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8、デルとの遭遇

≪微グロ注意≫

 その日の午後授業は、三限目と四限目の二時限を使った、郊外実習だった。

 郊外といっても、徒歩十分もかからない場所にある野原で、薬作りに使う薬草を調達するのだ。


 属性魔力は基本、体力に直結しているという。

 ゆえに、滋養強壮の薬作りは、体力作りと同じくらい大事なのだそうだ。魔法薬、と言わない辺り、かなり現実的な薬が出来るのだろう。


 野原で、ぶちぶちと薬草を摘みながら、フローリリアをみた。

 フローリリアは、足元の草をジィっと見て、薬草を探している。


「引率の先生、多いね」

「ええ、学校の外は危険ですもの」


 バハムートも、デルが集まってきているという話をしていたけれど。

 教師が一定間隔に立ち、生徒を見守る姿は随分と物々しい。


 校外学習は必須講義らしく、デルが出現したからといって、保留や免除になることはないという。

 命がけの授業だが、それを承知の上で、行われる。


 私は知らなかったけれど、属性学校の卒業までには、いくつも命がけの授業があるらしい。

 校外学習もそのなかの一つだ。

 

 今日みたいに、教師が引率として多めに配置されているけれど、彼らも戦いのスペシャリストではない。

 もし、デルが現れたら、運がなかったとして諦めるしかないという。


 シビアな学校だよ。

 自分の命は自分で守ってね、って理屈が、入学したときから適応されてるんだから。


「長期休みに帰宅するとき、どうやって帰るの? 危険じゃない?」

「勿論危険ですわ。以前は、生徒の被害も少なからずあったとか。ベリル先生が赴任されてからは、被害がなくなったそうです」


 フローリリアが、「これかしら」と薬草をぷちっと千切った。

 私も、ぷちぷちぷちと薬草を取りながら、話を続ける。


「それって、ベリル先生が近辺のデルを退治してるってこと?」

「その通りですわ。ベリル先生が善意で近隣のデルを退治してくださってるそうです。お父様は、正式に雇用契約書に討伐要請も盛り込みたかったそうですけれど、ご本人から拒否されたそうです」

「どうして?」

「もし、狩り残しのデルがいたり、生徒が帰路につくころにひょっこり現れたデルに生徒が被害にあった場合、責任を負いかねるからです。結局、ベリル先生が、善意で無理のない範囲で退治して下さる、というところに落ち着いたそうです」


 それはそうだろう。

 この無駄に広い学園の周辺を、一人で確認し続けるなど不可能だ。


 そういえばちょっと前に、不機嫌な顔でどこかに出かけてたっけ。

 確か適正テストを書いた日だ。

 二十分で戻ると行って、三十分以上かかってたな。


 もしかして、あれもデル討伐に向かっていたのかもしれない。

 こうして私たちが守られているときも、ヘルハンターは常に死と向かい合わせなんだ。


 やっぱり、私には不向きな職業だよ。

 考えただけで、ぞっとする。


 薬草を取り終えた生徒たちは、手持ちのカゴに指定された薬草を乗っけて、ホクホクと満足げだ。

 やはりいくら危険だと言われても、外での授業は嬉しいものである。


 慣れていないのか、彼らが摘んだ薬草のほとんどが雑草なのは、教えないであげよう。

 久しぶりに、田舎育ちでよかったって思えたよ。

 薬草は、生活費を稼ぐのに、ちまちま採って売ってたからね。

 実はそれなりに詳しいんだ。



 それは、突然だった。

 男子生徒の悲鳴が、後ろの方から上がった。

 さらに女生徒が叫び、それに付随するように各々から悲鳴がもれる。


「なに⁉」

「うわっ、デルだ‼」


 デルだ、と叫んだのは、すぐ近くを歩いていたトラビスだ。

 真っ青な顔をして、後方を見ている。

 視線を追うように振り返るけれど、引率の先生が壁になって、後方がどうなっているのか見えない。


 ただ、そこここで上がる悲鳴や、恐怖におびえる生徒の顔は、嫌でも見える。


「落ち着きなさい、列を組んで!」


 担任のサリーが指示を出す。

 校外学習へ行く前に教え込まれたように、私はフローリリアの腕を掴んで、移動用の列を組む。


 けれど、同じように列になった生徒は、ほんの数名だけだった。

 恐怖に慄いた生徒に、サリーの声は聞こえていないらしい。


 一人の生徒が、うわああと叫びながら学校へ駆けだしたのをきっかけに、それぞれが逃げ始める。

 トラビスとアルフレッドも例外ではない。


 まずいんじゃないの?

