ベスプレーム~日常~ 1
『ドナウ協立銀行、3000人をリストラへ』
大きく見出しのついた新聞が捨てられた道を急ぐ少女がいた。
その名もアンジュー・ペトラ。町のちょっとした有名人である。
「早く帰って晩御飯を作らなきゃ」
父と母はこの不況の時代に公務員と教師というありがたい職に就けているのだが、いかんせん帰りが遅い。兄さん・姉さんも大学、高校。
その代わりに私が弟妹達のために晩御飯をいつも作っている。
中学から家まで自転車並みの速度で走り切ると、玄関ドアを開けると息をつく間もなく台所へ向かう。
「おねーちゃん、お帰りー」
いつも真っ先に出迎えに来てくれるのは妹のジェシカ。
「ただいまー!愛しのジェシカ。いい子にしてた?」
「してたよ!」
ジェシカは身振り手振りで今日あったことを台所で働く私に伝えてくれる。
さて、今日の料理は肉料理なのだけれど。
いつもなら匂いを嗅ぎつけ弟たちが下りてくる、だけどおりてこない。
「ジェシカ、ミクローシュとアルベルトはどこ?」
「あー...」
ジェシカが急に渋い顔をする。何かあったのかしら。
勝手に出て行ってたりしたら困るわ。
「ジェシカ?」
ジェシカが目を合わせない。
絶対何かあったわね。大方ジェシカは口止めでもされてて、はぐらかすつもりだわ。
「公園にでも行ったんじゃないかな?...私は宿題してくるね。」
やっぱり。
「ジェシカ。口止め料なら気にしないで、教えて頂戴。」
「...」
「ジェシカ!」
「私、やめなよって言ったからね。...あの二人モールに行くっていっちゃったのよ。私知らないわよ!」
よりによってモールだなんて… 今のご時世何があるかわからないのに。弟二人の行動に頭が痛いわ…
「わかってるわよ、ジェシカ。私モール行ってくるから晩御飯我慢できる?」
「はぁ...できるわ」
「オッケー。じゃ、ちょっと行ってくるわね。」
まったく、モールってったら結構離れてるじゃないの。
ほんと何してるのかしら、まったく。
あの二人に何かあったらきっと母さんは倒れちゃうわ。
早く探しに行かないと。
あーもう、めんどくさい。
中学までの定期でモールまで行けるわね。
電車は…もう出ちゃうじゃない!
「運転手さん、ちょっとまって!」
運良く聞こえてよかったわ。この時間帯は路面電車もあまりないからね。
それにしても目に入る路地は失業者だらけね。
この国は大丈夫なのかしら…。
この車両だって戦前のものだと言うし。
西ドイツもイタリアもフランスも、奇跡といわれるほどの経済成長だというのに、これじゃあ戦中と変わらないじゃないの。
路面電車はモールへと向かう。
「モール前、モール前です。」
ついたわね。意外と中心部にあるから遠いのよね。運賃いくらくらいかしら。
130コロナですって、高すぎるわ!
とはいっても乗り逃げするわけにもいかないし… はぁ。
このツケは必ずあのアホ弟二人に払わせなければ…。
入り口は…向こうね。
モールは広いから探せるかしら。