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2、属性を調べる授業


 どうやら私が寝込んでいる間に、入学諸々の手続きは終了していたらしい。

 本来は学生自ら、オリエンテーションも兼ねて様々な登録を行うのだが、かのロックファウスト家の命令によって、それらはつつがなく、私の知らぬうちに終えていたのだ。


 ロックファウスト家というのは、国立特殊学園の管理者も兼ねている上流貴族だ。

 いわゆる、公爵家というやつである。

 そしてなんと、フローリリアこそが、そのロックファウスト家のご令嬢のフローリリア様でした。


 そりゃ、ルームメイトも指定できるわけだよ。

 そういうわけで、フローリリアの一声があって、私が行うはずだった煩わしい手続きはしなくてよくなり、いきなり入学式当日を迎えたのだった。


 ぽかぽかおひさまが暖かい午後に近い午前中、私たち新入生は皆、お揃いの制服を着て体育館に集まった。


 長袖長ズボンの、黒い詰襟服だ。

 通気性がよいとはいえ、夏もこの制服らしい。


 体育館の前のほうには、私たち黒い詰襟服の一年生がわさわさといて。

 後ろの三か所に分かれる形で、青、赤、黄色、のマントを羽織った生徒が並んでいた。


 一年生全員で、二十人ほどかな。

 後ろにいる生徒のほうが確実に多いってことは、在校生だろう。さすがに教師じゃないよね。


 なんだか、ドキドキする。

 莉愛だった頃から憧れていた、全寮制の学校生活だ。

 しかも、属性もちが集まるという前提で作られた、ややファンタジーな世界の全寮制学校ともなれば、嫌でも期待は膨らむ。


 頭がつるつるの校長先生が、体育館の壇上で定型的な挨拶をした。

 新入生代表の挨拶、のところで、フローリリアが壇上で話をするのが見えた。


「わたくしたち、新入生は――」


 ふお、さすがフローリリア。

 マイクを通した声も、とても可愛い。

 カンニングペーパーなしでつらつらと話を終えたフローリリアは、壇上をはけると、こっそり新入生の集団に混ざってきた。

 隣に立ったフローリリアは、ほんのりと赤い頬をして「ちょっと失敗してしまいましたわ」と言った。


「全然わからなかったよ。凄いなぁ、かっこいいよ」


 フローリリアは、ぽっと頬を染めて、照れ隠しで前を向いた。

 その視線がはっと見開かれたので、視線を辿ると、壇上では教師の紹介に話が移っている。


 ふわふわとした真っ白な長髪を後ろで結んだ、背の高い男性がマイクを持っていた。

 教師たちは私服のようで、白い長髪の男性も、白いチュニックに濃い灰色ズボンを履いている。腰より少し上のほうを、薄墨の幅広の帯でぐるりと巻いて絞めていた。


 ほのかに笑みを浮かべた優しい雰囲気の男性で、きゃあ、と女生徒たちが小さく悲鳴を上げる声もきこえる。


「なんか、穏やかな先生だね。知り合いなの?」

「白い長髪に、青色の瞳。おそらく、バハムート・ベリルですわ」


 わぁ、悪魔っぽい名前。


 壇上のバハムートは、マイクに向かって軽い咳ばらいをすると、美しいアルテ声で、話し始めた。


「私は、一年生の属性授業の一部と、属性専門学科のほうで教鞭をとらせて頂いております、バハムート・ベリルと申します。宜しくお願い致します」


 必要最低限の挨拶をして、後ろへ下がっていくバハムート。

 次に紹介された実技の先生は熱血系で、わりと沢山しゃべっている。先生たちも個性的で、楽しめそうな雰囲気だ。


 うふふ、楽しみ~。

 憧れの学園ライフが始まるぞ!


「ベリル先生には、気を付けたほうがよろしくてよ」

「え? 優しそうな先生なのに」

「あの方は、有名なヘルハンターですわ」

「え⁉」


 忘れかけたころに聞く、ヘルハンター。

 確か、闇属性を狩る光属性の者がつく職業だ。

 なんとなく、ヴァンパイアハンターのようなイメージがある。


「私たちも、ブレスレットを外した状態で彼に近づくと、その場で正体を暴かれてしまいます。充分、気を付けましょう」

「……正体を暴かれる?」

「人ならざる姿へと変貌するのです」


 フローリリアいわく、光属性の者が傍にいるだけで、闇属性は見た目の美しさを失い醜い獣の姿へと変貌するらしい。


 むん?

