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ロゼットとアリアの場合

「徴婚制……?」

この耳慣れぬ言葉に、私は眉をひそめた。

「なんですか、それは?」

「若い娘が同じ年頃の娘と結婚し、子をなす制度よ。そしてその子は次の当主として、親の財産を継ぐことができるのよ」

「お、女の子同士で結婚など、できるんですか?!」

思わず声が上ずった私に、母は静かにうなずくと、その美しい瞳でまっすぐに私を見つめた。

「できるわ。現に私たちもそうだったしね……。でも、今から百年以上前にできた制度だから、今ではほとんど廃れてしまっているけれど」

「ど、どうしてそんなことをするんですか?! 同じ女性同士なのに……」

母の話によると、貴族社会では今でもこの慣習は残っているらしい。

そもそも貴族の子女の結婚というのは家同士のつながりを深めるためのものであって、恋愛感情やら愛情といったものは二の次であることが多いというのだ……それが例え、女同士であっても。


実際、母エスメラルダ自身も父ベアトリーチェと結婚した当時はお互いに好きあって結婚したわけではなかったそうだ。

だが、それでも父は彼女を妻に迎えることで、彼女の実家との結びつきを強めようとした。

そして彼女もまた父の気持ちに応えようと努力したのだという。

「ふふっ、お父さん……ベアトも最初は女同士での結婚などありえないって言っていたものだけど、結局は私を受け入れてくれたのよね。まあ、政略結婚みたいなものだったんだろうけどね」

当時のことを思い出しながら語る母はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。


(自分の意思ではなく、家の都合によって決められた相手との結婚……)

正直、私には理解できなかった。

なぜなら、私はずっと自分の想いのままに生きてきたからだ。

もちろん、今の境遇に不満があるわけではない。むしろ恵まれていると思う。しかし、だからといって私の意思とは関係なく、「誰かと結婚させられる」ということが果たしてありえるだろうか。

その時私の脳裏に浮かんでいたのは、あの黒髪の少女の顔であった。


「とにかく、そういうわけであなたにもいずれは『縁談』というものが来るかもしれないわ。だからちゃんとした返事をするまでは、くれぐれも軽率な行動は慎んでちょうだいね」

「……わかりました」

複雑な心境ではあったが、とりあえず私は母の言葉に素直に従うことにした。

それにしても、まさか自分がそのような立場に置かれることになるとは夢にも思わなかった。……いや、正確に言えば心の片隅にはあったのだが、それはあくまで可能性の問題だと思っていたのだ。

それが現実味を帯びてくるとなると、やはり動揺せずにはいられなかった。


(もしも……)

もし仮に私が女の子同士で結婚するとしたら誰を選ぶだろう。

真っ先に思い浮かぶのはやっぱりアリアのことだった。

初めて会った時からなぜか気になって仕方ない女の子。きっとこれが俗に言う恋心というものだと思っている。

確かに彼女は可愛いし、性格も良い子だと思う。一緒にいて楽しいとも思うし、もっと仲良くなりたいと思うこともある。

でもその一方で、彼女と一緒になった自分を思い描いてみると、どうもそのイメージがうまく湧かないのだ。

理由はわかっている。

言うまでもなく、女の子同士であることだろう。……正直、彼女か私が男の子だったらと考えたことがないと言ったら嘘になる。

何しろ男嫌いの私ですらつい考えてしまったくらいなのだから……。

よって、今のところアリアと結婚する未来についてはあまり現実的なものとは感じていないというのが本音であった。


「ねえ、貴女にはいいと思う子はいないの?好きな人とか……」

突然の母からの質問に私は少し考えてみた。

……だが、答えはすぐに出た。

「いえ、特にはいませんが……」

嘘だ。でも、今の私にはそう言う他なかった。

「あら、そうなの? じゃあ、どんな人が好みなのかしら?」

「そうですね……強いて言うなら、私より強くて頼りがいのある人でしょうか」

私の言葉を聞いた母は驚いたように目を見開いた。

「へえー、意外と考えてるのねぇ~。でも、頼れる人っていうところは私と一緒かもね♪」

「お母様とですか?」

思わず聞き返すと、母はニコッと笑って言った。

「そうよぉ~。だって私もベアトとお見合いして結婚する前は……まあその後もだけど、ベアトに頼ってばかりだったもの。……もっとも、ベアトは全然そんなこと思ってなさそうだったけどね。いつも一人で抱え込んでばかりでさぁ……」

懐かしむような表情で母は昔語りを始めた。

なんでも、父と出会った頃は二人は犬猿の仲だったらしい。

「女同士で結婚なんてありえない!」とお互いに反発し合っていたとかなんとか…… そんな二人だったが、次第に父の方が母に惹かれていき、母もまたそんな父を受け入れることで二人の絆を深めていったらしい。


「あの頃のベアトったら、本当に頑固で可愛げのない娘だったわよ。ちょっとしたことですぐ喧嘩しちゃうんだもん。だからよくお義父さんに怒られてたっけ~。でもね、ある時こんなことをお義父さんに言われたことがあるの。『お前たちはお互いに足りない部分を補い合える夫婦になれる』って。

