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災、来る~ワザワイ、キタル~  作者: 能登仁彦
3/7

コンビニのある場所

 

 俺は最近、バイトを始めた。知り合いの伝手で紹介してもらった。というのも、前の職場を辞めて以来、日がな家でゴロゴロする毎日。母ちゃんの視線が、とてつもなく居心地が悪かったんだ。


「コンビニでバイトしようと思う」

「え、あんた、なんでまた……まあ、いいけどさ」


 そう言いつつも、母ちゃんは少し嬉しそうだった。

 バイトは、そこまできつくはない。他のコンビニに比べたら、かなりホワイトな職場だろう。地理的条件から、どうあがいても早めに閉まるから、深夜シフトはない。ただ空けている間はひっきりなしに人は来るから、最初のうちはへとへとだった。

 だから、職場の人たちには救われた。店長もいい人だったし、よく来てくれるJさんにはお世話になった。彼はまだ20代くらいで、いつも制服をぴしっと着こなし、勤務の合間にこのコンビニに立ち寄るのだ。

 慣れてくると、段々と色々なことに気付けるようになっていく。たばこの銘柄を覚えるのもだけど――俺は今までたばこを吸うことがなかった――、商品の状態や、同じシフトの人間の動き。ゴミ箱のたまり具合や、客が増える時間帯。そういうのが分かってくると、無駄な動きが減って、疲れなくなる。

 で、気付かなくて良かったようなことにも、気付いてしまえるようになった。それが(わざわい)の始まりだった。


(あの客……変だな)


 今思えば、間抜けな感想だった。あれを見て「変」とは。「あんたは妙なところで神経が太いからねえ」という母ちゃんの言葉も、間違ってはいない。

 万引きとか、そういうのじゃなかった。そういう次元じゃなかった。その客は、上半身がなかったからだ。下半身だけで、ちょうどATMの機械の前に立っていた。そして、しばらくして消えた。

 明らかに人間じゃなかった。寒気がしたよ。だけど、何度か見かけるようになって、実害があるわけではないらしいと気付いた。

 最初は止まった両足が映り、しばらくして足が動きだす。歩き出すのだ。しかし店内を移動したりはしない。足元だけをカメラで撮影しているかのように、その場で留まっている。そして、ふっと消える。

 俺は悩んだ末、無視することにした。他に気付いている人もいないようだったし、実際、気にしている余裕もなかった。すぐにお客さんは入ってくるからだ。

 世間話ついでに、Jさんにも相談したことがある。たいして驚かれなかった。そういうことはよく起きるらしい。Jさん自身は感じないそうだが、たまに嫌な気分になることもあるらしい。職業柄、気にする暇などないと笑っていたけど。

 歩く人。もしかしたら、ここはそういう場所なのかもしれない。霊道というのか。霊たちがここへやって来る。そして、通り過ぎていく。

 お客さんと同じじゃないか。そう思ったら、たいして怖くなくなった。案外、俺にも向いている職場なのかもしれない。

 慣れてくると、色々なことに気が付く。それは仕事だけでなく、幽霊の足についても同じ事だった。俺は法則性を見つけたんだ。

 ある日の「映像」は、やけに高いハイヒールを履いた女の足だった。妙に艶めかしかったので、他に客がいなかったこともあり、思わずじっと見てしまった。最初は止まっている。すぐに歩き出す。しばらくして、ふっと消える。


「いらっしゃいませー」


 人が入ってくる気配がして、俺は無意識に声を上げていた。まるで反射、もう身体に染みついたことだ。俺は意識を仕事に切り替えた。

 しかし、俺は入ってきた客を見て、あっと声を上げそうになった。いい女だったからではない。いや、いい女だったんだけど、それは理由じゃない。正確には、脚をみて。

 ハイヒールをコツコツと鳴らしていたのだ。それはさっきの足に違いなかった。

 もしかしてと思うようになった。あれは幽霊じゃない。次に来る客を見せているのではないか。客が多くて気付かなかったが、あの「映像」の後には必ず誰か入ってきていた。それから注意して見るようになって、すぐに確信した。

 Jさんがいる時に言い当ててみせたことがある。自動ドアが開いて、その通りの人物が入ってくるのだ。さぞ驚くだろうと思ったが、Jさんは動じなかった。

 少し不満で、それが伝わってしまったのか、


「よくあることですから」


 と、なぜか諦めたような、同情したような顔で言われた。そんなだから俺もすぐに飽きて、足の映像も日常の光景になってしまった。

 しかしその日は、お、と思った。白い靴下に加え、膝を覆い隠すほど長いスカートも映っている。見覚えがあった。いつも来てくれる、お嬢様学校の子だった。今時珍しい、礼儀の正しい真面目そうな子だ。そういえば最近見かけなかったが、また来てくれるのか。

