4、光属性の希少性
翌朝、寮の食堂で多めに朝食を食べた。
ビュッフェ形式の朝食なので、食べれるだけお腹に詰め込む。
ふぅ、満腹。
しかも美味!
さすが、お貴族様も通う学校ですよ。
そんなところへ、私が入学できたなんて未だに信じられない。
父さんの知り合いの人って、どんな人だろう?
会ったらお礼を言わないと。
そんなことを考えながら、朝食のおいしさにほくほく教室へ向かう。
フローリリアが、隣でため息をついた。
「どうしたの?」
「エリアナのことが心配なのです」
「ん? 何が?」
フローリリアは呆れた目をして、頬に手を当てる。
愁いを帯びた美少女、ここに極まれり。
「フローリリアは、今日も可愛いね」
「もう、どうしてそんなお気楽でいられるのです⁉」
「大丈夫だって、起きちゃったことを心配しても仕方ないし」
こそ、とフローリリアに耳打ちする。
「それに、バレないようにすれば大丈夫。ブレスレットは外さないし、自分から言ったりしないから」
フローリリアも声をひそめる。
「当然ですわ! はぁ、わかりました。エリアナはそのままでいてくださいませ。わたくしが、なんとか調べます。昨日の時点でいくつか調べをやったので、近いうちに報告書が届くと思いますけれど。私自身も、休み時間に図書室へ行って調べてみます」
「図書室があるの? 私も行きたい!」
村暮らしの私は、本など高級なものを読んだことがない。
字も習わないくらいだし。
何より、自分のことだからね……命がかかってる事くらい、理解してますよ!
そんなことを考えながら、一時限目の「現代構造」の教室へ向かう。
今更だけれど、授業を受けるのにこの世界では教科書がない。
紙が高いわけではなく、私が授業でノートを取っている紙は購買で購入したものだ。
教科書という文化がないのか、あえて作っていないのか、その辺りは微妙なところだろう。
あちらの世界のように、無償で配布されるほうが珍しいのかもしれない。
まぁ、教科書がなくても問題ない。
教師によっては、大事なところは黒板に書いてくれるからね!
黒板はどこの世界でも共通で有難い存在だよ。
ホワイトボードもいいけど、黒板があるだけで、勉強してる私! って気分になるから。
「あら、おはようございます。フローリリアさん、エリアナさん」
中央塔の前を通り過ぎるとき、偶然通りかかったサリーに声を掛けられた。
他にも生徒がいるのに、名指しで声をかけてくる辺り、フローリリアに気を使ってるんだろうね、きっと。
「「おはようございます、サリー先生」」
ふたりで声を合わせて挨拶すると、サリー先生は、露骨にため息をついた。
先ほどのフローリリアのように、頬に手を当てて、憂いを前面に出してくる。
「聞きましたよ、エリアナさん。あなた、随分たいそうな属性をお持ちですこと」
「え。なんでそれを?」
「なぜって、生徒の属性は教師で共有される情報ですから」
ということは、教師は全員、私が光属性だって知ってるのか。
「いいですか、エリアナさん。あなたは本校の生徒です。常に慎みをもって、人からどのように見られているか意識してくださいね。外聞も大事ですよ、あなたの将来に関わることですから」
「? はい」
慎み?
なんで今ここで?
「あの、サリー先生。わたくしたちの学年で、他に光属性の生徒はいるんですか?」
「いいえ。一年生だけでなく、在校生にもいませんよ。それだけ希少なのです。だから、エリアナさん」
サリーが、またため息をつく。
私、今日だけで何度ため息を聞いただろう。
「ベリル先生が、お喜びになるのもわからなくはありません。こちらからもなるべく声を掛けさせて頂きますが、あなたから距離をとるのも大切ですよ」
「はい?」
別の生徒が、おはようございますサリー先生、と挨拶をしたので、サリーはくるりと背を向けて挨拶を返すと、そのまま行ってしまった。
フローリリアと歩き始めて、首を傾げる。
「なんだったんだろうね」
「ベリル先生が、エリアナの専属になるのでしょう」
当然のように、フローリリアが言う。
「専属?」
「ここは属性学校ですもの。優秀な属性を持つ生徒を育てるのが、教師の役目ですわ。光属性の教師はベリル先生しかいませんし、間違いなく、エリアナの専属教師になるでしょうね」
「それって昨日言ってた、二年になったら……っていう?」
「それは勿論ですが、優秀な生徒は一年次から専属教師がつくこともあると聞いています」
バハムートが専属教師となったら、関わる時間が嫌でも増えてしまう。
フローリリアはそれを知っていたのか。
むむ。
二年生になって専属教師がつくとして。
光属性が私一人ってことはマンツーなのかな?