その時は何言ってんのかと思ったわよ。女同士なのにそんなことできるわけがないじゃない!って。

でも、今にして思えば、それは私たち夫婦に対する励ましの言葉でもあったんだなって思えるのよね〜♡

実際、私たちはそのあとすぐに意気投合したし、すっかりラブラブの新婚生活を送っていたというわけなんだけどね〜♡」


母の話を聞いていたら、なんだか私まで父に会いたくなってきた。

しかし、その肝心の父はこの場にいない。

「ちなみに父様って今はどちらにいらっしゃるんですか?」

「ああ、ベアトは急な仕事で遠くの街に行ってるわ。またしばらく戻らないみたい」

……なるほど、それで今日は会えなかったというわけか。

「寂しいですよね」

私がポツリと言うと、母は苦笑しながら答えてくれた。

「ホントよね。あの人ももう少し家に帰ってくればいいのに……」「では、せめて手紙だけでも書いてみてはいかがでしょう」

「ふふっ、それもそうね」

こうして、久しぶりに母との会話を楽しんだ後、私は自室へと戻った。

(これからどうしよう……)

ベッドの上に寝転がりながら考える。

母からは縁談の話が出たものの、まだ正式に決まったわけではない。

縁談……お見合い……徴婚制……何もかも、初めて考えることばかりだ。

とりあえず、返事をするのは相手の顔を見てからということで母には伝えておいた。

しかし、いざとなった時に自分の気持ちに嘘はつけないかもしれない。

(だとしたら……)

私はある決意をした。


そして翌日、私の行動は早かった。

まずは学園にいるアリアを探し出して昨日の話を切り出したのだ。

すると彼女は一瞬目を丸くした後、真剣な面持ちでこう尋ねてきた。

「それで、ロゼットちゃんはどう思ってるの?」

「私は……できればアリアと結婚したい。女の子同士なんて普通じゃないから、苦労をかけると思うけど、それでも私はアリアが好き」

それを聞いて、今度はアリアが驚く番だった。

「えぇ!?︎ 本気……?」

「うん。もちろん。冗談なんかじゃなくて、本気でそう思ったの。……アリアは、私と結婚するのは嫌かな?やっぱり女の子同士っていうのはダメ……?」

恐る恐る尋ねると、アリアは慌てて首を横に振った。

「違うの!ただ、びっくりしちゃっただけ……。まさか、私と同じことをロゼットも考えてるとは思わなかったから」

「ということはつまり……」

「私もあなたと結婚できたらいいなって思う。それだけあなたのことが好きなの」

そう言い切った彼女の瞳は真っ直ぐこちらに向けられていた。

「アリア!」

思わず彼女を抱きしめる。

「ちょ、ちょっと、ロゼットちゃん!?︎ 嬉しいけど、恥ずかしいよぉ〜」

顔を赤くしながらも、抵抗する様子はない彼女にホッとする。

「ごめんね、嬉しくてつい……」

「もうっ♡ しょうがないなぁ〜♡」

そう言って微笑む彼女を見ると、愛おしさが込み上げてくる。

「じゃあ、改めてよろしくお願いします。えっと、お母様にも報告しなくちゃいけないわよね」

「そうだね。でも、こういうことは直接言った方がいいかも。急だけど、明日にでも会いに行ってみようよ」

「分かったわ」

その後、私たちは手を繋いで屋敷に戻った。


それから数日後、母の元へ二人で挨拶に行くと、母は大層喜んでくれた。

「あらぁ〜、まあまあ! ついにロゼットにも春が来たのねぇ。本当に良かったわ。ロゼットったら昔から恋愛に興味なさそうなんだもの。心配してたのよぉ」

「すみません……実は、お母様がお見合いの話を持ってきた時からずっと迷っていたのですが、やはり結婚するなら心の底から好きになった人が良いと思いまして」

「うふふ、それは当然のことよ。それで、相手はどんな方なのかしら?」

母は興味津々といった様子で聞いてきた。

「はい、それは……」

チラリと隣を見る。

そこには緊張した表情のアリアがいた。

「この子です、お母様」

私がそう言うや否や、アリアはガバッと頭を下げた。

「あ、改めてよろしくお願いします! 私の名前はアリア・シェルヌエと言います。私はロゼットちゃんのことが大好きで、幼い頃からロゼットちゃんのことをとても大切に想ってきました。だから、どうか私たちの結婚を認めてください!!」

「わ、私もです!アリア以外とは結婚しません!」

その言葉を聞いた母は一瞬驚いたような素振りを見せたあと、ゆっくりと口を開いた。

「……分かりました。二人とも、幸せになりなさい」

「ありがとうございます!!︎」

「ありがとうございます、お母様」

こうして、私とアリアは晴れて婚約することになった。


そしてさらに数ヶ月後、二人は結婚式を挙げた。

挙式には両親と、二人の共通の友人たち、それに学園の生徒たちが参列してくれた。

みんなに祝福されながら、私はドレス姿のアリアと手を取り合って教会を後にした。

「いよいよこれから夫婦になるのね……」

「えへへ、なんだか実感湧かないね♡」

私たちはお互いの顔を見合わせて笑った。

「ねえ、ロゼットちゃん……誓いのキス……しない?」

「うん……いいよ」

そっと目を閉じると、唇に柔らかい感触。初めてのキスは、幸せの味がした。

こうして、私は愛する人と結ばれた。この先、何があっても絶対に彼女と一緒に乗り越えていく。私は、そう心に誓った。


「そういえば、ロゼットちゃんのお父さんってどこにいるの?」

「ああ、あの人は今遠くの街で仕事をしているらしいの。しばらくは帰ってこないみたい」

「えーっ!?︎ そんなぁ……。せっかく久しぶりに会えると思ったのにぃ〜」

「またいつか帰ってくると思うから、その時に会いましょう」

「……うん、そうだね♡」

アリアはそう言って私をギュッと抱きしめてくれた。

彼女の温もりを感じながら、私は幸福な気持ちに包まれていた。(これからもずっと一緒にいよう)

そう、密かに願いを込めて。


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