 こういうときこそ、慌てずに――。


 サリーの舌打ちが聞こえた。

 教師のなかの二人が、学校向かって駆け出した生徒を守るように走り出す。


 残った教師は、サリーを含めて私たちを守る側に四人残り、残りは後方へ駆けていく。


 どうやら、生徒が半狂乱になって逃げだすのも想定内らしい。

 さすが、教師だ。


「ひっ」


 フローリリアが、小さく悲鳴をあげた。

 真っ青な顔で、小さく唇を震わせながら、後方を見ている。


 私は、私たちを守るようにして立つ教師の向こう側を、覗き込んだ。


 ぬこだ。

 ぬこがいた。


 存在自体がデフォルメされたような生き物だが、生々しく鋭利な牙は肉食動物のそれだ。

 感情のないガラス玉のような目で、男子生徒の肩にかじりついている。


 牙を深々と突き刺し、生肉を切り裂き骨を砕く音をさせながら、獲物を噛み切ろうと動いていた。

 男子生徒は悲鳴をあげるのも止めて、必死でもがいている。


 男子生徒とぬこを遠巻きに囲むように、教師たちが魔具だろう武器を向けていた。

 教師たちの顔色も青い。

 ぬこはそんな教師らには目を向けず、男子生徒だけを見ていた。


 次の瞬間、ぬこが、ぶんぶんと首を振った。

 左右に振られた男子生徒は、遠心力でそのまま――。


 鶏肉の解体を彷彿とさせる場面だった。


 腕を失った男子生徒は、ぼたぼたと血を滴らせながらも、必死に這って逃げようとしている。

 ぬこは腕を食べ終えると、こぼれた血を蜂蜜のように舐めながら男子生徒へたどり着き、逃げられないように前足で背中を押さえ、ぶちぶちと音をたてて食べ始めた。


 私は、その光景をただ見ていた。

 非現実的すぎる場面過ぎて、逆に冷静になれる自分がいる。


 元闇属性の人間だから、デルは哀れな生き物?


 そんなふうに考えていた自分を嗤う。


 目の前にいるのは、無機質な目をした殺戮動物だ。

 腕を失っても意識ある限り生きようともがく男子生徒を、軽々とデルは捕食する。


 あれは、人に害を与える生き物だ。

 野放しにされた肉食動物が目の前にいる恐怖に、私は震える拳を握り締める。


 私の知っている恐怖は、じわじわと身を蝕む病気や、悪意に満ちた他者の目だった。

 こんな、命が一瞬で消えるかもしれない恐怖は、知らない。


 デルは、敵なんだ。


 バッ、と。

 デルが顔をあげた。


 まだ獲物が手元にあるにも関わらず、真っ直ぐに私を見つめてくる。

 口の周りに血をべっとりとつけ、狂気に満ちた瞳を爛々と輝かせていた。


 私もデルの瞳を睨み返す。

 身体中の光属性をもつ魔力が、熱をもち、放出を願ってくすぶっているのがわかる。


 感情に魔力が重なる奇妙な感覚のまま、さらに強く、デルを睨んだ。


 お前は、敵だ!


 その瞬間、デルの前足が金色の光に包まれた。

 光は指先から身体の中心へ移動を始め、光が去った場所には黒い鱗がびっしりと栄えた異形の姿が現れる。


 ギャウ!

 デルが悲鳴を上げて、後ろへ飛んで金色の光から逃れた。


 そのまま、鱗だらけの前足をかばいながら、茂みの中へ飛び込んだ。


 デルが、離れていくのがわかる。

 さっきまで何も感じなかったはずの、デルの存在を感じることが出来た。


 私は、がくっと膝をついた。


「エリアナ⁉ デルは」

「逃げたみたい」


 フローリリアの言葉に返事を返すと、フローリリアもしゃがみ込んで、私の背中にそっと手を当ててくれた。


 周囲がそれぞれ、動き始める。


 私は、ほとんど放心状態になっていた。

 心臓がばくばくとうるさい。

 身体中の血が、自分自身を攻撃しているみたいに、じくじくと染みる。


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、今頃、身体が震えてきた。

 フローリリアが添えてくれた手が、温かい。


「……なんで」


 低い、女生徒の声に、重い顔をあげた。

 標的にされた男子生徒の近くを歩いていた、女生徒だ。


 その女生徒の目は、真っ直ぐに私に向いていた。

 

 この目は、知っている。

 私を憎む人の目だ。


「なんで、もっと早くやらないの。あんた、光属性もってるんでしょ? 追い払ったのもあんたなんでしょ?」


 女生徒を止めようと、近くの教師が動くけれど、それよりも早く。


「あんたが遅いから、ベッシュが殺されたのよ!」


 女生徒はそう怒鳴ると、両目からぽろぽろと涙を流して泣き崩れた。


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