 美しいヴァンパイアが日光に当たって「ギャアアア」と溶ける、ような感じかな?

 多分間違いではない。

 この場合、私がヴァンパイアで、日光がバハムートってことになる。


「具体的には、どんなときに暴かれるの?」

「廊下ですれ違ったり、同じ教室にいたり、でしょうか」

「……即バレじゃない?」

「ブレスレットがある限り、問題ありません。けれど、不用意に近づくのはやめましょう」


 フローリリアの表情は真剣で、私も神妙に頷いた。

 要注意人物、と頭に書き込み、近づかないでおこうと決める。


 それぞれの先生らから長い挨拶や自己アピールがあり、一番最後に話をした若い女性教師が「生徒の皆さんもお疲れでしょうから、このくらいで終わります」と話を切り上げたことに、物凄い好感がもてた。

 そもそも教師たちが生徒に自己アピールする理由がわからない、と呟いたら、二年生になるときに選ぶ専門科のアピールも含まれているとフローリリアが教えてくれた。


 入学式が終えて、本日の主役である新入生から退場する。


 む?

 あ、あのときの少年だ!


 ぞろぞろと列で歩く途中、茶髪の少年と目があった。アーモンド色の瞳を細めて、軽く手を挙げてくれる。

 にっこり微笑み返すと、彼も微笑み返してくれた。

 やっぱり上級生だったみたいだが、何年生なのかはわからないままだ。


 左程知り合いでもないけれど、顔見知りに会うとほっとする。

 入学式のあとは、教室へ移動だ。


 新入生全員が、中央塔の西側にある一つの教室へ集められる。

 毎年、一年生が使う教室らしい。


「ねぇねぇ、フローリリア。なんか、凄い学校だね。洋館って感じ。デザインの一つ一つが細かくて、ゴシックっぽい」


 興奮気味に言うと、フローリリアは曖昧に微笑んだ。


「よくわかりませんけれど、美しい意匠を凝らした設計になっておりますね」

「そう、それが言いたかったの!」


 くす、とフローリリアが笑う。

 優しい濃い茶色の瞳に見つめられて、友達って凄くいい‼ と思った。


 全員が席について暫くした頃。

 髪を頭上で団子に結い上げた、キチッとタイプの壮年の女性が入ってきた。ザマス、と語尾につけそうな上品さを醸しており、露出一つない灰色のドレスを着こなしている。


 この人、教師紹介のとき、規律は絶対に守るようにと言ってた人だ。

 苦手なタイプかも、と思ってたら、担任だった。


 ぐぬぅ、不本意だが仕方なし。


「先ほどもご紹介に預かりました、サリーですわ。一年間、わたくしが担任です。とはいえ、科目ごとに受け持ち教員が違うので、科目内での質問は各担当にお願い致します。その他でわからないこと、困っていることなどがございましたら、わたくしまで」


