鼻息を荒らすのみ。
ケイトは少し息を付き数歩下がってから目付きの悪い同年代に笑顔を向け柔らかな標準語を使い始めた。
「もう“答え”は出ているのよ。ルナン・クレール。彼らアクティブドローン……いえこの際だから叔母が名付けた『文明を担う者』と呼ぶことにするわね」
「文明を……担う者だと……」
「ええ、あの特務工作艦「マルヌ」の一件以来、叔母マリアと私は心血を注いで暴走した『アイザック』の思考パターン、行動原理を解析。更に人類文明における紛争事例をも洗い出し、彼らに“人類文明との衝突”をテーマにディープラーニングさせたのよ。何万パターンも数年を掛けてね」
「……その結果は? ……どう出たんだ?」
「それもあなたは判っているんじゃなくて?」
ルナンはケイトからのまっすぐで信条の通った視線から逃れるように顔を斜に構えて
「共倒れだ……」と呟けば
「ご名答! 流石ね。これまでのお堅い軍人さんとはやはり違うわね、あなたは」と、ルナンの反応を嬉々として見つめ返してくる才女。
対する彼女はと言えば、更に渋面を浮かべては
「それでも……オレは危惧する! 君の言う『文明を担う者』に我々の明日を委ねる事に」と、苦虫を潰したような表情で吐き捨てた。
ケイトは“やれやれ”と頭を振り
「そして、あなたは行き詰まるのよ。遠からずこれまでの文明もね。あなたはそれを受け入れるのね?」と、立て続けに
「さっきパンドラの箱を引き合いに出したけど、希望の欠片が残っていないのはあなたの心の中だけなのよ」と、言った。
ルナンはここまで言われてもなお食い下がらんとケイトに向かって声を上げようとした時だった。
「止めたもんせぇ~! もうママがだいかち言い合う姿を見とうはなかどぉ」こう甲高いボーイソプラノが響き渡った。
アクティブドローン白ラインの『ジャン』であった。彼は先程振りかざしたアームを鋼鉄製ボディの下に折りたたんで身体全体を揺すっている。
「おぃが悪かったじゃ! 大人しゅうしちょっで止めたもんせ!」
その声はもはや年端のいかぬ子供のすすり泣きに等しく、それに呼応して周囲を取り巻いていた整備班の面々も二人の間に入って来た。
男性クルーらがケイトを“まぁまぁ落ち着いて”とやんわり誘導するのに対し、ルナン側には女性クルー数名が“ほら! こっちに来るの!”と乱暴に肘やら襟首を引っつかんだのだった。
紳士的な男性陣にケイトは胸の前で両手をかざし
「ありがとう。もう大丈夫です」と、にこやかに応対し
「困ったもんじゃなあ。こいでは昨夜ん蒸し返しやわ」と、独り言ちる一方
「離せや! コラぁ!」ルナンは上半身をねじる様にして女性陣の手を振り払っていた。
その後はそれぞれの取り巻きに囲まれたまま二人は無言で対峙していたが。
先に口を開いたのはルナン。
「よろしいか? ケイト・シャンブラー博士。『ルカン』は非常事態だ。貴官はもはや私の指揮下にある事を認識していただく!」と、再び威丈高に吼える。
ケイトは逆に涼し気にこれを受け
「了解です。艦長殿ぉ!」と、わざと語尾を荒げてから、
「やっとここまで漕ぎつけました。彼ら三人分のボディを手に入れ実用段階までに来るまでに何社のスポンサーと軍関係を説得して来たことか……。それをふいにしたくはありませんから」ぷいっと横を向いた。
ここで物別れとなり、双方鉾を収めれば良い物を、ルナンは余計な一言を言い放った。
「頓挫しかけた叔母様の夢いやプロジェクトを立て直すために、ケイト……君はどれほどその魅力的なボディを駆使したんだい?」
「おはぁーん、今何てゆたぁー!」ケイトの表情は驚愕と言うより憤怒のために強張り、険しい目をせせら笑う彼女に向けた刹那。
「ルゥナァァァーン!」
二人から少し離れた位置でやり取りを見つめていたアメリア・スナールの怒声がルナンの背中に叩き付けられた。振り返ったルナンは、そこに仁王立ちでグレーの瞳を狼のように研ぎ澄ませ、自分を睨みつけている親友の姿を認めた。
すると、ケイトを宥めていた男性クルらーは“すわ一大事”とばかりに十重二十重に彼女の前に立ちふさがってガード。
ルナン側と言えば、“やべぇ~” 、“あたし知ぃらなぁ~い”と女性クルーらは艦長をほっぽり出して逃げ出した。
大股で近寄って来る“スナールの姐さん”。だが、彼女の姿はさらに大きな影によって遮られた。
「止めろ! ケイト。こんな船俺たちだけで出て行こう。どうせすぐこれも沈む」と、今度は聞き覚えのない、やけに尊大で余裕ぶった声が左隣から聞こえて来た。




