6、個人授業、初の実技
一週間が過ぎた頃。
放課後、いつも通りバハムートの部屋(中央塔四階の物置き部屋)にいくと、机の上に、アメーバーの絵が置いてあった。
まだバハムートは来ていないようで、なんとなくアメーバーの絵を見て過ごす。
三枚並んだ絵は、どれも似たり寄ったりのアメーバーだ。
ラクガキかな?
そんなことを考えていると、バハムートがやってきた。
目が合うとにっこりと微笑むバハムートだけれど、笑顔がぴりっと張りつめている。
「何かあったんですか?」
何気なく聞いたのだが、バハムートは私が予想していた以上に驚いてみせた。
「どうしてわかるんです?」
「それだけ不機嫌さばら撒いてたら、わかりますよ」
「……そうですか」
「あのっ、これ、なんですか?」
顎に手を当て始めたバハムートに、慌てて声をかける。
危ない危ない。
最近気づいたのだが、バハムートは顎に手を当てるとそのまま目を閉じて、考え事をする。すぐに結論が出るときはいいけれど、暫く思考の海に沈んだまま浮上してこないときがあるのだ。
二日ほど前、何度呼びかけても返事がなくて困った覚えがある。
「ああ、今日はこれをやろうと思います」
「これ、ですか」
アメーバーを?
「これまでは、説明ばかりでしたからね。そろそろ実技を交えていこうと思います」
「……はい」
実技が、アメーバー?
こて、と首を傾げてしまう。
「これまで説明した通り、光属性に必要とされるのは器用さです。体の中にある光の魔力を意識で掴み取り、それを自由自在に形を変えてみてください。といっても難しいので、やりやすいように、この紙を用意しました」
「この紙に書いてあるモノを、想像してつくるんですか?」
「まさか。まだ形を保つほどは出来ませんよ。そうですね、今日は光の魔力を意識できるようになって頂きたいです」
そう言うと、バハムートは手前の紙を示した。
「このポーズでやると、意識調整がうまくできるとされています」
「へ?」
ポーズ?
「こちらのポーズでは、意識融合がやりすいそうです。操るときにこの姿勢になる者も多いのですよ」
「あ、あの、先生」
「なんでしょう?」
あ、つい声をかけちゃった。
どうしよう。
「ちょっとわかりにくいので、やってみて貰っていいですか? ポーズ」
「ああ、そうですね」
まずは、こちらですと言いながら、バハムートは腹の前で両手を組んだ。胡坐のない座禅のような姿で、深呼吸をする。
アメーバーと全然違う!
バハムートは両手を曲げてるのに、アメーバーはヒトデみたいな形してるんだけど!
「このまま、体内にある光属性の気配を探るんです。うまく片鱗を見つけることができたら、そっとピーモを引っ張るようにイメージしてください」
「ピーモってなんですか?」
「街にいる寄生毒虫です。地下水道の奥に巣をつくることが多いんですよ」
「……すみません、私田舎から出てきたんで、身近なものに例えて頂けるとありがたいんですけど」
どうして、地下水道の奥に巣をつくる寄生毒虫を例えにあげたの?
ポピュラーなの? その虫。
はっ、としたバハムートは、少し考えたあと、土蜘蛛の巣を引っこ抜くときのように、というまた微妙な例えを出してきた。
ちょっとでも強く引っ張ったら切れそうな綿で出来た紐、みたいな感じだろうと勝手にイメージを固める。
次に、バハムートは二枚目の紙を示した。
サボテンのようなアメーバーだ。
ん。
待って、これが人だとしたら、手が三本になるんだけど。
バハムートは、直立して立つと、手のひらを上にして両手を前に伸ばした。
「この姿勢が、意識融合に適していると言われています」
これはもはや、バハムートの絵心がどうとかではなくて、田舎出身である私の常識と、この世界の基本常識に大きなずれがあるのかもしれない。
だって、サボテン型のアメーバーだよ?