 どこで呼吸してるんだろう、と思うくらいの早口で話し終えると、念のため、と言って一人ずつ点呼をとっていく。

 フローリリア、が呼ばれたときにサリーが少しだけ目を光らせたのがわかった。

 学園を管理している上流貴族様ですから、チェックしたくなる気持ちはわかります、先生。


 授業は明日からで、一日四時限ある。

 一時限につき一時間半の授業があり、午前と午後それぞれ二時限ずつだ。


 翌日、私たちは最初の授業へ向かった。

 昨日サリーから説明を受けた通り、一時限の属性授業の教室へ向かう。

 同じ『属性授業』でも、講義する教師によって教室が変わるため、教師の名前も確認が必要ということだ。

 ちなみに、今日は午前中の二時限とも『属性授業』である。


 一時限目は、属性の違いやそれぞれの個性についてだった。

 といっても、ざっくり言うと、フローリリアから聞いた話を難しい言葉で大袈裟に話しているだけで、左程真新しいものはない。

 あえて言うなら、一限目の教師であるロイーズが、やたら風属性について細かく熱烈に褒めたたえていた辺り、不要な真新しさだった。

 ロイーズ本人が風属性なんだろうなぁと、皆が思ったに違いない。


 ロイーズは、見た目文系の優男だが、属性について話し始めたら、圧が凄い人だった。

 熱血というよりも、熱烈でちょっと怖い。


 ひたすら講義を聞きながら、ノートをとる。

 この世界にはノートを取る文化がないようで、必死に手を動かしているのは私だけだ。


 一度の講義で内容を覚えられるなんて、もしかしたらこの世界の学習基準はとても高いのかもしれない。


 ぐふ、ちょっと危機感。

 ノートを見ながら復習すれば、大丈夫だよね。……多分。


 二時限目は、あのバハムートの授業だ。

 同じ属性授業だが、休憩時間のうちに別の教室へ移動する。


「次、あのシングヘルハンターの授業だろ? 楽しみだなぁ」


 すぐ前を歩く男子二人組の言葉を聞いて、首を傾げる。


「フローリリア、シングって何?」

「それは――」

「お前、そんなことも知らねぇの?」


 前の男子が、にんまりした笑顔で振り返った。

 語りたくて仕方ないといった表情だ。名前は、ごめん、覚えてない。


 薄い茶髪のその生徒は、十四歳にしては幼く見える。

 平均より小柄な私よりも、背が低い。

 成長期、早くくるといいね。


 私は、にっこり社交辞令の笑みを浮かべた。


「う、うん。……田舎から出てきたばっかりで、本当に無知なの」

「属性や魔獣、貴族制度は、王都を中心に貴族たちの間の常識だけど、僕たち貴族は農民の暮らしを知らない。それぞれ、知識に偏りがあるのは当然だから、補い合えばいいんだ。無知じゃないよ」

 答えたのは、にんまりしていた男子ではなく、彼と話していた少年だ。

 柔和な空色の瞳と、短くて淡い金髪が綺麗な少年で、どことなく大人びた雰囲気をかもしている。わぁ、ここにもお貴族様がいた!


「アルフレッド、今はベリル先生の話だろ」


 むす、と薄い茶髪の少年が拗ねる。

 小動物みたいだ。


 ごめんよトラビス、と謝罪して肩を竦めてみせるアルフレッドは、やはり大人っぽい。

 同じ十四歳で、こうも差が出るのか。

 アルフレッドとトラビスは、まるで兄弟だ。


「ベリル先生が、ヘルハンターなのは知ってるか? シングのヘルハンターはこの世に三人しかいないんだぜ」


 自慢げに語るトラビスの話は、バハムートに対する賛辞や感想が入っていて、わかりにくい。

 端的にいうと、シングというのは階級を示す称号の一つだという。

 シング、を頂上に、ファイ、リジム、と続き、それ以外はミッシンというらしい。


 はぁ、なるほど。

 たまにこの世界特有の言語が出てくるけれど、田舎者の私には馴染みのない言葉だ。


 シングが最上級の階級を示す称号ってことは、S級冒険者、とかそういう感じの意味で捕えていいのかな。


 教室につくと、机は六人掛けの机がいくつも並んでいた。

 理科室っぽい机配置になっているのは、教壇のうえにある道具が関係あるのだろうか。沢山の石が透明な箱に入っていて、近くにはやはり透明な丸ケースがある。


 それらを丁寧な手つきで並べるバハムートを見た瞬間、急に緊張してきた。

 さりげなく腕輪を確認する。


 そんな私の手に、フローリリアが手を重ねた。

 微笑むフローリリアに手を引かれて、教壇から離れた席に座る。


 はわぁ。

 フローリリア、大好き。


「一緒に座ってもいいかな?」

「勿論ですわ、どうぞ」


 アルフレッドに返事をしたフローリリアは、ちら、と私を見た。

 フローリリアは自分のブレスレットを見せて、とんとんと指先で叩いたあと、ぐっと拳を握り締めた。


――だ、い、じょ、う、ぶ。

 フローリリアが、そっと口を動かして励ましてくれる。


 私は、ぱぁと微笑んで、こくこくと勢いよく頷いた。

 なんて優しいいい子なんだ、フローリリア!


 なんだか、緊張していたのが嘘みたいに落ち着いてきた。

 シングのヘルハンターだか知らないけど、どーんと来いだよ!


