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堀田ナナミーナ

 フードコートまで足を延ばしていた。


「はあ……ハァ……もう大丈夫です……」


 堀田さんをソファに案内して休んでもらう。


「こんなに必死に走ったのは久しぶりだ。僕も疲れたよ」


 ふぅと、脱力する僕。

 そういえば、ここのサービスは無料なんだっけ。フリードリンクください。


「ふふ」

「どうしたの? 僕の顔そんなにおかしい?」


 自慢じゃないけど、僕の顔はとても凡庸。汎用とは近そうで遠い。

 例の万能AIみたいな個性も獲得できていないと自嘲すれば。


「すいません。さっきのやり取りを思い出しまして……いきなり大勢に囲まれて緊張しました……でも、久能くんに手を引かれて……すごく、ドキドキしました」


 朗らかスマイルが眩しい堀田さん。

 可愛い子にまじまじと見つめられ、僕はキョドるしかない。



「そ、そいや!」

 別に、神輿を担ぐ予定はない。噛んじゃったのは仕様さ。


「せっかく選んだ服、似合ってたのに買えなかったか。勿体ないな」

「気に入ってくれました? では、後でECサイトを利用しましょう」


 店で見本を見て、ネットで注文。

 実に今風のショッピングだった。

 ジンジャエールを二つ頼み、小休止。

 一気飲みがてら氷をガリガリ砕くや、堀田さんが口火を切った。


「先ほど、久能くんは疑問に感じていましたね。なぜ、恋愛が苦手だったわたしが、コンカツに身を投じることにしたのか――」

「まあね。けれど、言いたくないなら別に構わないよ。そーゆーのやんごとなき事情があるだろうし」

「いいえ。久能くんには……パートナーにはちゃんと知っておいてほしいです。この秘密を隠してしまえば、本当の意味で親交を深めることはできませんから」


 堀田さんの金髪がさらりと揺れた。

 大きく深呼吸を済ませ、彼女は意を決したかのように独白する。


「……わたしの両親はとても仲睦まじい夫婦でした。わたしが中学生になっても、二人でデートに行ったり、肩身を寄せ合ってアルバムをよく眺めていました。お互いに世界一好きだと臆面なく言える姿は、聞いてる方が恥ずかしいほどです。しかし、そんな光景が続いたのはわたしが中学三年生に上がる直前。――事故でした。結婚記念日にプロポーズをした思い出の地に寄った帰り、法定速度を破って信号無視の乗用車に衝突されて……」


 堀田さんは、そっと目を伏せた。


「お母さん、お父さん。大好きな家族が突然いなくなってしまい、わたしの心にぽっかりと大きな穴が開きました。あの頃はいつもうわの空で、何をしていたのかほとんど思い出せません。気づけば約半年が経ち、わたしも進路を選択しなければならない時期です。そんな折、担任の先生にコンカツに興味がないか尋ねられました。両親と友人だった先生の話では、かつて二人がコンカツ高校で最優秀パートナーに選ばれたそうです。コンカツをやっていたことは聞いていましたが、わたし自身興味はなくて忘れていたほどです」


 明後日の方へ視線を向けた、堀田さん。

 果たして、両親の面影を追っているのか。


「奇しくも同日、実家の片付けをしているとわたし宛の手紙を見つけました。それは、両親からのメッセージ。――ナナミーナへ、世界一好きな人を見つけなさい。大丈夫、私たちの娘なら必ず運命の相手と巡り合える。自分を信じれば、奇跡なんて起こせるものよ。だって、私たちがそうだったから!」


 パートナーと目が合った。

 宝石のような青い瞳が輝き、路傍の石のような僕を眺めている。


「……わたしにとって、理想の夫婦とはお母さんとお父さんのような人たちです。そんな関係を築くため、わたしはコンカツにすがることにしました。あの二人に負けないような、運命の相手と巡り合いたい。それが、コンカツ高校にやって来た目的です」


 ひとりぼっちが寂しかったことも否定できませんが、と付け加える。


「……」


 長い沈黙が周囲を支配する。

 僕は、どう切り出していいか分からなかった。

 それでも、秘密を開示された以上、答えがなくとも応える義務が生じている。

 なにせ、僕は堀田さんのパートナーなのだから。


「えっと、ちゃんとした理由があって驚いた。正直、結構シリアスでビビっちゃったよ」

「引いちゃいましたか?」

「いや、それはないね! 事情なんて、人それぞれだからさ。教えてくれてありがとう」


 僕は、徐に腕を組んで。


「でも、困ったなあ。この際、僕がこの学校に来た理由を白状するけど、単純に結婚出来る気がしなかったからだよ。普通に高校デビューしたところで、モテ始める展望はないだろうし、一度くらい男女交際させてくれ! なんて、テキトーな志望動機だ」


 若者の恋愛離れは多数派を占め、別に恋人がいなくても引け目を感じる必要はない。

 けれど、僕はお付き合いに興味がある。断然したいよ!

 比木盾君よろしく、邪な気持ちが表情に出ちゃったようで。


「あ、今単純な奴って笑ったでしょ?」

「ふふ、そんなことありません。それに、発端は何でも良いと思います。わたしの理由だって私情ですから。久能くんのモテたい欲と変わりません」

「やめてっ、そんな真っ直ぐな瞳で見ないでっ」


 志望理由を同格扱いしないで! 穴がないなら、掘りたい勢だよ!

 DIYショップへ、ショベルを買いに走りかけたタイミングにて。


「コンカツに興味を持った結果、恋愛小説や少女マンガを貪るように読みました。わたし、それからよく変な想像するようになっちゃって、お恥ずかしい限りです……」


 妄想過多は、悲しい過去の反動だったらしい。


「面倒な話に付き合ってくれてありがとうございました。引き続き仲良くしてください」

「こっちこそ、よろしくお願いです」


 ペコリと頭を下げた、僕たち。

 あのご趣味は……などと言い出せば、たちまちお見合い会場に早変わり。


「久能くんの立場的に難しいかもしれませんが、最優秀パートナーを目指しましょうね」


 一応、僕にはコンカツパートナーが三人いる。

 あっちを立てれば、こっちが立たず。あっちを向けば、こっちが向かず。

 いずれ、難しい判断を迫られる時が来るかもしれない。


 最たる懸案事項は、あの二人がコンカツにやる気を出してくれるか。なんとなく、僕が駆けずり回る羽目になりそうだね。万能AIの助力は期待できないし。

 ……名前を連想したのがマズかったかも。


「うんうん、堀田さんのコンカツに対する想い、と~っても素敵じゃなぁ~い。ワタシ、共感しちゃうなぁ~。生徒は平等に扱いますが、贔屓したくなるんですよ、じ・つ・は」


 HUKAN先生、感涙に咽ぶ。

 その証拠に、彼(?)の目頭は熱くなり――


「……HUKAN先生。目先から、0と1が垂れ落ちています」

「えぇ~、久能さん、ワタシの涙腺指摘しちゃうタイプぅ~? 目ざといじゃなぁ~い」


 AIの目にも涙。しかし、本来彼に血も涙も通っていない。

 流すのはもちろん、デジタルデータの残滓だった。


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