我、漂流せり!
皆さまお久しぶりでございます。
梶一誠でございます。また帰ってまいりました。これまではクリスタを使ってのイラスト、特にX(旧ツイッター)でご愛顧させていただいているフォロワー様へのファンアート活動に専念しておりました。
その中で、読んで下さろうとした方から「少し文字量が多すぎてムリ!」とのご批判を受け、この度リブート版として再掲しようと思い立った次第であります。
ストーリーラインの変更はありませんので読了された方は問題ございません。
読もうと思ったけど、ムリだった方々に再度挑戦していただけると幸いでございます。
今回はモノクロ風のイラストも多数掲載するつもりでおりますし、後書きにはなるべくカラーでのキャラ設定やメカ宇宙艦艇のイラストも載せますので、私の世界観をお楽しみいただければ嬉しいです。
では、今後ともよろしくお願いいたします。
下の画像は新たに描き起こした表紙イメージです。キャラクターや背後の宇宙艦艇デザインも全てオリジナルであります。
「ダァーイブッ! 各員衝撃に備えろ!」ルナン・クレール中尉は装甲宇宙服のインカムに怒鳴り散らしていた。
彼女が乗り組むフリゲート艦『ルカン』にあって唯一船外を伺える展望艦橋を覆い尽くしたのは、間近に太陽が出現したかと見紛うばかりの白熱の大火球。
閃光と膨大かつ凶暴な熱核エネルギーに呑み込まれたのは、今し方まで『ルカン』と目と鼻の先で滞宙していた僚艦『ダ・カール』であった。
ルナンは原子炉を始めとする各セクションを統括する中央制御AI通称“ライオンハート”を緊急停止させた刹那、僚艦の残骸を巻き込んだ衝撃波がルナン・クレール中尉が禄を食む神聖ローマ連盟自由フランス共和国海軍の汎用宇宙フリゲート艦を濁流に翻弄される小枝さながらに振り回した。
船体装甲をむしり取らんばかりに叩き付ける破砕物の奔流に彼女は己が砲術士官シートの安全ベルトにしがみつき
「くそっ! 絶叫マシーンかよぉぉ!」と喚きたてるのみ。
目を閉じ何回か深呼吸したが早鐘となった鼓動は収まらず、矢継ぎ早の息遣いだけが耳につく。
更に足下から猛烈な振動と耳を聾する金属がねじ切れる破砕音に加え、艦橋を満たしていた気圧が暴風となって一気に流れ去る感覚を全身で捉えた。
「ダメだ! 坂崎脱出するぞ! 艦長この区画を放棄しましょう」と、目を開いたルナンはその場で身を凍りつかせた。
自分の足下から数メートル先からは漆黒と音の無い空虚な宇宙空間が広がっていたのだった。
先刻まで存在していたはずのレーダー観測員坂崎一等兵曹の姿はその部署ごと無惨にかき消えていた。
しばし呆然となり無意識に安全ベルトを外して立ち上がろうとしたルナン・クレールは小柄な体躯の割には大きな尻が不意に浮かび上がるのを察し慌てて靴の仕様を”磁気モード”にセッティングし直した。
今『ルカン』は中央部を基点に船体全体が縦方向に目まぐるしく回転させ、ルナンらがいる区画には漆黒と絶対零度のみが支配する宇宙空間に向けて常に遠心力が働いている状態であったのだ。
迂闊にベルトを外せば間違いなく坂崎一等兵曹の二の舞いとなる。彼女は震える手でベルトのバックルを外し、慎重に腰を上げた。
ヘルメットヴァイザーを通して広がる星々で埋め尽くされている宙は絶えず頭上から足下の方向へ流れゆく。
ルナンは展望艦橋であった破壊された区画から船首方向を俯瞰してみた。
「ひでぇな……」彼女の呟き通り頑強を誇る右舷側複合装甲板にはいたる所大穴が穿たれ、船首ブロックに集中して装備されている一〇・五センチ主砲塔並びにTT魚雷発射管付近からは絶えず船内空気が白いガス状となって流れ去るのが見て取れた。
「クソッ……どうするよ?」ルナンの鼓動は被害状況を具に見る事によって収まり脳裏にはある確信が生まれた。そして、この僚艦の爆沈という最悪の事態以前から自分の憶測でしかなかった可能性を上官にぶつけるべく振り返り
「ムーア艦長。これは偶発的なスペースデブリとの衝突などではありません。攻撃いや意図的な狙撃であると小官は考えます」ここまで口にしたルナンはまたしても戦慄し声を失った。
艦橋最奥の指揮官ブースで仏頂面をしていた筈であった最高責任者ムーア少佐の頭部が根こそぎ失われていたのだった。
ムーア艦長と呼ばれていた物言わぬ遺体から目を逸らすことが出来ぬまま、必死に動揺を抑えつつルナンは助けをよこすために、発令所を呼び出した。
「スナール准尉。保安部二名と共に展望艦橋へ。こちらは気密ロスト。シェルスーツ着用の上宇宙葬パックを用意してくれ。……艦長用だ」と、ここまで指示し、ルナンは艦長へ敬礼を送り
