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もののふの星 リブート  作者: 梶一誠
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乱世の魔女

前回に引き続き、舞台は展望艦橋内にて進みます。

ここではルナンの軍略家としての才を披露する場面を入れてみました。

そして、いよいよ事件が勃発する!

 艦長ムーア少佐からの予告なしの問いかけにルナンはゆっくりと、だがしっかりした男じみた声色(こわね)

「我らにも優位な点はあります。必然的に地球軍には兵站(へいたん)、補給線の確保という厄介な問題が顕在します」と、己が考えを披露させた。

 ムーア少佐は黙って肯いて次の発言を促す。

「彼らは先ず、本土攻略の前進基地とするために火星の前・後方トロヤ群のいずれかを(おさ)えようとするはず」


 前・後方トロヤ群とは火星の太陽を(めぐ)る公転軌道上に存在する隕石、小惑星の集積ポイントであり、軌道要塞の外周を囲む岩石群の供給基地も存在している。

 むろん、ここにもいくつかの軌道要塞が存在していた。


 前方トロヤ群は火星の公転軌道を先に進み、一方は後を追う位置にあるため便宜上分けて呼称されている。


「今は宇宙海賊共の根城の宙域だな! そこで彼らと共同戦線を張り、艦隊決戦を挑むのかね?」

「いいえ! かの地を住民から食料、資材、軍装備に至るまで全ての軌道要塞をもぬけの殻にするのです」

「ナポレオン戦争時代の焦土作戦の再現か?」

「ナポレオンの大陸軍(グランメール)は当時最強でしたが、ロシアの雪と泥、そして絶え間ない補給の断絶により瓦解(がかい)。彼の凋落(ちょうらく)はこの一件から始まったのです」


 ムーア少佐はいつもの手の甲で髭をなでつつ何度も肯く。

「で、どこで決戦を迎えるのだね? 火星本土近傍では我らの軌道要塞が危ういぞ?」

「マイン・ベルト帯にて迎え撃ちます」

「え! あんな宇宙の難所でですか? あの宙域は私らの先祖が軌道要塞建設の時に発生した再利用不可能な(くず)を放出した名残りですよ」

 坂崎が素っ頓狂な声を上げるとルナンはヘルメットの中でほくそ笑み

「そうだよ! あそこならレーダー波も赤外線レーザーも乱反射して効果は半減する。あそこに火星(マルス)連合艦隊(グランドフリート)を埋伏、地球艦隊を待ち受けるのさ」


 マイン・ベルト帯 ー火星への移住事業が始まってから、発見されたごく微小な天体の集合宙域。

 火星の衛星ダイモスの外縁からさらに平均二〇万キロメートルを(へだ)てた位置に点在しつつ、火星と木星さらに小惑星帯の微妙な重力バランスにより、常に流動的で集積ポイントが移動してしまい、不意に発見されるため宇宙船の航行には厄介なエリア。まるで宇宙の地雷源のような所から“マイン・ベルト帯”と呼称されているー


 艦長は腕組みしながらルナンの意図を見抜いてやったような笑みを浮かべ

「貴官はそこで“アレ”を投入するつもりだな」と、言った。

「ハイ! アクティブドローン軍団です。最低でも四、五百機の機動部隊規模は必要でしょう。彼らに糧食と睡眠は必要ありません。夜昼を継いでゲリラ戦を仕掛け地球艦隊の消耗戦に徹すればよいのです」


「でもぉ~そこまで地球艦隊が足を運びますかね? 彼らだって周辺宙域の索敵は行うでしょう? ヤバそうなことくらい気付くはずでは」


 ルナンは坂崎の方へとゆっくり振り向いた。ヘルメットを通して見る彼の表情はたちまち驚愕と恐れをない()ぜにした物へと変貌していった。

「海賊共を徴用し、彼らに寝返らせれば良いんだよ!」


 思わず目を伏せ口を(つぐ)んだ坂崎を尻目に

彼奴(きゃつ)らの家族、財産は事前に我らが本土宙域にて預かっているのです。言わば人質……。海賊共に表向きは地球軍に臣従させ、こちらへの先遣隊として誘導させればよろしい」と、ルナンは目を向き狡猾で残忍ともとれる不敵な笑みを艦長へと向けた。

挿絵(By みてみん)