両手を顔の横に持ち上げるのかと思うじゃん。
「このまま、先ほど確認した光属性の気配を、混ぜ合わせるんです。粘土のように混ぜて、混ぜて、柔らかくしてください。最初は難しいですが、慣れてくると一瞬で出来るんですよ」
バハムートは、最後の紙を示した。
もはやアメーバー絵は当てにならないことを、私は知っている。
このアメーバー、横に長いもん。
しかも手足が合計七本あって、ぐねぐね伸びてるんだもん。
バハムートは、直立で立ったまま、腹部の前で手を合わせた。
一度目のポーズとよく似ているけれど、手の向きが微妙に違う。
「こねた粘土を、頭の中で使いたいカタチに作り上げていきます。ここで問われるのが器用さです。光属性は、対闇属性として期待されていますので、武器になるカタチが好ましいかもしれません」
「武器のカタチをイメージして、どうなるんですか?」
「僅かな間だけでしたら、具現化できるのでちょっとしたことに便利です。戦いのときは、この咄嗟の判断で生死が分れたりもしますから」
生死が分かれるとか怖いことを聞いたけど、それよりも。
「具現化、って、魔法ですよね⁉」
期待に瞳をキラキラさせると、バハムートは苦笑した。
「そうかもしれません。……うーん、実演してみましょうか」
教室を見回したバハムートは、私が座っていた一斗缶を机に置いた。
そして、「今、ナイフをイメージしています」と言ったあと、指を二本突き出して一斗缶の蓋部分に突き立てた。
指が一斗缶に当たる瞬間、ぶわっと黄金の光が指の周りを覆い、ナイフの形状を保つ。
そのナイフが一斗缶の蓋を突き破り、バハムートが指を滑らすと、その通りに蓋に切れ目が入った。
僅かその間、一秒ほど。
バハムートが手を引いたときには、黄金の光はなくなっていた。
「ふ、ふおおおおっ、これは凄いですね!」
「あはは。気に入りましたか? 練習すれば、もっと長い間保っていられるようになったり、飛び道具のように身体から離すこともできます」
これは魔法だ‼
誰がなんと言おうと、私はたった今、光属性を魔法認定しよう‼
「この三つを、出来れば今日中に覚えて貰いたいのですが、可能なところまでで構いません。姿勢の紙を置いておくので、練習していてくださいね。あとで確認にきますから」
「先生、どこかへ行くんですか?」
これまで、時間外授業でバハムートが席を外したことはなかったのに。
バハムートは、困った顔をして、時計をみた。
「ええ、二十分ほどで戻ります。練習の成果を確認しますから、頑張ってくださいね」
「はい!」
バハムートは上着を羽織って鞄を持つと、教室を出て行った。
やや眉が吊り上がっていたので、教室へ来たときの不機嫌理由とこれからの外出は、関係あるのだろう。
さて、やりますか。
光属性を勉強しなければならない、と知った当初こそ気落ちしていたけれど、バハムートに必ずしもヘルハンターになる必要はないと言われて、かなり落ち着いて取り組めていると思う。
光属性が変な風に膨張してデルに食べられても困るし、もし私に引き寄せられてデルがやってくるのなら、身近な人だって危ないかもしれないのだ。
つまり、穏やかな生活には光属性を操れるようになることが、必須なのだ。
自分のために勉強するだけで、あら不思議。
学校でのやるべきことだという、属性への学びや単位を取れて、卒業認定まで貰えてしまう。
これは、身を守るため。
そんでもって、自分のため。
私は、バハムートが実演したように、体内の光属性の気配を探った。
割とすぐに見つかる。
これは、フローリリアから教わった闇属性のときにもやったのだ。
少し感覚が違うけれど、そこはなんとなくである。
私が自分のなかで見つけた光属性は、随分とずっしりと重く、眩しいくらい輝いていた。多少雑に扱っても壊れないような気がしたので、餅を引きちぎる勢いで引っ張る。
ふふ、意外にできたよ‼
大量の塊から一握りほど引きちぎった私は、その塊をこね始める。
結構固いので、水を含ませて柔らかくするイメージもつけて、ねりねりとこねまくった。
さて、何を作ろうかな。
実は長い入院生活のなか、趣味の一つとして粘土をやってたんだよ。
粘土っていってもいろんな種類があるんだけど、私が使っていたのは紙粘土と樹脂粘土だ。
ミニチュアフード作るのが楽しくて、頑張ったっけなぁ。
久しぶりにやってみようかな。
想像のなかで、細い棒やピンセーットを使ってミニチュアフードを作っていく。
一つ目は、あるあるミニチュアフートの、マカロンだ。
結構力作なので、ぜひバハムートにも見て貰いたい。
具現化できないかな。
魔力を体内から出すのってどうやるんだろう。
ぐぬうっ!