だとして、どれくらいの時間、同じ空間で過ごすことになるんだろう。
ぽろっと言ってしまわない限り、バレはしないだろうけれど、フローリリアがこれだけ心配しているのだから私ももっと気を引き締めたほうがいいのかもしれない。
「先ほどのサリー先生のご様子から察するに、ベリル先生は随分と興味をもっているようですね」
「ん? あ、私に?」
「ええ。確かに光属性は稀有ですし、エリアナから聞いたところ、かなり強い魔力でしょうから。……まさか、こんな形で、バハムート・ベリルに近づくことになるなんて。本当に、くれぐれも気を付けてくださいませ」
コクコク、と頷く。
「大丈夫、フローリリアは大切な友達だもん」
「わたくし?」
「そう。私の属性が知れることになったら、フローリリアだって大変なことになるでしょ? 絶対にそんなことさせないから」
にぃ、と笑ってみせると、フローリリアが笑った。
「もう、ご自身の心配をしてくださいませ!」
くすくす、と二人で視線を合わせて、微笑み合った。
教室に入るなり、すでに教室にいた生徒たちが、振り向いた。
しん、と静まり返る教室。
次の瞬間、
「エリアナ、お前光属性ってまじか?」
「僕も知りたいよ、本当かい?」
トラビスとアルフレッドが駆け寄ってくるなり、聞いてきた。
皆の視線も、こちらを向いている。
ええっと。
なんで皆知ってるの?
「本当ですわ。エリアナは光属性です」
「フローリリア⁉」
「あら、凄いことですもの。隠す必要などありませんわ」
それはそうだ。
むしろ、闇属性を隠すための隠れ蓑になるだろう。
平穏を望む私自身としては、光属性などという大層なものは不要なのだけれど。
周囲から羨望と嫉妬の視線を向けられて、居心地が悪い。
元々、注目されることに慣れていないせいもあるけれど、人の視線というのは、どうも苦手である。
興奮気味のトラビスに「どんな感じなんだ⁉」「どんなことができるんだ⁉」と次々に質問されて、私はがっくりと項垂れながら席についた。
「あのねぇ、その言葉そのまま返すよ?」
「え?」
「水属性もちなんでしょ、どんな感じで、どんなことができるの?」
「知るわけないだろ、これから勉強するんだし」
「だったら聞かないでよ、私だって同じなんだから」
確かに、とトラビスが頷くのを、アルフレッドが随分と優しい目で見ている。
暴走気味だった友人を放置して、距離をとって眺めていたアルフレッドは、なかなかのやり手かもしれない。
視線が合うと、アルフレッドがにっこり微笑んだ。
あ、誤魔化しの笑顔だこれ!
