5、適正テスト
「――というわけです‼」
指定された時刻は昼休みに入ってすぐだった。
お腹も減ってきている私は、なるべく丁寧に、バハムートへ質問をしたのだ。
バハムートは、肘付きの椅子に座ったまま、うん、と一つ頷いた。
「沢山の質問があるのですね、それだけ興味を持って頂けたということですから、よしとしましょう。今日は、説明だけで終えるつもりでしたし、折角ですから四十分と言わずに、昼休み丸々ご一緒にどうですか?」
「……あの、お昼休みっていうのは、ご飯を食べるためにあるんです。それに、リラックスして休憩しないと、午後から持ちません」
当たり前のことを言ったのに、バハムートはなぜか驚いた顔をした。
まるで私がおかしいみたいじゃないか。
「昼食ですか、すっかり忘れてました。ではこうしましょう。四十分は最初の予定通り説明の時間として、残りの時間五十分は私と昼食をご一緒するというので、どうでしょう」
「……持ってきてないので、私、買いにいかないと」
「大丈夫です、私がまとめて買ってきますから」
さらり。
眩しいほどの笑顔で言われて、言葉に詰まる。
「い、いえ。先生に買いに行かせるわけには」
「今日のところは、驕りますよ?」
「本当ですか⁉」
ぱぁ、と笑顔で一斗缶から立ち上がった私に、バハムートは目を瞬く。
何かを理解したように、バハムートが二度頷いた。
「急な予定でしたしね。……ふむ、となると、先に昼食にしたほうがいいかもしれません。食べたいものはありますか?」
「な、なんでもいいんですか?」
「ええ、どうぞ」
にっこり、と微笑むその笑顔に嘘はないだろう。
ごくりと喉が鳴る。
なんだか、ここで頷いてはいけない気がするけれど、学食で好きなもの食べていいって言ってくれてるんだから、甘えてもいいんじゃない?
だって、ほら。
呼ばれてここに来たんだし、バハムート自身、いいよって言ってくれてるんだから。
「じゃあ……コロコロモルグとポメット、そこにスコーンスを一つ」
バハムートが、目を瞬いた。
しまった、言い過ぎたかもしれない!
「あ、あの、無理なら、コロコロモルグとスコーンスで、も」
あ。
バハムートが顎に手を置いて、つと、目を閉じた。
昨日も見た姿だけれど、考えるときの癖だろうか。
目を開いたとき、バハムートはとてもいい笑顔をしていた。
「わかりました。では買ってくるので、その間、こちらの記入をお願いします」
「はい?」
「適正テストですよ。あなたの考え方を知りたいので、正直に書いてくださいね」
なるほど、適正テストか。
いくら光属性が珍しくても、バハムートは弟子を選べる立場らしいし、常識はずれの者を弟子にはしたくないのだろう。
「わかりました!」
バハムートが薄手の上着を羽織って、部屋を出て行く。
私は渡された紙束と筆記用具を机に置いて、人生初の適正テストへ挑む。
なになに。
あなたの性別は?
あなたの年齢は?
あなたの生まれた季節は?
さらさらと書き込んでいく。
途中から、少しだけ哲学ちっくな部分が入ってきた。
さらに先には、謎かけのような答えがないだろう問題になっている。
問い五十八。
崖からカップルが落ちかけています。一人しか助けられません。あなたは、どうしますか?
……こういったときの咄嗟の判断が、ヘルハンターになるために必要なのかもしれない。
なるほどね。
私は解答欄に、正直に書き込んだ。
そもそも私に助けられないと思うので、どっちも助けません、と。そしてカッコをして、助けを呼びにいきます、と付け足しておく。
きっと相応しくない回答だろう。
でもいいんだ。
だって、正直に書くように言われたからね!
全部書き終えて、最後に自分の名前を書いて終了だ。
「ふぅ」
「お疲れ様でした」
目の前の適正テストが、ひょいっと奪われる。
いつの間に戻ってきていたのか、バハムートが肘掛け椅子に座っていた。
「買ってきましたよ、どうぞ。オマケでペルシュドリンクもつけておきました」
「ぺるしゅ?」
「女性に人気の飲み物だそうですよ」
ほほう。
飲み物まで買ってくれるなんて、バハムートはいいひとだ。
これで昨日みたいに、喉が詰まることを怯えながら、パンを食べる必要がなくなる。
「ありがとうございます!」
紙袋を受け取って、そっとひらく。
わぁ!
本当にコロコロモルグとポメット、スコーンスが入っている!
