時計の国(前編)
魔法使いは空を飛べると思われがちです。このセカイでも例外なく空を飛ぶ事がもちろん可能です。そして私も魔法が使えます。でも、私は空を飛びません。何故でしょう。荷物が重いからです。重量オーバーです。セカイ一周するのにカバン一つとネコを連れてホウキで巡るとか。無理難題をよくもまあ簡単にするのでしょうか?不愉快ですね。丁度、頭上を飛ぶ魔法使いを撃ち落とします。
――冗談です。
では、私はどうやってセカイを回っているのでしょう。これは王国の秘密なんですよ。
頭上を通過した魔女は、高度を下げ始めました。そう、関所です。ホウキで越えてしまうと、私の代わりに憲兵さんがきっと撃ち落とすでしょう。落とされれば良いのに。真面目ですね。
魔女は関所の門を超えると街道から『少しだけ脱線しながら』真っ直ぐ飛んでいきました。ただ、馬車とあまり変わらない速度でしょうか?遅いですね。街道が少しくねくねしているので空を飛ぶ魔女が真っ直ぐ飛ぶのは理解できます。
私も関所を難なく通過して、入国しました。なんと警備の甘い国なのでしょう。持ち物検査もなく、銀貨一枚の入国税を支払うだけでした。出国する時にきっと何かあるに違いありません。私のような美少女を興味も持たず通すくらいです。不愉快です。この国も滅ぼしましょう。
関所の憲兵さん曰く、王国の門までは馬車で1日は要する。国土が広いらしいです。あと、警告も受けました。『街道から離れてはいけない』と。
今夜も野宿決定です。美少女が一人野宿ですよ?危ないですね。憲兵さんは心配すらしていませんでした。安全な国なのでしょうか?
ですが、先程飛んでいきました魔女に対して『街道から離れてはだめだ!悍ましき魔女め!』と大声で怒鳴っていました。何か因縁でもあるのでしょうか?
◯
石畳の街道をスイスイ走らせていると、前方に荷馬車がスタックしています。石畳の街道でスタックとはきっと馬鹿なのでしょう。馬の扱いが下手に違いありません。もしくは馬が待遇に不満を訴えている結果なのかも知れません。私には得るものも無さそうですし、広くはない街道ですが、馬車の横をすり抜けて先に進みましょう。
あ、そういう事ですか。街道の幅は馬車2台がすれ違う程は広くありません。この方は街道を譲った結果、スタックしたのでしょう。馬鹿にしてすみませんでした。心残りですが。
『ああ!もし!その……何ですかその乗り物は?……って!そんなことよりお助けください!』
あらあら、私の乗り物にご興味が?ご自身がスタックしておられるのに。美少女である私には興味はない?。まあいいでしょう。先程の憲兵さんより良いリアクションです。恩を売れば、今夜は荷馬車にある食材を振る舞って頂けることでしょう。
『お嬢さん、変わった木馬にお乗りで……もし宜しければ、その木馬で私共の荷馬車を引き上げるのに引っ張って頂けないでしょうか?』
今回は木馬ですか。私の乗り物は『自転車』です。そこは訂正しないと。行商をなさっていそうな方ですし。商品名は正確にお伝えしないといけません。でも、『魔法式自転車』はセカイに1台ですし、知らないのも当たり前ですね。サービスして引っ張って差し上げましょう。
「叔父様、申し訳ありません。この乗り物は人一人分の力しかありません。ですが、私の魔法で街道に戻して差し上げます」
私は、腰の細剣・シルフィードソードを抜刀し、風の魔法でフワッと荷馬車を浮かせました。
「叔父様、馬を前に出して下さいな」
そう伝えると、商人は馬に軽くムチを入れゆっくり前進します。それに合わせて荷車を街道に戻す事が出来ました。
『ありがとう、お嬢さん。危うく引取時間に間に合わない所でした。とは言え、明日の昼からの引き上げですのでまだ慌てる時間でもないし、まだまだ距離もあります。予定通りの時間には到着できそうです』
商人曰く、この街道を通行するにあたって、『厳密な時間』で管理されているらしく、行商人は『通行税』を払っていた。しかし、対向した馬車がどうやら『時間を守っていなかった』結果、行商人が道を譲る事になったと。街道の幅が狭い関係で『区間』で『時間』が決まっているらしい。なんと迷惑な話でしょう。対向した馬車を見つけ次第破壊して差し上げます。
しばらく商人に随行していくと街道の真ん中に『時計』があります。時計を中心にしてロータリー構造に街道が敷かれ、ロータリーの周りには『駐車場』が設営されています。駐車場の周りの空き地には数台の馬車が停泊していました。
時計には確かに『通行できる方角』が刻まれていました。なるほど。時間制限式一方通行ですか。異世界もまたややこしい。大学生時代は一方通行の道を逸脱する毎日でしたね。『社会という道』の事です。『おい!そこの原付止まれ!!逆走だ!!』パンダカラーのクラウンに追い回されました。懐かしいです。やだ怖い。
時計の針で時刻を確認すると。この中継地点で明日の朝までは『城下町への街道』は使えないようです。但し、『歩き』は通って良いようです。悔しい。自転車は車両でしょうか?もし逆走して憲兵さんにでも捕まれば、殺人事件ですね。もちろん殺ってしまった犯人は私です。憲兵殺人事件簿ですか。やだ怖い怖い。
仕方がありません。ここで一夜を過ごす事にしましょう。あと、今夜は美味しいご飯がきっと有りそうですし。貸しが1つありますから。期待大です。丁度お腹も空いてきました。
商人の荷馬車が見える位置へ今宵の宿となる『テントを設営』しました。『魔法のカバン』からポン!っと引き出して置くだけです。ワンタッチです。便利ですね。そうです。美少女であるだけでなく、天才の魔法使いが作った一品です。その天才はもちろん私ですよ?
――冗談です。
『お嬢さん、なんと便利なテントを持っているのですか?如何ほどで売ってるものなのでしょう?』商人はそれはそれは興味があるようです。非売品のセカイで一つです。
「いえ、これは普通の登山用テントです。私が魔法で瞬時に展開してペグ打ちしただけですよ?」っと誤魔化しておきました。『手品師』みたいですね。テントより無詠唱で魔法を発動している方に興味は沸かないようですね。さすが商人。意外と難しいのですよ?『無詠唱魔法』は私の得意分野です。