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ハートブレイクプラント

作者: SHOW。

 都心部から断絶されたようなど田舎の、田畑を基準に敷いたせいでやたらとうねる歩道路に一つだけある小祠(しょうし)前。一緒に自宅までの帰路に就いていたチサと、その前方から短距離走レベルで駆け抜けていたところをチサが両手を広げて立ち塞がり、今は無理やりに付き合わされているヤイチが、お互いにジャージ姿で隣に並ぶ。このチサとヤイチには良からぬ噂があるからどうしようか悩むリオは、双方の後ろに回り、背後をまじまじと眺める。


「なにここ? なんで俺連れてこられたんだ?」

「ヤイチ、せっかくだからここで一緒に手を合わせない?」

「はあ? なんだそれ意味分かんねぇ……帰るわ」

「待って待ってっ! どうせ無意味に全力疾走して帰るだけでしょ? なら私に付き合ってくれても良いじゃんか!」


 するとすぐにヤイチは不満気な顔をする。

 どうやらチサの言い分の節々が図星だったらしい。


「……まあ、そうだけどさ。つーかこんな清掃も行き届いてないコケだらけの(ほこら)に一円もやりたくないんだが? ゴミに金払って祈る意味なんてねぇだろ」

「いいのいいのお金なんて。大事なのは気持ちよ、メンタリティーよ」

「なにがメンタリティーだ。どうでもいいがこの場に相応しくない単語だな、おいっ。和洋折衷甚だしいわ」

「もう……つべこべ言わずにさ、ほらほら——」


 何をしているかと言われたら、やれ星占いだ、最新のファッションだと毎度目移りするチサの絶賛マイブームが、賽銭を投げ入れる箱を見つけるたびに祈るというものだ。五円どころか一円も入れず、神仏の区別もついていないし作法も滅茶苦茶。なんとも御利益(ごりやく)がなさそうな所業だとリオは傍観しながら思っていたけど、その祈祷時にチサが手を合わせ述べる、詠唱というべきか祝詞(のりと)というべきか不明のそれに何故か惹かれてしまう。


「——『ハートブレイクプラント』。私を幸せにして下さいっ! ついでにここにいるヤイチにも余裕があればそうしてくれても全く問題ありませんっ。とにかく何も言わずに叶えてくださいっ」

「……なんつう祈りだ、なんで英語なんだ、つか都合が良すぎるわ……まあ突っ込みたいところが多々あるのは置いといて……俺はついでかよ」


 ヤイチはさりげなくチサを小突く。ただそのことに気付く素振りもなく、というより無関心のままに彼女は彼の質問に淡々と答える。さきほどまでのコメディー染みた弛んだ雰囲気とはもう打って変わっている。


「気持ちを伝えるためだよ。他の人と同じ祈り方をしても目立たないから……私らみたいな田舎の凡人はさ、悪目立ちでもしないと見向きもされないんだよ。相手が神でも仏であっても、もしかすると人間であってもおんなじじゃないかな?」

「……勝手に俺まで凡人扱いされるのは癪に触るが、最近それに似たような経験をした気がするからなんとも言えねぇな……面倒だけど」

「気がする? なんで確信がないのさ?」


 チサとヤイチが音も立たず、合わせた諸手を離す。

 チサはジャージ上から太腿を叩き、ヤイチはポケットに突っ込む。微風もなくしんみりとした田舎は、二人の淡色のジャージカラーよりも色取りがなくて、寧ろ褪せきっているみたいで、リオは自らの吸気すら耳障りに感じる。


「……いや、微妙に記憶が曖昧なんだわ……これは多分あれだ、時間が経過するたびに抜け落ちたんだよ、一夜漬けのテスト前勉強みたいにな」

「あーなるほど、ヤイチの頭が悪いって話か」

「自覚はあるがチサには言われたくないっ。星占いの順位を信じたり、六角の鉛筆に数字振って転がしてるバカにはなっ!」

「そっちだって前日まで絶対にバレないカンニング方法考えてたじゃんっ。それで結局、当日になってビビって何にも試すことなく惨敗だったでしょバカッ!」


 売り言葉に買い言葉。いつかの学校でのテストで言い争っているけど、教室ならともかく、なにも小祠の手前じゃなくてもいいのにと、後ろで佇むリオは物申したくなるのを必死に抑え込む。