「でも本当に驚いたんだよ。昨日様子がおかしかったから、何かあったんだろうと思ってたんだけど」
「私、そんなにおかしかった?」
アルフレッドだけでなく、トラビスとフローリリアまで頷く。
「真っ青でしたもの、わたくしも話を聞いて驚きましたけれど」
「えっ、フローリリアは昨日の時点で知ってたのかよ。ずりぃ、教えろよー」
「トラビス、そんなこと言うものじゃない。エリアナは本当に困ってたんだ、フローリリアが寄り添ってくれたから無事今に至ってるんだろう?」
「そうかもしんねぇけど、なんであんな真っ青だったんだよ」
ぶす、と納得できない表情で文句をいうトラビスは、年齢にそぐわない幼さだ。
うーん、男子中学生ってこんな感じだっけ。
「なぁなぁ、言えねぇこと?」
「うーん」
「教えろってば」
適当な返事を考えていると。
ゴチ、とトラビスの頭を叩く手がある。
「そのように、女性に理由を問い詰めるものではありません。踏み込み過ぎです、彼女の気持ちも考えなさい」
頭を押さえて、目を丸くするトラビス。
アルフレッドも、フローリリアも、私も目を丸くしている。
「……ベリル先生、どうしてここに」
トラビスに制裁の拳を落としたのは、バハムートだ。
いつの間にか、私の背後に立っていた。
彼が講義で使う教室や中央塔から離れたここへ、なんの用だろう。
理由なんて、あまり知りたくはないんだけど。
「あなたへ、こちらを渡しておかなければなりません」
「へ?」
ぴらり、と渡された一枚の紙には、今週一週間のうち毎日、四十分から二時間ほどの時間が確保された一覧があった。
今日は昼休みに四十分、明日は放課後に一時間、といった具合だ。
「もし変更希望がありましたら、本日の昼休みに知らせてください。場所は前回のところで」
にっこり、といつもの社交辞令ではなさそうな、心底嬉しそうな笑顔を向けられて、顔を引きつらせる。
バハムートは、私の返事も待たずに教室を出て行く。
私は、手の中の紙を見下ろした。
「……私の知らないところで、なんか色々決まってる?」
「そのようですわね。いつも以上に、キラキラとしたものを振りまいておられましたわ、ベリル先生も上機嫌のようです」
この確保された時間は、一体なんだろう。
もしかしなくても、早期特訓的なナニかだろうか。
「結構な過密スケジュールだね」
アルフレッドが、何とも言えない表情をしている。
「ベリル先生がこれだけの時間見てくださるのなら、エリアナは間違いなくいいヘルハンターになるよ」
「私、危ない仕事はしたくないんだけど」
「そうなの? ……ふぅん。でも、光属性のきみが光属性のことを学ばないで、学校で何を学ぶの?」
「ぐっ」
「むしろ、ベリル先生の特訓についていけずに見放されたら、そっちのほうが噂として大きく広がると思うよ。ベリル先生は有名人だからね。卒業後に就職を目指すなら、かなりの汚点になると思うけど」
私は、あんぐりと口を開いたまま固まった。
なんですと⁉
助けを求めるようにフローリリアを見ると、フローリリアは気まずさから逃げるように視線をさげた。
「アルフレッドのいう通りですわ。どんな理由があれ、ベリル先生の弟子を降りることは醜聞につながります。ベリル先生はこれまで、どれだけ周りがすすめても弟子を取らないと決めていた方でもありますし」
「なんでその信念曲げちゃったの⁉ 歳⁉」
「さ、さぁ。それはベリル先生に直接お尋ねになったほうがよろしいのではないかしら」
ぐぬぅ。
将来に向けて胸をときめかせたのは、数日だけだった。
まさか入学二日目で、進路が決まってしまうなんて……がっかりだよ。
くすくす、とアルフレッドが笑う。
「エリアナは、珍しいね。光属性だと、嬉しいものなんだよ?」
「危ないことはしたくないの。普通が一番なんだよ」
「僕の周りには、普通がいいなんて考えの人はいなかったな。無理を言って入学したかいがあったかもしれない。エリアナを見てると、とても面白いからね」
にっこり、と優しいお兄さんスマイルで言われても困る。
というかそれ、悪口だよね?
トラビスが頭を押さえたまま、俯いている。
さっきから視界の端に映ってはいたんだけど、あえて見ないふりをしてたんだよね。
「トラビス、大丈夫?」
憧れの人から怒られたのだから、相当ショックだったはずだ。
まさか、バハムートが私の背後に立っていて、そこからトラビスに拳骨を落とすなんて思わないよ。
「……俺さ」
「う、うん」
顔をあげたトラビスの瞳が、キラリンと輝いていた。
「ベリル先生に、頭にコツンして貰った! しかも指導までして貰っちゃった、すっげぇ嬉しい!」
え。
なんで?
打ち所が悪かった?
