ワガママ
新宿アルタ前。二十時集合。二千十七年冬。
ぼく福田健太二十二歳は、ゲイのマッチングアプリで知り合い、付き合って三ヶ月の彼氏、鈴木拓也を待っている。華の金曜日。街は人で賑わっている。アルタ前には、スマホをいじりながら彼氏や彼女を待つ人がたくさんいて、次々と合流しては和気藹々と消えていく。ぼくはズボンのポケットに手をつっこみ、身震いする。まだかな?約束の時間まで、あと五分。彼氏の職場から近くのここアルタ前で、ぼくは小一時間くらい待っている。ぼくの仕事は十八時に終わり、新宿駅までは電車で十五分。駅の中をプラプラ歩いて、カフェでお茶をしても時間は有り余った。それでも、拓也と会えると思うと全然苦では無い。むしろ待ち時間でさえ幸せを感じるほどだ。この日の為に、おニューのアンドリュークリスチャンの下着も着けてきたし、準備は万端。
「寒そうだね、待った?」
声のする方を向くと、そこにはスーツ姿の鈴木拓也三十一歳。ジムには週に三回通ってて、体格もガッチリ。ラウンド髭に、短めのソフトモヒカン。ザ王道ゲイ受けって感じのバチくそドタイプ。こんなイケメンと付き合えるなんて、神様ありがとうって言いたい。
「超寒い。もっと厚着しとけばよかったかも。でも、待ってる間も楽しかったっ」
「え?何で?」はにかむイケメン。
「え?だって、拓也に会えるって考えてたら、待ち時間なんて一瞬だった」
「そんなに?はは。ありがと。じゃあ、さっそくだけど、行こっか?お店も予約してあるし」
「うん!」
今日は、拓也が予約してくれたオーガニック料理が特徴の個室居酒屋に行くことになっていた。素材の味を活かしててお酒も進むよって、拓也がオススメしてくれたから、絶対美味しいに決まってる。食べる前から決定事項。
二人並んで歩く。時々すれ違うお仲間達。すっごいホゲてるから丸分かり。あ、ホゲてるっていうのは、オネェっぽい喋り方とか動きのことね。アタシも油断しちゃうと、頭の中です〜ぐホゲ散らかしちゃう。あらやだ!アタシって。降臨〜。
でも、拓也の前では絶対ホゲないって決めてるの。彼氏がオネェって嫌がるゲイも多いし、拓也は絶対それ。直接聞いた事はないけど、雰囲気で分かるよね。拓也は自分がゲイだって、周りにはカミングアウトしてないって言ってた。ぼくはカミングアウトしまくってて、ゲイ友からは「アンタは歩くカミングアウトよぉ〜」って言われるくらいゲイゲイしいみたい。歩く時にお尻を揺らしてるんだって。どんな歩き方よ。
ぼくは、出来れば彼氏とどこでもイチャイチャしてたいし、手だって繋ぎたい。しかもここは新宿なんだから、お仲間達が多いし手を繋いでいても白い目で見られる事も少ないと思うの。よし。行っちゃえ。軽いノリで拓也の手に触れる。あわよくば、そのまま手を繋いで新宿をラブラブ歩きたい。たまたまぶつかった風を装ったつもりだったのに、すっごく怪訝そうな顔をして瞬時に手を引いた。こっちが驚いちゃったよ。何それ。傷付いた。本当に、たまたま手がぶつかっただけだったら超失礼じゃない?せっかくの楽しいデートが気分台無し。
「ごめん」
少しバツが悪そうにしてるけど、感情なんて全然こもってない“ごめん”。そんでもって立ち止まらずに歩き続ける拓也。本当にごめんって思ってる?思ってるんだったら、普通立ち止まるよね?悲しみ悔しみ恨み辛み拓也の三歩後ろを歩くぼく。お店の前に到着して、ようやくぼくが少し後ろを歩いてる事に気付いた拓也。酷いよね。あれから一度もこっちを振り向かないんだから。気分は超ダークサイド。不貞腐れた顔を作って拓也に見せつけてやるけど、気分は晴れない。ポリポリ頭を掻く拓也。はぅ!困った顔もイケメン…違う!アタシ、ムカついてるんだったわ。無言でお店に入り、やたら声のデカいテンション高めのぽっちゃり系太陽系女性店員に案内され、個室に入る。スーツのジャケットを脱ぐ拓也。ワイシャツがパツパツになる程、隆起する筋肉。や〜ん素敵…って!もうアタシってほんとバカ。チョロいんだから。ブンブン頭を横に振るアタシを見て拓也は優しく笑う。…そんな顔…犯罪です。やっぱりアタシ、拓也が大好き!
「ごめんね、嫌な態度取って…」
頭で考えるより先に口が動いていた。
「ううん。俺も健太を傷付けたから、ごめん。でも、俺前にも言ったと思うけどカムアしてないし、人前でイチャイチャするのは好きじゃない。きっと健太は俺と真逆の考え方だから、これからも寂しい思いをさせる事になると思う。でも、健太の人懐っこくてキラキラした瞳が大好きだから」
そう言ってぼくの額にキスをした。キュン死にさせるのどんだけ上手なの?!拓也は照れ臭そうにポリっと頭を掻いた。
「これからも、よろしくな?」
手を繋ぎたいなんて、きっとまた考えるだろうけど、拓也とだったら我慢できる気がしてるナウ。