「てか……俺達なんでテストの話してんだ?」

「……知らないよ。なんかふとよぎった? みたいな感じ……——」

「——ああ、チサの頭のおかしなお祈りに付き合わされたからだな、うん」

「はあっ? なにさバカヤイチのくせに——」


 そう言うとチサはヤイチの尾骨辺りにローキックを理不尽に喰らわせ、一歩二歩と後退していく。彼女の蹴りなんて痛くも痒くもないとヤイチは幾らあるのかと賽銭箱の中身を覗き見ようとしていた。それは小祠に集る人物が他にどれくらいいるのかという好奇心か、はたまた金銭欲に対する下心か。よしんばそのどちらであったとしても、彼の現状に比べればどうでも良いことだとリオは俯く。


「——もういい、私帰るっ」

「えっ? はあお前、身勝手に俺を呼んだくせに……おい待てよっ!」

「うるさいバカっ!」

「バカって言うヤツは大バカなんだよっ」

「その言葉、そのままヤイチに返すっ!」


 そのままチサとヤイチは用事は済んだと、お互いへの怒気を込めて啀み合いながら、田舎の歩道路へと踵を返す——二人の肩はリオの身体を貫通して。


「……やっぱりチサとヤイチ、だよね——」


 数十分前にリオはチサらしき姿を見掛け、恐れながらも共にしていた。すると無尽蔵で走るヤイチまでもやって来て、当然のようにチサが止めていた。

 でも……そんなことは、普通なら有り得ない。


「——二人とも、市街の病院で昏睡状態のはずなのに……なんでここに……」


 チサとヤイチの良からぬ噂。それは二人が昏睡状態に陥る原因となる市街地での交通事故。それは運転手の過失だとされているけど、もしかしたら二人で一緒に飛び出したんじゃないかと、この田舎ではまことしやかに囁かれている。


 テスト週間最終日の翌日。リオの記憶では特別親しそうにはしていなかったはずの二人が、何故かジャージ姿で遠出をしたのも不可解だ。あと一時的にだけどファッションにも気を遣っていたチサが、地味な装いで都会へと出掛けることもおかしく思っていた。


 けれど起きてしまったことは変わらない。

 二人は未だ、五年の眠りについたままだ。


「ハート、ブレイク、プラント……冗談でもやめてよ……——」


 リオの幻影か、はたまた亡霊か不明の二人。

 女の子の中で一番仲良くしていたチサ。

 男の子の中で一番仲良くしていたヤイチ。

 そんな双方に置いて行かれた五年前の平日。


 リオは当時。ここら一帯を無意味に練り歩いていて、母親からの連絡でチサとヤイチの事を知っただけだった。傍観者ですらなかった。今までの関係性は一体なんだったのかという、誰も答えてくれない設問ばかりがリフレインしていた。

 そんな自責の念に駆られながら、リオは回顧しつつ賽銭箱に近付く。さっきまで二人が仲睦まじそうにする場所と大体同じ所定に立つ。どちらかといえばチサ寄りだろうか、とにかくあまり意識はしていなかった。


「——でも、お願いします……チサとヤイチを、どうか幸せにして下さい」


 お金を渋ったイマジナリーのような二人代わりに、五円玉を三つ入れる。

 リオは一応作法は知っているけど、想像上かもしれないがチサの見識に倣い、あえて何もしない。その虚ろな両眼で見下げ果てた視界になにが映るのか……いや、何も見張るものもなくて呆然とこの場所に縋るしかないのかもしれない。


 黙してリオはその場で棒立ちをしたまま、小祠じゃなくて気付かずに去ってしまったチサとヤイチに対して祈る。せめて二人が、いつのまにか仲を深めていた経緯ぐらい直接教えて欲しいと。そんなことすら五年前のリオは知らなかったから。

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