トラビスは、ふふんと腕を組むと、わざわざ組んだ腕をほどいて、びしっと私を指さした。
「俺がいる限り、ベリル先生を困らせないぜ。一週間の予定を見せろ、俺がエリアナがちゃんと先生のところへ行くか見張っててやる!」
なんで⁉
さっきから考える方向おかしくない⁉
そんなことを話している間に、現代構造の授業が始まる。
現代構造では、この国――フィリクタニアについて学んだ。
フィリクタニア王国は、王族と四大貴族が別格の偉い人で、彼らを支えるのが上流貴族、中流貴族、下級貴族たちである。
貴族たちの仕事は、与えられた領土を治めて税を徴収することが中心で、戦争が起きたときには領地内で軍を纏めて戦いに赴かないといけないらしい。
さらに、貴族は概ね騎士学校や貴族学院、またはここ国立特殊学院を卒業しているという。
この学校の名前が出たことで、ほんの少しだけ、近い世界に感じることができた。
でもさ。
わかってはいたけど、村や農民の話はまったくでてこなかったよ。
国の中心は王都だからね、わかってる。
でも、国民あっての国だからね!
税を取る相手がいなかったら、お貴族様の懐はすっからかんだよ!
講義の先生は高齢のおじいさんで、とてもわかりやすく丁寧に教えてくれた。
私はざっと表にしてノートにまとめ、ふんふんと一人で頷く。
お貴族様は怖いし、威張っているイメージがあったけれど。
ちょっぴり、憧れていたりもする。
授業を終えて教室移動するとき、フローリリアに聞きたかったことを聞いてみた。
「ねぇねぇ、フローリリア。この世界に魔法ってないの?」
フローリリアは、驚きを通り越して思考停止状態になった。
近くにいたアルフレッドは肩をすくめて、トラビスは声をあげて笑う。
「お前、おこちゃまだなぁ」
「だって、属性があるんなら魔法もあるよね?」
「んなわけねぇだろ、なんで属性と魔法が関係あるんだよ」
んん?
「雷の属性を鍛えたら、こう、雷魔法! みたいなの使えるようにならないの?」
「はぁ? 雷の属性は、魔具に電気を込めるのが基本の仕事だろ?」
「それって魔法じゃないの?」
トラビスが、眉をひそめた。
駄目だこいつ、といった表情が腹立たしい。
「五大属性を持つとね、それぞれの分野で貢献できるんだよ。例えば、水属性。水属性もちの主な仕事は、水質の変化などの自然保護だ。これは土属性にも言えることだね」
アルフレッドの説明いわく、どれだけ属性を持って生まれても、魔具を使わないと属性の魔力は扱えないらしい。
二次属性の風と雷は、電気を作り出したり風を吹かせたり、ちょっぴり魔法っぽいことができるそうだけれど、それもやはり、高価な魔具が必要とのことだ。
「じゃあ、呪文だけで何かが出来たりすることはないんだ?」
「それこそ御伽噺だよ。属性持ちとは魔力を備えた人間のことで、魔具を操れる人間、ということでもある。魔具をどれだけ自在に操って社会貢献ができるか、そこが重要なんだ」
「……そっかぁ」
アルフレッドの説明に、項垂れてしまう。
魔法のない世界だったんだ、ここ。
闇属性を体内で操るとき、身体強化が出来るって聞いたから、ほかの属性も何か凄いことが出来るんだと思ってた。
「お前、どれだけ田舎から来たんだよ」
「属性の存在も知らなかったんだよ、私」
「威張んなって。お前ほんと、何しにこの学園に来たんだ?」
だって、無償で学校へ行けるって聞いたから……。
項垂れた私を、フローリリアが励ましてくれる。
「五大属性を持たないのですから、知ったところでどうしようもありません。光属性には、何か特別な部分があるかもしれませんわ」
「光属性覚えるくらいなら、魔法諦める」
「どんだけ嫌いなんだよ!」
魔法が合ったら素敵だなぁって思っただけで、危険な職種についてまで、知りたいわけじゃない。
目指すは、穏やかな生活だよ。
私は、ゆったりのんびり、歳を取るんだ。
早くに死んだ母さんも、二年前に死んだ父さんも。
私が、幸せに生きることを望んでいた。
だから。
死地へ赴くようなことは、しない。
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