 などと考えていると、俺は様子がおかしいことに気付いた。いつもは止まってピクリともしない足が、動いていたのだ。歩く動きではない。もじもじと、かかとを上げたり、足を交差させたりしている。細かく震えているようにも見えた。

 何かあったのか? その時、スカートが大きく乱れた。俺はぞくりと寒気を感じた。

 しばらくして、足は走り出した。それは逃げているような、乱れた足取りだった。ただならぬ様子に俺の視線は縫い付けられたようになった。そして、足は転んだのだ! 暴れている。しかし依然として膝から上は映っていない。

 襲われている? あの子が。俺は血の気が引く思いがした。瞬間、俺はレジを飛び出していた。


「どうしたんですか!?」


 ちょうど外にいたJさんに、俺は心の中でわびた。考えてみれば、この辺りも人は多いのだから、俺が行く必要はなかったかもしれない。普段ならそう考えただろう。だが、俺は走っていた。最悪の予感が頭をよぎったから。

 予想は的中した。古い自販機だけがポツンとある、人影のない場所で、あの子が追い詰められていた。顔が恐怖に歪んでいる。その瞳が見つめるのは、すぐ目の前にいる、大学生くらいの金髪の男だろう。

 俺は背後からそいつに掴みかかった。というか、ほとんどタックルするように押し倒した。男は訳の分からない声を上げて倒れた。俺は女の子の方を向き、必死に叫んだ。


「今のうちに逃げて!」


 彼女は、俺がいつもの店員だと気付いたらしい。恐怖に歪んでいた顔が、和らいだ。


「ありがとうございます」


 女の子は微笑むと、すっと消えた。いつも見る「映像」のように。

 それで、ようやく気付いたのだった。そういえば俺は、足を見た客のレジ打ちをしたことも、店を出るところを見たこともない。あのハイヒールの女にしても……。当然か。

 霊道。彼ら彼女らは、あの場所を通り過ぎていくだけだったのだ。

 俺はそっと手を合わせた。あの少女は、無事に成仏出来たのだろうか。襲われた恐怖は、少しでも和らいだのだろうか。

 ふと、口から言葉がこぼれ出た。


「そうだとしたら……いいな」

「こんの、くそはげ!」


 金髪男の拳が俺を襲った。当然だろう。コーヒーか何かを買おうとしていた所を、いきなり殴り掛かられたとしたら、そりゃ怒る。

 俺は店を解雇になった。また家でダラダラと過ごす毎日だ。あのコンビニに近寄りづらいこともあり、さらに生活圏は狭くなってしまった。

 辞める前に、Jさんに聞いてみた。俺が次に来る客を当てて見せた時、もしかしたら、彼には。


「客の姿なんて見えてなかったんじゃないかい」

「そうですね。でも、よくあることですから」


 彼は今もそこで働いているのだろうか。




 ▭■▭■▭■▭■▭■▭■▭■▭


 少し不思議な話だった。気付いてしまうことは不幸なことなのか。Jさんのように気付かない人、もしくは気付かないフリをする人が長く続けていける。教訓を含んでいるような気もした。

 一話目もそうだったが、バッドエンドは収録していないようだ。きっとそうだ。仁彦とよひこは優しい人だから。嬉しくなる一方で、私は寒気を感じてもいた。性的暴行のシーンがあったからだ。ついさっきまでのことが、嫌でも思い出される。お医者さんの毛深い手が、スカートをたくし上げ、股ぐらを。私のような三十路にさしかかった女の、どこがいいんだろう。いや、女であれば誰もでもいいのだ。私は都合の良い、性欲のはけ口でしかない。道具以下だ。

 ……また、この症状だ。いけない。楽しいことを考えよう。

 仁彦との邂逅と、今の病院に通い始めたのは、ほぼ同時期だった。仁彦は必ず私に付いてきてくれた。それでも、お医者さんは無表情のまま、私の……嫌だ。すぐに戻ってしまう。思い出したくない。しかし、嫌でも下腹部の感覚が主張する。まだ火照ったようになって残っている。

 お医者さんは、仁彦の写真を私の前に掲げた。目を閉じた、横顔。好きな顔。それを見せつけながら、私をあられもない姿にして……。仁彦が隔たれた空間にいて、口を出せないことをいいことに。

 いい加減にしろ。駄目だ。こんなことを考える私はおかしいのだ。お医者さんは私のためを思って、私の身体を診てくれているのだ。あれは必要なことなのだ。こんなことを考える私の方がおかしいのだ……。

 私は軽く頭を振って、ページをめくった。






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