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2 カイコ


「くそッ!」


 十分に距離を取って、大声を出しても聞こえないところまで歩いて感情が口から漏れ出した。意地も底が付いたみたいだ。


「冗談じゃない! どうして俺がこんな目に会うんだ! 疫病神だって? ふざけるのも大概にしてほしいよ、俺がなにをしたって言うんだ!」


 息を荒げるほど叫んで、胸に溜まっていた思いをぶちまけた。

 誰にも聞かれたくない言葉が岩肌に反響して長く残る。

 それが溜まらなく嫌で、大きなため息をついた。


「あぁ、もう。大声を出したから魔物がくるかも。とにかくダンジョンを出ないと……一人で。はは、最高」


 落ち込むのは後、今一番に考えるべきは何を間違ったかじゃなくて、ここからどう生きて帰るかだ。うじうじはもうお終い。気を取り直してダンジョンからの脱出に挑もう。


「とりあえず……こっちの道はヤバい」


 スキルが警鐘を鳴らしている。


「こっちも、あそこも、あれも……そこも……」


 ここはダンジョンの深層だ。

 パーティーが一丸となってようやく探索可能な危険領域。

 そこにたった一人でいるわけで、安全なんてものはないわけで。

 行く先々でスキルが警鐘を鳴らしている。

 あっちへ行くな、こっちへ行くな、そこで立ち止まるな。

 鳴り止まない警鐘が響き続け、もはやないも同じ状況だ。


「意地を張らずにあのまま付いていくべきだった? いやいや、それはない。まさに死んでも嫌って奴」


 とは言え、参った。

 地上に続くと思われる道はすべて潰されてしまった。

 この場に留まることすら危険。

 唯一、俺が進める道が一つだけあるけど。


「この道、絶対奥に続いてるよね」


 脱出したいのに進めるのは地上から遠のいてしまう道だけ。


「意地悪だよね、ホント」


 進むよりほかないので唯一の歩ける道を行く。

 遠回りになってもどうにか地上に迎えないかと思案していると、ふと通路の奥に光を見る。仄かに闇を照らすそれに引き寄せられるように歩くと、靴底が飛沫を上げた。浅瀬を踏んでいたようで細波が水面を駆けていく。

 それが行き着く先に、光はあった。


「虫……蝶、いや蛾か。にしては白くてもっちりしてるけど。あぁ、かいこか」


 水面に浮かぶ一匹の蛾。

 真っ白な毛に覆われていて、羽根はふわふわとしている。

 脚はか弱く、泳ぐ力もないのか脈打つ水面に言いようにされていた。

 最初は仄かに思えた光も、こうして見ると弱々しく感じてしまう。


「魔物、か。キミも仲間から追い出されたの? なんてね」


 水面に弱々しく浮かぶその魔物が、なんだか自分と重なって、柄にもなく手を伸ばす。

 スキルが発動しないので安全なはず。

 両手で掬い上げてみると、ゆっくりとした緩慢な動きで立ち上がった。


「近くで見るとかわいいね。どう? 一緒にくる?」


 なんてことを言って一人で笑っていると、蚕が小さなくしゃみをする。

 同時に手首に糸が巻き付いた。


「え?」


 蚕は糸を吐き続ける。


「うそでしょっ!? うわっ!」


 糸は瞬く間に全身を覆い尽くし、あっという間に体の自由が奪われた。

 必至に振り解こうとするけど、糸の一本一本が針金のように硬い。

 それが束ねられて巻き付いているのなら、もはや逃れる術はなかった。


「蚕が糸を吐くのって蛹になる前じゃなかったけ!?」


 相手は魔物だ、既存生物の常識は通用しない。

 顔まで覆われてついに声を出すことも出来なくなった。

 けれど、それでも、スキルは警鐘を鳴らさない。

 つまりこれは俺にとっての危機ではなく、蚕からの攻撃でもないことになる。

 なら、これはなんだ?

 その答えはすぐにわかった。


「あれ、体の自由が……」


 全身が糸で雁字搦めになって数秒と経たずに体は再び自由を得た。


「なんだ、これ。糸が服に? いや、これってスーツ?」


 恐る恐る、水面に映した自分の姿を見る。

 やはりと言うべきか、そこにはスーツに身を包んだ自分がいた。


「格好いい、けどいったいなにが……」


「貴方の提案を受けます」


「わあッ!? だ、誰? どこにいるの!?」


「私はここにいます」


 どくんと鼓動が身を包むスーツに伝わり、その根源がどこにあるかを知る。

 胸の辺り、丁度心臓がある部分だ。


「もしかして……さっきの蚕?」


「はい」


「はいって。マジか」


 蚕の魔物が大量の糸を出して俺を縛ったのは見てるしわかっていたことだけど。

 改めて言葉にしてみるとその異様さが引き立つ。

 あまつさえ、その糸はスーツになって身を包んでいる。


「とりあえず、わかった。それはいいとして、ならこの格好はなに?」


「見返りです」


「見返り?」


「私は自己の管理を他者に委ねなければ生存することができません。食事も、移動も、私単体ではままなりません。故に協力者が必要です」


「それが俺ってこと?」


「はい。私は貴方の提案を受け入れ、貴方と共に行きます」


「あー……」


 そう言うことになっちゃってたのか。


「私と貴方は共生関係となりました。貴方は私を生かし、こちらは見返りに私の力を貴方に捧げます」


「……他者と共生することでしか生きられない、か。そんな魔物がいたなんて」


「私は魔物ではありません」


「え? それって――」


 鳴り響く警鐘はスキル発動の証。

 直感に従って回避行動を取ると、鼻先スレスレを鈍色の剣が過ぎていく。

 そのスリルにもドキドキしたけど驚くべきは。


「わぁ、見た? 今の。体が軽い!」


 繰り出される剣撃をすべて、そして大げさに躱して距離を取る。

 身体能力が格段に上昇している。

 これがこのスーツの力。

 そう関心するのもそこそこに距離を取って、改めて不意を突いて現れた敵の姿を視界に収める。

 全身を覆う鱗、鋭い牙と爪、古びた腰布、刃毀れした剣に錆び付いた盾。


「リザードマンか」


 立ち上がった蜥蜴が得物と防具を装備した。

 それがリザードマンという魔物だ。

 その剣に技術なんてないが、魔物の腕力を生かした力押しは少々厄介。

 幸いにも数は一体だけのようで、その点では安心できた。

 まぁ、一対一でリザードマンと戦うのは初めてなんだけど。

 いや、一体二か。


「力を捧げてくれるって? 大歓迎。手始めに目の前の敵を斃そう」


「はい。私は糸で貴方の望む物を創造します。ご注文は?」


「じゃあ、剣!」


「剣、とは?」


 思わずずっこけそうになった。


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