「美味しそう」
「では、昼食にしましょう」
「はい」
いつもの癖で、「いただきます」と手を合わせる。
バハムートが首を傾げた。
「その、手を合わせて、いただきます、というのは宗教的な何かですか?」
「これは、食材に対して感謝を示しているんです」
「食材に……?」
「あ、勿論、作ってくださった業者の人や、買ってくださった先生も感謝をささげる対象に入っていますよ」
この世界には、いただきます文化がない。
フローリリアにも、それはなんですの? と驚かれた。
それよりも、ポメットだ。
昨日はコロコロモルグを選んだけれど、最終候補に残ったが惜しくも落選したポメットは、一体どんな味なんだろう。
多分おかずパンだ。
コッペパンに切り込みを入れて、ミニトマトのような赤くて丸いものと、ポップコーンのようなものが、挟んである。
さすがは、学食。
地元の村では、見たことのない食べ物ばかりだ。
にこにこ笑顔で、かぷりとかぶりつく。
うん、味は完全にコロッケパンだ。
美味しいけど、ミニトマトとポップコーンを食べてコロッケの味がするっていうのは、脳が混乱してしまう。
まぁ、美味しいから全部食べるんだけどね。
バハムートは、私が座っている位置から斜めに椅子を置き直して、買ってきたパンを食べ始めた。
片手でパンを食べながら、反対の手で私が書いた適正テストにざっと目を通すと、丁寧な手つきで、椅子の横に置いてあったグレーの鞄に入れた。
「さて、食べながら、先ほどの質問に答えていきましょうか」
「ふぁい」
もぐもぐ。
あ、このドリンク美味しい。
ほんのりと桃の香りのする柚子、って感じ。
「まず、私があなたを弟子にとるかどうか、っていう質問でしたね」
「いいえ。どうして、私に光属性について教えてくださるんですか、って質問です」
「同じでしょう」
「……かなり違うと思いますけど」
「結論からいいますと、あなたは私が指導していくことに決まりました。私の初弟子ですよ、喜んでくださいね」
「決まってるんですか? あの、私の意志とかは――」
「そのことなのですが、あなたが将来なんの職につくかは、あなた自身が選べばよいと考えています。ですがまず、あなたは光属性について知らねばなりません。微弱な属性でしたら、そのままでも構わないのですが、あなたの属性は強すぎる。コントロールを覚えないと、デルに食べられてしまいます」
「ふぁ⁉」
「当然ではありませんか。デルは、その辺の動物も食べますが、魔力の高い人間を好んで食べます。あなたは格好の餌ですし、もしあなたが食べられた場合、食べたデルはあなたの魔力を吸収して、とても強くなるんです」
「で、でも、これまでは大丈夫でしたよ?」
「属性が本格的に目覚めるのは、十五歳です。あなたの誕生日まであと二か月半ですね。それまでにある程度光属性を操れるようにならなければ、危険です。デルの歯は鋭利ですからね、生きたまま少しずつかみ砕かれて――」
「やめてくださいっ、た、食べてるときに、グロいのは、ちょっと」
「納得して頂けましたか?」
「……はい」
フローリリアに闇属性の訓練を受けたときも、そのままでは危ないと言われたからだ。
あのときとは理由は違うけれど、強い属性の魔力を抱え込むことによって、不和が生じることは珍しくないのだろう。
「それが、早急に予定を組んだ理由です。あなたを弟子にすると決めたのは、あなたならば弟子にしてもよいと思ったからですよ」
「いきなり、ざっくりですね」
「ははは」
笑って誤魔化したよこの人。
「次の質問ですが――」
「ま、待ってください。先生の弟子ってことは、学園において、属性科へ行くことを前提としての話ですか?」
「勿論です、あなたは属性科で決まりですから」
「……進学学科、選べないんですか?」
「属性持ちを育成するための学園ですからね。適正者は、属性科へ行くことになります」
確かにそうだ。
トラビスにも言われたけれど、なんのために入学したんだって話になる。
属性を伸ばす学園に入学しておいて「属性を勉強したくないです」は通らない。
しかも、大勢の生徒が、欲しくても手に入らない属性を得てしまった私が、いくら嫌だと言ったところで、我儘に思われるだけである。