見よう見まねで、具現化をしようとする。
やり方がわからいけれど、この世界の属性を操るのに、イメージが大事だということはなんとなくわかっていた。
だからきっと、それらの延長線上に答えがあるはず!
手に力を入れたり、脳内で想像したものを目の前に思い浮かべたり、色々とやった結果。
イメージした体内の魔力を、腕にそって移動させ、手のひらから放出するやり方で、ミニチュアマカロンを机の上に出すことが出来た。
「わっ、すごい!」
本当に、出たよ!
金色ミニマカロン!
試行錯誤したからちょっと疲れたけど、面白い。
他にも作ろう、と比較的簡単に出来るミニチュアフードを作っていく。
ドーナツに、クレープに、カップ入り二段アイスに――。
ちら、と時計を見ると、既にバハムートがいなくなってから三十分が過ぎている。
楽しいからもうちょっと作ろう。
机に並んだ小さなお菓子たちは、どれも金ぴかで、可愛いけれど美味しそうには見えない。
着色できないかな。
粘土だったら、出来ると思うんだけど。
試しに、こねこねしている途中で、金色の粘土を絵具で赤に染めてみた。
元が金色だから、絵の具の量が難しいけど、なんとか染まる。
クッキーほどの大きさのハート形を作って、机の上に出した。
出来た!
赤色のハート!
きゃあきゃあ喜んでいると、バハムートが戻ってきた。
振り返ると、不機嫌を隠すこともでず、厳しい顔で上着を抜いている。
「あ、あ、あの、大丈夫、ですか?」
「大丈夫ではありませんよ。二十分で戻ると言ったのに、遅くなってしまってすみませ――」
鞄を置いて振り返ったバハムートが、こぼれんばかりに目を見張って、歩み寄ってきた。
机の上に置いたままのミニチュアフードを見て、目を瞬かせている。
「これ、作ったんですよ! 可愛いでしょう?」
「……あなたの魔力ですよね?」
「はい。先生が教えてくださったんじゃないですか」
バハムートは、軽く眉をひそめたまま、じっくりとミニチュアフードを見ている。
そんなに近くで見たら、スピード重視で作った粗がわかっちゃうよ!
お願いだから、遠くから見て!
「随分と細かいところまで、出来ているようですね」
「ひっ、あ、あの、急いで数を増やしたので、もっと丁寧に作れば見栄えよくできると思いますっ」
「これ以上、ですか?」
ほぅ、とバハムートは二度、頷く。
あ。
嫌味じゃなくて、賛辞だったらしい。
てっきり、嫌味だと……ひねくれてて、ごめんなさい。
「どうやって、具現化したんですか? 確かまだそこまで教えてなかったはずですが」
「イメージが大事かな、と思って、色々試したら出来ました。見てください、こっちのは色をつけてみたんですよ」
ほら、と薄いハート型の具現魔力を見せる。
バハムートは、息をつめてその場で固まったあと、また、じっくりと私の手の中のハートを見つめた。
「色をつけるなんて発想はありませんでした」
「そうなんですか?」
「そもそも光属性の魔力が具現化できるといっても、長時間保持するのが難しいため、必要なときしか使いません。だから、見た目うんぬんより、素早さと性能を求められてきたんです」
なるほど、命がけの職業だもんね。
じっくり粘土遊びをする暇などないんだろう。
「この机の上の具現魔力は、作ってからどれくらい経つんですか?」
「先生が行ってからだから、三十分ほど前に、このマカロンを作りました。次に、これ、これ、これ、です」
「小さいとはいえ、手元から離れた状態で、よくこれだけ意匠を凝らしたものが維持できますね」
なんともいえない、複雑な表情で笑うバハムートを見て、首を傾げた。
「駄目でしたか」
「……光属性保持者としては、かなり優秀です」
ならば、褒めてくれてもいいのでないだろうか。
頑張って作ったのに。
むす、とむくれていると、私に気づいたバハムートが、苦笑した。
「よくできました。私が監視しなくても、ちゃんと特訓してたんですね」
「はい!」
「……あなたが作った具現魔力を、預かってもよろしいですか? いつ頃消えるのか確認したいのですが」
「わかりました」
やった、初めて褒められたよ!