「……」今また剣呑(けんのん)な表情を湛え始めたムーア少佐を前にルナンはさも嬉しそうにこう言った。


「地球軍は遠路はるばる火星空域に到達しても補給もままならない! 地球の大本営は成果を待ち望んでいる。焦った彼らは海賊共に吹き込んでおいたマイン・ベルト帯に我らの補給艦隊が潜んでいるとの偽情報に飛びつくでしょう」

「で、貴官はなんとするか?」

「地球艦隊と海賊まるごと火星連合艦隊とドローン機動部隊による挟撃にて殲滅(せんめつ)します」

皆殺し(ジェノサイド)か?」

「徹底的に! 二度と軍神マルスの版図に手が出せぬ様! 以後千年に及ぶ太陽系の覇権を我らが握るか、永久に碧い星の奴隷になるか二つに一つです!」


 いつしかルナンはヘルメット越しに両目を見開き、口元を歪ませ白い歯を見せる悪辣(あくらつ)な表情が見て取れるまで艦長席の前まで歩み寄り、固く握った拳をムーア少佐の眼前に晒していた。


 ムーアはそんな女性士官を憐れむような眼差しを向け、肩を落とすように息を付いた。

「貴官の性根は変わらんか……」聴き取れぬほどに呟いてから

「クレール中尉……君は不思議な(ひと)だ」と言った。

 ルナンはふと自分が上気して上官に詰め寄ってしまっているのに気付き半歩下がり、発令所と同じ姿勢を取った。


「君は常日頃から艦内のいたる所で、下士官や兵卒とも分け隔てなく接し、自分の労力を惜しみなく発揮していたな?」

「はぁ……」

「君のいる所ではクルーらの笑顔が絶えなかった。私は見ていたよ」

「……そ、そうですかね?」

 ルナンは話の趣きが一変してしまい躊躇(ちゅうちょ)していると、またムーア少佐は

「私はね、君がやがて各国のしがらみを越え、地球勢力に対抗するための大同団結を為せる象徴、救国の乙女(ラ・ピュセル)ジャンヌダルクにもなり得るのではないかと思っていたが……どうやら違うようだ……」と、(こぼ)してみせてから声を普段よりぐっと落し眉間に皺をよせて

「貴官は『乱世の魔女』だな!」と、突き放すように言ったのだった。


 酷評とも取れる上官の言質(げんち)にもルナンは動ぜず、むしろピッとその場で胸を張って見せてからこう朗々と発した。

「不肖、ルナン・クレール。火星市民の自由と独立のためならば、その異名(つつし)んで拝命いたします!」


 これにムーア艦長はまたしてもその場で立ち上がったが、その時彼のモニターから甲高い呼び出し音が流れ

「ムーア艦長へ。ただ今僚艦『ダ・カール』より、アレン大尉は管制AIの承認を得、無事引継ぎを完了したとの連絡有り。次の指示を乞うとの事であります」との音声が展望艦橋中に響いた。

 艦長はそのまま一つ深呼吸してから

「了解した。こちらより直接通信する回線をまわせ」と、指示を出し

「どうやらお喋りが過ぎたようだな。よろしい各員通常任務へ戻れ!」と、席に戻るやインカムを装着してモニターを操作し始めた。

 

 ルナンはその場で一度敬礼してから、自分の火器管制ブースへと戻った。席に付き規則の安全ベルトを装着しながら

(ジャンヌ・ダルクか……。オレがなれる訳ない。オレは国を救うどころか、自分の家族すら守れなかった。妹を見捨てた卑怯者だ……)そんな思いに囚われていた彼女を、坂崎の言葉が現実に引き戻してくれた。


「クレール中尉、まるで作戦課の主任参謀みたいでしたね? もう一端(いっぱし)の軍略家じゃないですかぁ~えへへ」と、楽しげに語りかけてきた。 

「うるさいよ!」と一度咳払いして

「それより、ジョンスンはちゃんと”宿題”を提出してきたか?」と無理やり話題を変えた。


「ああ、それならたった今メールが届きました。これならなんとかなりそうです」と坂崎が、ヘルメット越しに満足そうな笑顔を浮かべている。

「じゃぁ、早いとこ片付けちまえよ。レーダーによる広範囲索敵でないと正直不安だ」と付け加えた。坂崎はこちらに背を向けたまま”了解”の意味で軽く手を上げて見せた。


 狭い展望艦橋で、しばし三人は各々(おのおの)の仕事に集中した。

 艦長は、装着したインカムを通じて戦列を離れた『シュルクーフ』以外の艦長達としきりに連絡を取っている。


 ルナン・クレール中尉は『ルカン』に搭載されている六基の一〇センチ単装砲用レーザー照準機を広角モードで周辺空域を精査している。艦長を悩ませている僚艦の二の舞を踏まぬよう、監視を強化中であった。