今朝の教室で、私に向けられた羨望と嫉妬の視線を思い出して、胸中でため息をついた。
「私はあなたの師として、光属性を扱える者に育成します。……ですが先ほども言ったように、職業はお好きなものに着くといいと思います」
「出来るんでしょうか」
「属性関係のお仕事でしたら、体面上当たりが厳しいかもしれませんね。けれど、世の中には属性者が従事しない仕事のほうが多いですから」
ほほう、なるほど。
そう言われると、悪くない話のように思えてきた。
そもそも私に決定権はないんだけれど、丁寧に説明を貰えるとなんだか安心できる。
無事に卒業さえ出来れば、箔がついて、それなりによいところで雇って貰えるだろう。
問題は、ブレスレットを外した私が闇属性になっちゃうことなんだけど、そこは誤魔化し通すしかない。
その後も、いくつか質疑応答を繰り返したけれど、すべてにおいてバハムートは丁寧な回答をくれた。
ついでに、この世界に魔法ってないんですか? という馬鹿にされるだろう質問もしてみたけれど、バハムートは「考え方によりますね」と言って、属性が日常に溢れている貴族側からの視点と、日常的ではない平民からの視点で、それぞれの考え方を例にして教えてくれた。
要約すると、理解が及ばないことが起きたら魔法と呼べるだろうけれど、理論や理屈を知った瞬間に魔法ではなくなるかもしれない、とのことだ。
非常に教師的な模範解答である。
とても納得できた。
そこまで話を聞き終えた頃には、私はデザートのスコーンスに取り掛かっていた。
スコーンスというのは、プリンのような見た目スイーツだ。
味は少し酸味があるプリンで、ベリー系の味に似ている気がする。
食堂で「三番人気!」と札がかかっていたので、美味しいだろうと思ったけれど、なかなか美味である。
ふむ、満足だ。
バハムートも、同じスコーンスに舌鼓を打ちながら、話を続けた。
「今後、お互いに時間を調整し合って、光属性について学ぶという件はよろしかったですか?」
「はい。私が学園の生徒として学ぶ義務があることと、先生は教師として私を教育しなければならない義務がある、と理解しました!」
「堅苦しいですね」
「……不本意ですし」
「良くも悪くも素直ですね、あなたは」
そう言って苦笑するバハムートは、スコーンスを食べて「なかなか美味しいですね」と言った。
「これはあくまで提案なのですが。あなたを教育しなければならない時間のほかに、私の助手として、仕事や研究を手伝ってみませんか?」
「勉強になると思うんですが、私、あまり――」
興味も持てないし。
それに、これ以上関わる時間が増えるのは、まっぴらごめんだよ。
「見合っただけの給料は払いますよ」
「ふぁ⁉」
「勿論、勉強の時間をしっかりと確保し、それ以外の時間ということになりますが。そうですね、時給は一般的な雇用給金の倍額、出しましょう」
「やります‼」
シュバッ、と手をあげた。
学園内にいる限り、バイトが出来ないと諦めていたけれど。
これ、迷う必要ないよね。
だって、稼げるんだから。
地道に薬草や木の実を集めて売るんじゃなくて、時給換算で働けるんだよ?
昼休み終了の十分前に、次の科目の教室へ向かう。
そこで、フローリリアに、バハムートの助手としてバイトをすることと、生徒でいる限り光属性について学ぶ必要があることを、こっそり伝えた。
フローリリアは、「学ぶことに前向きになって頂いて嬉しいですわ」と言いながらも、「助手、ですか」とバイトに関してはやや難色を示した。
近づかない方がいいって言ったのはフローリリアなのだから、私はその忠告を破ったことになる。
「ごめん。でも、やってみたかったの」
「あら、謝る必要などありませんわ。エリアナのやりたいことをやればよいのです」
くすくす、と笑って、フローリリアは私の目をじっと見た。
「わたくしのためにも、頑張ってくださるのでしょう?」
「うん!」
秘密は絶対に守る。
そう頷くと、フローリリアは優しく目を細めた。
だからせめて、おカネに困ってることだけは秘密にさせてください。
私にもプライドがあるんだよっ!