席に座るように促されて、放置したままだった一斗缶を整える。
ああっ、一斗缶に穴があいてるよ⁉
このまま座ったら、おしりがずぼってなるのでは⁉
辺りを見回して、他に座れそうなものを探す。
何かわからないけれど、四角い機械を持ってきて椅子にした。
硬くて安定感がある、悪くない。
先に座って待っていたバハムートは、私が作った具現魔力を見て、何かを考えているようだ。
私が準備できたことに気づくと、話し始めた。
「エリアナ、あなたには才能があります。これだけ細かな具現魔力を見たのは、初めてですから。私が初めてということは、おそらく、あなたほど細かな具現魔力を扱う者は、少なくともこの国にはいないと思われます」
「それって、もしかして、悪いことなんですか?」
あまりにも真剣に語られる口調から、さすがの私も、何かいけないことをしてしまったのでは、と気づく。
バハムートは、首を横に振った。
「いいえ、悪くはありません。ただ、これだけの才能があると、周囲の者たちは是が非でもあなたをヘルハンターにするでしょうね」
「えっ」
「私は、あなたの将来ですから、あなたの好きな道を選べばいいと思います。卒業できる程度に、また、私の弟子として程々に優秀であれば、問題ないのです。ですが、あまりに優秀すぎると、中央属性管理院が黙っていないでしょうし……ふぅむ」
「わ、私、隠します! もう作りませんからっ」
ぐっ、と拳を握り締める。
バハムートは、ゆっくりと頷いた。若干の迷いがあったような気もするけれど、彼も黙っているほうが得策だと判断したようだ。
「あなたの指導具合は、私が調整しましょう。想像以上に優秀のようですから、もっと先まで勉強しても問題なさそうです。ですが、中央属性管理院への定時報告には、やや時間差のある報告をしておきますね」
属性もちが、属性を駆使した仕事につく場合、中央属性管理院への登録と許可が必要だ。
それは弟子を取る場合、また、誰かに教えを乞う場合も同じで、私はバハムートの弟子として登録されているという。
師の義務として、定時報告書を提出しなければならないというのは、フローリリアから聞いていたので、知っていた。
バハムートは、やや時間差のある報告をする、って、それ、虚偽の報告っていうんだよ。
有難いけどね。
「エリアナ、私はあなたが将来、光属性に振り回されず、自分で生きていくために、光属性をしっかりと使いこなせるよう指導します。あなたに合った方法で指導を行おうと思うので、内容や経過は他言無用です。もし、誰かから聞かれたときに答えが必要ならば、ここに――」
バハムートは、今後三週間分の予定を書いた紙を取り出した。
「この速度で学んでいることに、しておいてください」
「わかりました」
光属性ってだけで避けようと思ったし、実際にあまり関わりたくない職業の方ではあるけれど。
バハムート、良い人だ。
こんなに私のことを考えて指導してくれる上に、諸々の雑用を補佐としてするだけで、時給をくれるんだから。
しかも日給で支払ってくれるので、なんと、私の昼食に、オヤツが追加されました!
これはモチベーションとして、大きいよっ!
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