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災、来る~ワザワイ、キタル~  作者: 能登仁彦
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まえがき

 

 みなさんご無沙汰しております。能登仁彦です。「neo耳袋」を手に取ってくださった方、ありがとうございます。また、主催者のDanさん。前回寄稿させていただいてから、かなり時間が空いてしまったにも関わらず、もう一度僕に声をかけてくれて、本当にありがとうございます。

 とりあえず近況を話しておきますね。ちょっと前に病院に行く機会があって、ついでに身体を医者に診てもらったら、腰に爆弾抱えてることが分かりまして(笑) 放っておくと将来は介護が必要になるかも、なんて脅されたんですけどね……仕事が忙しくてあまり病院に行く気にはなれません。おっといけない。「不健康自慢をする中年にはなりたくねえなあ」って言ってたのに、このザマです。

 ……うーん、どうしよう。書くことって見つかりませんね。紙面が余っちゃったからって、後になってから「まえがきを書いてくれ」なんて言うのはやっぱりひどい――うそうそ、本当に感謝していますよ。ほんと。僕の方でも書きたいことがあったから、ちょうどよかった。

 失礼。こんな身内話を披露されても読者の方は面白くありませんよね。この調子だとノルマは達成できそうだから、そろそろ本題に入りたいと思います。

 前回同様、本作でも連作ホラーの形をとらせてもらいました。5つの話はどれも、僕が実際に取材して聞いたものです。なるべく怪談を提供してくれた本人の口調を再現するようにしました。実は会議の議事録なんかは作ったことがないので、スマホの音声メモから文字に起こすのは新鮮な体験だったりします。どうでもいいか。

 それでは、不思議な5つの体験、どうぞお楽しみください。


 能登仁彦





 ▭■▭■▭■▭■▭■▭■▭■▭


『能登仁彦とよひこ


 まえがきでその文字列を認め、私は思わず吐息を漏らした。信じられない。仁彦。とよひこ。本当に、あなたが書いたのね……。

 電車が揺れて、私の足下はおぼつかなくなった。つり革を握る手に力がこもる。ちょっと危なかった。

 気持ちを落ち着かせるため、私は文芸フリマで購入したホラー同人雑誌からいったん目を離し、車窓を流れる景色に目を向けた。地平に見える山々。盆地を覆うのは緑の田園。低い屋根の民家。見慣れた、のどかな田舎の景色。ちょうど電車は林に差し掛かり、それらの風景は隠される。代わりに、光度が急に下がって、窓ガラスに車内が反射した。満員ではないが、座席はすべて埋まり、吊革につかまる人もちらほらと見られる。その中の一人は、醜く、ひどく太った身体を揺らしていた。私だ。


 デブ。邪魔だなあ


 目の前に座っていた茶髪の若い男の子が、舌打ち混じりに悪態をついた。はっとして目を向けるが、青年はどこ吹く風だ。私は何も言えるはずもなく、身を縮こませる。汗が噴き出してきた。そうだ。誰もこんな汗臭いおばさんに、席など譲らないだろう。

 また。

 またこの症状だ。

 私は病気だ。自分が心を病んでいるという自覚はある。現実の人はこんなことは言わない。妄想なのだ。被害妄想なのだ。私は自分の姿にコンプレックスを抱いていて、それがありもしない周りの人々の声として、現れ、私を責めさいなむのだ。

 額から噴き出す汗。吊革を掴む手は、ぶよぶよで、手首には溝ができている。脂肪のついた二の腕。大きく突き出た腹。ああ、なんて醜いんだ。

 いけない。私は頭を振り、冊子に意識を集中させた。ちゃんと彼の作品を読まなければ。『災、来る〜ワザワイ、キタル〜』それが彼の書いた小説の題名だった。執筆者に「能登仁彦」という文字列を認め、私は頬が緩むのを感じた。とよひこ。のと、とよひこ。


「とよひこ……」


 私の口から漏れた微かな囁きに、離れたところで立つサラリーマンが舌打ちをしたのが分かった。これも妄想だろう。しかし今度は気分が落ち込むことはなかった。それどころではなく、私は奇妙な感覚に囚われていた。

 まえがきに添えられていた執筆者紹介のモノクロ写真では、彼がその愛らしい横顔を見せていた。少しはにかんだ様にも見えるその横顔が、私は大好きなのだ。

 ワザワイ、キタル――わざわいが、やって来る。そういうことだろうか。災。なにか、途方もない様な嫌な予感がして、頭の片側が痛んだ。

 だけど、私は同人誌に目を落とした。彼が書いたものなら、絶対に読まなければなならなかった。最愛の人の、努力の結晶なのだから。






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