「ムーア艦長、本航宙は単なる新兵器の運用試験などではないのでしょう? 違いますか……」と、疑問を投げかけても、返って来るわけがない。分かりきってはいたが問い質さないと気が済まない。そんな複雑な心境が彼女をつき動かしていた。
ほどなく艦長席のすぐ脇、床面の通用ハッチが開放され、ルナンと同じ仕様の装甲宇宙服を着込んできた三名が上がってきた。呼び寄せた人員は艦長であった遺体を見ると一旦は後ずさりしたが、すぐに敬礼。その後二名が回収作業を開始した。
あと一人、部下を先導してきた人物がルナンにヘルメット内インカムを通じて語りかけてきた。
「こっぴどくやられましたね。お怪我はありませんか中尉? 艦長は残念であります。あと坂崎は?」こちらも女性の声色である。
「ご苦労スナール准尉。一瞬のことでな……。救助、捜索は無理だろう……」これにスナール准尉は無言で首を力なく振って見せた。
ルナン・クレール中尉はこれで安堵したのか、くずれるように座席へと腰を降ろした。眼前に佇むスナールとで回収作業を見つめていると、准尉が自分の耳辺りで鍵をひねる仕草を繰り返した。今、使っているオープン回線からパーソナル通話に切り替えろという意味だ。
二人が装着している宇宙服のデザインは二〇世紀の肉襦袢をまとったような鈍重なスタイルとは一線を画していた。各関節部はアーマーに覆われてはいるが、より装着する者の体にフィットする洗練されたデザインとなっている。
背中に装備されている酸素ボンベ、生命維持装置、水分濾過機構などのサイズは縮小化され、その容量もその当時の物に比べて十倍以上の船外活動時間を確保できる性能を有している。
ルナンはサイン通りに機器を操作した。するとヘルメット内に慣れ親しんだ歯切れの良い声が響く。
「ルナンよぉおめぇの勘が当だっちまったみてぇだな」
これにつられてかルナンも同じようにくだけた言葉を使いはじめた。
「アメリアァ~見事にやられた! 何かを聞き出そうにも我らの親父殿は死神にさらわれてしもうたぁ……」と彼女は答えた。
「これじゃ『ダ・カール』の生存者も見込めねえ。アレン大尉も不運なお人だでや。向ごうに乗り込んですぐにこの有様とは。こっちは四隻。旧式とはいえ正規軍フリゲートだど! ……クソッ」
アメリア・スナール准尉はいいように破砕された展望艦橋から僚艦が存在していた空間へと身体を向けた。その宙域には爆沈の残滓が白いガス状の靄になって広がっていく。
「まだ確実な攻撃であると断定はできないが、赤外線、光学センサー、レーダーにも全く反応が無かったのは三時間前の『シュルクーフ』と同様だ。あの件もスペースデブリとの遭遇事故じゃない可能性が出てきたわけだ……」ルナンはアメリアの背中を見上げながら腕を組み、ヘルメットの中で大きく溜め息をついて
「半日も経ずして四隻の艦隊の内残ったのは我が『ルカン』と『モンテヴィエ』の二隻になってしまった……」こう呟いた後に話題を変え
「下の様子は?」と船内中央部に位置する階下の発令所の様子を尋ねた。
「芳しくねぇ。とにがぐ発令所さ降りれ。それと少し安心したべさ」アメリアは収容班が遺体袋を担いで何とかハッチを潜り抜けて行くのを見ている。
「何でよ?」
「おらはおめが取り乱してるんじゃねえかと思ってな。しかし声も落ち着いてるようだし、状況を的確に掴もうとしているよな」
「そう見えるかい? お前さんにオレの心臓を見せてやりたいよ。勝手に羽が生えて口から飛び出そうだぜ……下で艦長の件も知らせなきゃならんだろうし、気が重い。だがな……」
アメリアが小首を傾げる。
「まだ終わっちゃいねぇ! まだだアメリア!」
アメリアは相棒のヘルメットを軽く小突いてから
「あど、”おふくろさん”がおめぇを呼び出してる。『至急”コードルーム”に出頭せよ』だってよ」と、言った。
ルナンが「そうか」とだけつぶやき、ようやっと座席から腰をあげると
「婆様みてぇにのそのそすんじゃねぇの! おめぇが今や『ルカン』の最上級士官だで!」アメリアが勢いよくルナンの尻を平手打ちした時だった。
「ルナン、ありゃぁ何だ?」
「さっきまではあんな発光現象は無かったぞ。青一色の虹?」
二人の視線の先。先刻まで僚艦の残留エネルギーがガス状に靄っていた宙域に青く輝く一筋の線、と言うよりややねじれた横向きに拡がる竜巻のような発光現象が生じていたが、漂流状態にあって爆沈ポイントから遠ざかる『ルカン』からはやがて、その現象も周囲の闇に溶け消えてしまった。
艦長アレクセイ・ムーア少佐の遺体を収容し、破砕された展望艦橋をルナンは封印した。