 全員が着席し、予鈴(ゴーン、という除夜の鐘を凝縮したような音)が鳴ると、バハムートが顔をあげた。

 歳は、三十歳前後といったところだろうか。近くで見ると、目尻に皺がある。

 整った顔立ちを近くで見た女生徒と、彼のファンだろう男子生徒が、黄色い声をあげた。


「やっぱりかっけぇな、シングの威厳があると思わねぇ?」

「私もあれくらいイケメンに生まれたかったなぁ」

「いけめん、ってなんだよ」

「整った顔立ちってこと」


 トラビスは、憐れむような目を向けてきた。

 どうせ普通の顔立ちですよ、知ってるもん!


 バハムートが、コンコン、と机を叩いた。

 ものを言わせぬ圧を感じて、口を噤む。


 一瞬で教室に静寂を齎したバハムートは、ざっと教室内を見回して、満足そうに頷いた。

 その間、ずっと顔に笑顔を張りつけているのが胡散臭い。


 うーん。

 ヘルハンター云々抜きにしても、仲良くなりたくないタイプかもしれない。


 ちょっと苦手意識を深めたところで、授業が始まった。


「ようこそ、属性授業の一部を担当するベリルです。最初に、全体の流れをご説明します。一年生のカリキュラムとして、私が担当するのは属性に関する意識付けです。それぞれの属性に関しては他の先生方の講義でも学びますが、私が教えるのは、実技が中心となります」


 ざわっ、と教室がざわめいた。

 期待と不安が入り待ったざわつきを、バハムートが軽く手を挙げて制する。


 無言の圧力、その二だ。


「今日は、皆さんがどの属性を持っているか調べようと思います。やり方は簡単ですので、安心してください」


 教室内の半分ほどが、あんぐりと口をひらいたり、青くなったりしている。

 うん、きみたちも同じ裏口入学者ですな。


 気持ち、凄いわかる。

 教室の前にある、あの機械で、属性調べるんでしょ?


 はい君は属性なし! じゃあ次! とか言われたら、晒し者もいいところだよ!


「まず、この箱に手を突っ込んで、手を引いてください」


 バハムートが自らの手を、石が沢山入った透明の箱のなかに突っ込んだ。

 手を引き抜くと、彼の手に石がびっしりとくっついている。


 気持ち悪っ!


 バハムートは、その手を隣にあった漏斗のような形の透明ケースに入れた。途端に、手にくっついていた石が落ちて、箱の中をぐるぐると回りながら、一番右奥のケースへ溜まっていく。


「石が落ちたところが、あなたの属性です。私は光属性なので、光属性の石が手にくっついて、光属性のケースに入りました。よって、不正はできません」


 わぁお。

 石も、属性が決まっているらしい。


 これは不正できないね。

 私はなんの属性もないから、問題ないんだけど。


 トラビスとアルフレッドが、期待に満ちた目でそわそわとしている。

 この二人は裏口入学組ではないみたい。


 私もフローリリアも、属性ないんだ。なんかごめんね。


 バハムートが、手前の机から、一人ずつ順番に前に来るように言う。一番手の生徒が真っ青な顔をして、ぷるぷると震えながらバハムートと向かい合うように立った。


 言われるまま箱に手を突っ込んで、移動させる。

 それらを見たバハムートは、一つ頷いただけで、その生徒を下がらせた。


 青い顔のまま椅子に座って微動だにしない生徒へ、なんとなく手を合わせる。

 きみは勇気があった。非常に尊かったよ。


 これで、バハムートにしか結果が見えないこと、その場で結果を知らせることがないとわかった。

 公開処刑は免れたっぽいぞ、やったね裏口仲間たち!


 順番が近づいてくると、フローリリアが緊張しているのが見えた。

 今度は私が、ブレスレットを示して、ぐっと拳を握ってみせる。


 ふふっ、と微笑んだフローリリアと、机の下でそっと手を重ねた。

 小さく震えているのがわかる。


 闇属性だってばれたら、ガチの公開処刑が待っている。


 トラビスが終える頃、アルフレッドが前に向かった。

 戻ってきたトラビスは、紅潮した頬で「水だった!」と言った。


「でも、石は一個しか落ちなかったんだよな。頑張って箱の中に手を入れてぐりぐりしたんだけど、一個しかくっつかねぇの」

「そうなの? ベリル先生の手がびっしりだったのは、特別ってことかぁ」

「言い方! 石がびっしり、な!」


 アルフレッドが終わりそうなので、フローリリアが立ち上がる。

 ちらちらと不安そうに私を見るフローリリアに、ぐっと胸の前で拳を握り締めてみせた。


 戻ってきたアルフレッドも頬を紅潮させていて、「土だったよ」という話をしているけれど、私の視線はフローリリアに固定されている。

 意識の端っこで、アルフレッドは石が三個落ちたことを聞く。


 がんばれ、フローリリア!