 不意に、火器管制ブースから”ピッ”と短いアラーム音が鳴り、ディスプレイにデブリ接近を表示し始めた。

 ルナンは反射的にブースに備えてある発射トリガーに手を掛けた。だがイエロー、注意喚起程度。デブリは『ルカン』の二キロメートル範囲から離れ行く軌道を描いていた。


 彼女はトリガーを離し、ブースの座席に深く体を預けたまま天蓋(てんがい)キャノピー越しに見える僚艦を見据え

「大体がこんなものなんだがなぁ……」こう小声で呟き首を傾げる。


 再び任務に集中しようとした時、ディスプレイにフォルダが表示されているのに気が付いた。                  

「中尉殿、それ見てもらえませんか?」と坂崎の音声がルナンのヘルメット内で反響する。これまでの気さくな口ぶりとはうって変わって、神妙な様子だった。


 ルナンは黙って彼の言うとおりに画像を開いてみた。

「何だ? これは光の……矢か?」。

 そこには、艦隊の一五〇キロメートル先を偵察中であった『シュルクーフ』の船備方向から俯瞰した全景が写っていた。問題はその左舷(ひだりげん)に写り込んでいる、青白い線状の光跡にあった。


 矢の先端部からは数条の雷光が枝分かれしながら一直線に僚艦に向っている。

 次の画像には、白い蒸気のようなガスを中央部から吹き上げ、船底部を(さら)け出すようにしているフリゲート艦の無惨な姿があった。見ようによっては(もり)を打ち込まれて波間でのたうち回る鯨を連想させた。


「アレン大尉からのコメントが添付されています。『自然現象とは考えにくい』とあります」坂崎の声は不安げで少し震えているようにも聞き取れた。

「至急、艦長に送れ」とルナンが坂崎に問題の静止画を艦長専用の端末に送るよう指示した。


 ルナンが背後を振り返れば、艦長は会話を続けながらパネルを操作、問題の画像に行き当たるとその場でピタリと動きを止めた。

 無言でそのまま呼吸が止まってしまったのかと思われるほど身じろぎもしない艦長の様子に不安を感じた彼女が声をかけようとした矢先


「アレン! ブレイクだぁ! 現宙域を即刻離れろ!」とインカムに向って叫んだかと思うと、矢継ぎ早にルナンに

「クレール中尉! 艦隊行動を解く! 『モンテヴィエ』のシェーファー少佐に緊急通達。散開せよ!」と畳み掛けるように指示を浴びせた。

「艦長! 一体?」

「早くしろ! 説明は後だ。坂崎、緊急警報発令! こちらも一時退避する!」と吐き捨てるように言い放った。 

 慌てて坂崎は自分の卓上に設置されている大きい赤ボタンを拳で叩いた。


 展望艦橋から発せられた警報は(またた)く間に、艦内全体に響き渡り非常用の赤ランプがそこかしこで点滅を始める。階下では、緊急警報に接して飛び起きた非番の連中を含めた全員が担当部署に向っているに違いない。


 「クソッ! 間に合わんか」とムーア少佐が艦外の様子を凝視しながら悔しげに呟くのを受け、ルナンは振り返った。


 そこには驚くべき光景が展開されていた。『ダ・カール』がその船体の中央部からくの字に折れ曲がり、白いガス状の物質を猛然と吹き上げていた。更に連鎖反応による小爆発が船体各部から生じている。


 船体を引き摺り、こちらの進行方向を塞ぐように遷移していく僚艦のアリゲータヘッドに次の光が撃ち込まれた。

 一射目の光跡は艦長が、二射目はルナン自身がその目に留めた。碧い光の矢は船首部をあたかも陶器を地面に叩き付けたときのようにいとも簡単に粉砕した。

 一部始終を目の当たりにしたルナン・クレール中尉は反射的に

「ダァーイブッ!」と叫んでいた。

ー次回予告ー

 漂流を開始し、予断を許さない『ルカン』の指揮権を正式に受諾したルナン。

後継艦長への就任にあたり、管制AIから提示される情報の中に、秘匿命令K‐Ⅳの存在を彼女は知る事となり、その内容にルナンは更なる苦境に立たされる羽目に。

次回『後継艦長就任』!

~君は惑星ほし未来あすを見る~

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