*
バハムートは、教師寮の自室へ入るなり、上着をソファに投げ出し、ドサッとベッドへ座ると、灰色の仕事鞄から本日回収した適正テストを取り出した。
回収した直後に、もっとも大切な最後の部分だけ確認したが、解答には目を通していない。
目を通す前に、紙束の最後、名前を書く欄のあるページを紙束から引っ張り出した。
間違いなく、手渡した契約用のペンで、本人が書いたものだ。
これを中央属性管轄院に提出すれば、正式な弟子になる。
教師として学校で教えるだけでは、本当の意味で、光属性の扱いを習得などできない。
とくに、エリアナは魔力が強いのだから、早期にそれだけ基礎を覚えることが出来るかで、将来が大きく変わる。
ふふん、とバハムートはご機嫌に、契約書をファイルに入れて鞄に戻した。
教師になったのは望むところではなかったが、優秀な属性持ちの雛が集まる場所という点では悪くない。
これまでは、弟子に値するような素質のある者がいなかったため、左程教師としての役割にも気合を入れていなかったけれど、今年はエリアナが現れた。
求めていた、強力な光属性の持ち主だ。
歓喜すると同時に、自分の立場に幻滅した。
彼女を弟子にしようとバハムートのなかでは決まっていたが、その希望を口にするより早く、周囲の教師たちが反対したのだ。
蕾の師弟の際も、教師がマンツーで生徒指導を行う際も、同姓というのが暗黙の了解だという。
知ったことか、と一蹴するのは簡単だが、それでは駄目だ。
教師同士の関わりがこじれると、自由が少なくなるうえに、面倒なことに巻き込まれかねない。
では、どうすればいいのか。
結論は簡単にでた。
先に弟子契約をして、周りに渋々認めさせればいいのだ。
認められなくても、公式に弟子登録した瞬間に、バハムートにはエリアナを指導する義務が発生する。
ふふん、と鼻歌を歌いながらベッドに転がると、適正テストに目を通した。
序盤は、適正無関係の個人情報を収集するための質問だ。調べた情報と差異がないか確認していく。
後半に出てくる適正テストの解答は、どれも興味深いものだった。
その一つとして、状況判断を仰ぐ診断がある。
まさか、崖から落ちかけたカップルを一人しか助けられない場合の対応に、こうも正確な回答が返ってくるとは思わなかった。
大抵のものは、どちらか片方を助ける。
もしくは、自分を犠牲にしてでも二人とも助ける。
そういったくだらない回答が多い。
光属性の希少さを理解していないのだ。
問題文には、一人だけ助けられるとあるが、常に自己判断を問われる現場で、他者の言葉をそのまま鵜呑みにするのは馬鹿のやることだ。
実際の現場を想像し、本当に非力な学生が人一人を助けることなどできるのか現実に考えれば、不可能なことくらいわかる。
そもそも、どのようにして崖からカップルが落ちる状況になったのか。
そこにはデルが絡んでいるかもしれないし、狂乱の闇属性が関わっているかもしれない。つまり、罠の可能性も考えられる。
バハムートが求める答えは、現場をリアルに想像でき尚且つ自分の力や希少さを十分に理解した回答、となる。
それを前提にすると、エリアナの、自分には無理だから助けない、という考えは、非常によい。しかも、助けを呼ぶという、カップルを見捨てない行動も加えられているという、非の打ちどころのない回答だ。
ふと、昼間みたエリアナの姿を思い出す。
十四歳の、普通の少女だ。
学校を卒業すると、大半の女生徒は結婚を選ぶけれど、エリアナは当然のように働く道を選んでいる。
危険なことはせずに、穏やかに過ごしたいと思っているらしい。
それらの考えは、この学園に通っていた頃のバハムートとよく似ている。
バハムートは男だから、嫁を取る側だったが、縁談はすべて断ってヘルハンターになり、現在まで独り身だ。
自分と同じような者は作りたくないと望むバハムートに必要なのは、やる気に溢れた光属性の弟子ではなく、安定した未来を希望する弟子である。
その点を考えても、エリアナは適任だ。
何より、弟子をとれば、今後中央属性管理院から、しつこいほど「弟子を取れ」という催促がなくなるだろう。
周囲が思っているほど、バハムートは仕事に対して熱心ではない。
真摯に取り組んできたが、それもすべて、自分のためだ。
一通り目を通すと、夕食を食べに食堂へ向かう。
基本的に、朝と夜の食事は無償提供で、ビュッフェ形式になっている。
そういえば、エリアナの昼食希望は、パンを二つとデザートだった。
どれだけ吹っ掛けられるかと身構えていたが、ふたを開ければ、ワンコインにも満たない金額である。
美味しそうに食べていたから、あのパンが好きなのかもしれない。
それとも、気を使っていたのだろうか。
「……スコーンスとかいうデザート、初めて食べたんですよね」
ぽつり、と呟く。
ここ十年以上、食事は生活を維持するためのものだったが、あのデザートは久しぶりに美味しいと感じた。
バハムートは、光属性に関してはスペシャリストだが、その他に関しては疎い。
今後、エリアナと関わるなかで、自分の中の価値観や常識が変わったりするのだろうか。
そんなことを考えて、首を横に振る。
ただの十四の少女に、期待し過ぎだ。
――私はこれまでのように、自分がやるべきことをやるだけです
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