あとがき
「主催者のDan」さんから電話がかかってきたのは、原稿を送った数日後のことだった。それは、僕を恐怖のどん底に叩き落すには、十分すぎるやり取りであった。
「能登さん。原稿、やってくれましたね」
「なんのことです?」
「ほら、タイトルですよ。頭文字をとったら。最後に『ん』で終わるんですね」
電話が終えた時は、まだなんのことか分かっていなかった。しかし嫌な予感がして、急いで送ったデータを見返した。順番に読み、僕は戦慄した。これも、何かの導きなのか?
「トイレの玲子」
「コンビニのある場所」
「夜ごと自販機に憑くもの」
「伸びた首」
「彼岸の門」
先日送った話のサブタイトルだ。ここから、頭文字と、末尾の文字を抜き出す。この際だから、あのホームレスにならって、濁点も取ってしまおう。
「と こ」
「こ よ」
「よ の」
「の ひ」
「ひ ん」
しりとりになっていたのだ。最後には「ん」で終わる。主催者のDanさんはそういう意味で言ったのだろう。しかし僕には全く身に覚えがなかったのだ。意図してやったことではなかった。
一つの小説にまとめるにあたり、なにか題名的なものがあればいいと思った。ワザワイ、キタルは母が語った「僕の書いた小説」からそのままとった。しかし、サブタイトルはオリジナルだ。母の語りではサブタイトルらしきものは出てこなかった。トイレの話、コンビニの話、といった指示語めいたものだけだ。特に考えず、内容に即したものをつけたつもりだった。
しかし、どうだ。考えてみれば不自然なものもある。玲子は、作中ではずっと「さん」付けなのに、呼び捨てにしている。他のも、もっといいものが浮かびそうなものだ。
しりとりになっていた。偶然の一致か? そして、最後は「ん」で終わる。これでお終い。主催者のDanさんはそう考えたようだった。しかし……待てよ。僕は結論を出すのを先延ばしにした。最後のタイトル。あれは「門」を「もん」と読めば確かにしりとり終了だ。それで綺麗に収まる。しかし僕は、どうだったか。よく思い出せない。僕は、なんと読ませるつもりで、「彼岸の門」というサブタイトルをつけたのだっけ……。
「門」は違う読み方もできる。そう、「かど」とも読める……。であれば、なんということだ。終わらない。終わりなどないのだ。
僕までも、知らぬうちに、循環の中へ引き込まれているのか? その可能性はある。僕も、元からこの話の登場人物だったのだから。それこそ、生まれる前から。
とこよの……。
常世の。
僕はもう、すでに。
どうしようもない残酷な可能性に気付いた瞬間、僕は悲鳴を上げていた。
「おぎゃあ」
しかし耳に入ってきたのは、叫び声ではなく、赤ん坊の産声だった。それは、僕の口から迸ったもので。
無限に繰り返されてきた生が、再びその第一声を上げたのだ。
『サイクル』 環