 むぅ、見えないのがもどかしい。


「おい、そろそろお前の番だぞ」

「あっ、そうだった」

「忘れんなよ」


 笑うトラビスに促されて、前へ向かう。

 フローリリアが振り返って、嬉しそうに微笑んだ。どうやらうまくいったらしい。視線を交わしてすれ違い、私がバハムートと向き合う。


 ブレスレットもしっかりついている。

 その証拠に、バハムートの前にたっても、正体を暴かれるという恐ろしい事態は起きていない。

 安心して、ずしゃーっと小石の中に手を突っ込んだ。


 早く終わらせて、戻ろう。

 今頃フローリリアが、トラビスとアルフレッドに、属性がないことを揶揄われているかもしれない。それとも、内緒、を貫き通してるのかな。


 そっと箱から手を引いた。


「⁉」


 私の手に、びっしりと小石がくっついている。


 え。えええええええええっ‼


……ガチ公開処刑?


 目眩がした。

 ちら、とバハムートの表情を見上げると、驚いた顔をしている。


 ですよね。

 目の前に、本業のターゲットがいたら驚くよね。


 嫌だあっ!


 さりげなく小石を落とそうと手を振るけれど、くっついた小石は離れてくれない。


 バハムートが、コン、漏斗型の器材を示した。

 この手をそこへ突っ込めということですね。


 わかります。

 わかりますけど。


「い、嫌です」


 物凄く小さな声で、拒絶してみた。

 次の瞬間、腕を掴まれて、気づけば漏斗のなかに手を押し込まれていた。


 じゃらじゃらと小石が落ちていく。

 いやああああっ!


 小石は、器材のなかをくるくると回転したあと、同じケースに入っていく。

 右奥のケースへ溜まっていく小石を、私は絶望的な目で見ていた。


 最後の一つが落ちたとき。


「光、ですね」


 ぽつり。

 私にしか聞き取れない声で、バハムートが言った。

 よく見れば、バハムートが実演したときと同じ場所に、小石が収納されている。


 光? ……光⁉


「ええ、なんで……」


 思わず呟いた自分の声で、我に返った。

 終わったのだから、席に戻らないと。回れ右をして、ふらふらと席に戻る。途中ですれ違った次の生徒の期待に膨らむ表情が、なんだか苦しい。


 なんだろう、凄く嫌な気分だ。まるで、不正をしたような。

 いや、まぁ、闇属性を抑え込むっていう不正はしてるんだけど、それは命がかかってるから許してほしい。


「エリアナ、しっかりなさって」


 席に戻ると同時に、フローリリアが言った。


「顔色が、よろしくないですわ。保健室へまいりましょう?」

「大丈夫だよ。ちょっと、うん、びっくりした、だけ」

「ですがっ」


 フローリリアは、ちらちらと私のブレスレットを見る。

 私はすぐに、首を横に振った。


 違うよ、これはちゃんと作動してる。


 全員の属性確認が終えて、講義が始まると、バハムートが前を向くように言った。

 心配そうなフローリリアに、私は微笑んでみせた。


 授業が終わったら、フローリリアに相談しよう。

 今悩んでもストレスが貯まるだけだし、ノートを取ることに専念する。


 授業が終えて、生徒がぞろぞろと退室していく。

 私たちも、同じだ。


「エリアナ、でしたね。昼休み、私のところへ来てください」


 器材を片付けているバハムートの傍を通りすぎるとき、さらりと声を掛けられた。

 固まってしまった私の手をフローリリアが引いてくれて、なんとか教室から出る。


「い、一度、寮へ戻りましょうっ!」

「……うん」



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[気になる点] バハムート先生の「アルテ声」。 すみません、「アルテ声」を知らないのですが、アルテはアルトのことでしょうか? もしそうなら、一般的にアルトは女声の低音域を指すので男性の声の説明に使うの…
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