1、私、闇属性なんだって
ゴトン、と荷馬車が揺れた。
私は、うとうとしていた顔をあげて、少し垂れていた涎を拭う。
相乗りの荷馬車には、私のほかに客が三人乗っていた。
《僅かばかりのカネを渡して、荷馬車の空き場を貰う》――荷馬車の空き場は、平民として暮らす者にとっての貴重な移動手段だ。
心地よい春風に誘われたのか、ほかの客たちもうとうととしている。
私は、ふと笑みを浮かべてから、こて、と首を傾げた。
私、なんでここにいるんだっけ?
ついさっき、私は持病の悪化が原因で、市立病院で死んだはず。なのに今、私は心地よい小春日和に、荷馬車で揺られているのだ。
手には、明らかに旅行用だろう鞄を抱きしめていて、どれだけ荷馬車に揺られたのか、身体のあちこちが痛い。
んん?
こて、と反対側に首を傾げた。
違う。私の名前は、エリアナ。生まれは日本の関東じゃなくて、ボーブゥの村。
あれ? 待って、日本で生まれたのは私じゃなくて、神谷莉愛だ。でも、神谷莉愛は私。エリアナも私。……んん?
むぅ、と腕を組んで考え込む。
私は今、荷物を持って、今年入学する予定になっている国立特殊学園へ向かっている。それは間違いない。
なんだか突然、エリアナの身体に神谷莉愛の心が入り込んだようだ。
神谷莉愛だったんだ私! といきなり我に返ったかのように、ううん、人格そのものを乗っ取られたかのように、私は「本当は神谷莉愛なんだけど、生まれ変わってエリアナになっちゃったの」といった感想を覚えた。
まるで他人事だ。
ただ唐突に、私の中に神谷莉愛が現れた。
ずっと眠っていたもう一人の意識が目覚めたような、「そこにあって当たり前」感があるせいで危機を覚えることはないけれど。
うん。
結論が出ました。
前世は神谷莉愛だったけれど死んじゃって、今は転生してエリアナになってるよ。ということで、オッケー。
結論は、さっさと出しちゃうに限る。
なぜこのタイミングで、とか、非現実的すぎるだろ、とかは、頭の隅っこへ置いておこう。
そろそろ下りないといけないし。
悩むべき事柄は、他にも沢山あるのだ。
私は、タイミングを見計らって荷馬車から飛び降りた。先払いのため、降りるときは好きな場所で降りてよいのだ。
「ぎゃっ」
予想していたより荷物が重くて、つんのめって、鳥の餌場と化しているもみ殻の山へ突っ込んだ。口のなかのもみ殻をぺっぺっして、全身を掃いながら、鞄を抱え直す。
私が降りたのは、禁断の森と呼ばれる山を沿うように迂回している馬車道だ。
馬車道を境に、穏やかな田園風景と仄暗い森がくっきりはっきりしている。私は、見渡す限りの田園のその向こうにある、のどかなボーブゥの村からやってきた。
そしてこれから向かうのは、禁断の森の奥深くにあるという、国立特殊学園である。
楽しみだ、うひょー!
私はなんと、十四歳になった今年、初めて村を出たのだ。
夢を求めて、王都へ行く者も多いなか。
私は、一枚の手紙を頼りにここまでやってきた。行動力があると、我ながら褒めたい。ふふふ、見るのだ父よ! 私は立派にやってるよ!
禁断の森の奥へと続く細道を、ゆったりまったりとした足取りで進んでいく。
この奥に、国立特殊学園の管理を担っている上流貴族の屋敷がある。そこへ挨拶に行き、入学証明書を貰うのだ。
どれだけ歩いただろう。
同じような道が続いていたはずが、いつの間にか鬱蒼とした木々が道から遠くに見えて、細道が馬車道ほどの広さになったかと思えば、馬車が対向できるほどの広さになる。
その頃には、ぽつぽつと民家が見え始めた。
民家といっても、我が家のように木の板をつぎはぎしてつくった二部屋だけの家じゃなくて、石造りの立派な建物だ。
お貴族様が暮らすには小ぶりなので、民家だろうと思ったんだけど。
私、生まれから今まで、お貴族様の屋敷なんて見たことないんだよね。どうして小ぶりだなんて、思うんだろう?
あ、莉愛だった頃の印象かな。
「あっ、あれかも?」
ひと際大きな屋敷が見えてきた。
灰色のレンガ壁が美しい、三階建ての洋館だ。陽光が当たっているのに、なぜか全体的にどんよりとした印象を受ける。
吸血鬼が住んでる古城みたいな屋敷だけど、本当にここでいいのかな。
もっと、キラキラとした、王子様が住んでいそうな屋敷を想像してたんだけど。
「あれ、どうしたの?」
「ぎゃっ」
声を掛けられて、頭のてっぺんから声が出る。
驚いて振り向きながら距離を取ると、相手も驚いた顔をしていた。
明るい茶髪の少年だ。
歳は、同じくらいだろう。
風遠しのよいシャツと薄緑色の長ズボンというラフな服装と腰にベルト型のポシェットをつけている。近隣の人だろうか。
ちなみに私は、くたびれた萌黄色のチュニックとお手製のブーツ、旅人を示すマントを身に着けているため、誰が見ても旅人だ。
少年の驚きに見開かれたアーモンド色の瞳が、ふいに、くしゃりと穏やかに歪んだ。
「ふっ、そんなに驚かなくても」
「びびびっくりして! あ、あの、ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「うん、どうぞ」
「ロックファウスト様のお屋敷って、ここで合ってますか?」
ちら、と灰色レンガの洋館へ視線を向ける。
少年も私の視線を追ってから、頷いた。
「合ってるよ。一年生?」
「はい! 今年、一年生になる予定のエリアナです!」
「そんなに畏まらなくても」
おかしそうに笑う少年は、洋館の入り口でドアノッカーをすればいいと教えてくれた。
さすがにそれくらいわかるけども! 間違ってないんだよかったぁ、って自信がもてたから、ありがとう!
「じゃ、僕は行くから。また学校でね」
「ありがとうございます!」
ぺこり、と頭をさげる。
どうやらあの少年も、国立特殊学園の生徒らしい。もうすぐ新学年が始まるので、自宅から学園へ戻る途中なのかもしれない。
さぁてと!
私は、ぱしん、と軽く頬を叩いて気合をいれると、意気揚々と洋館のドアノッカーをならした。
すぐに、髭を蓄えた老紳士が出てきて、用事を聞いてくれる。事情を話すと手紙を見せてほしいと言われて、慌てて鞄を地面に置いて手紙を引っ張り出した。
おおぅ、くしゃってる。
鞄のなかでぎゅうぎゅうに押されて、ゴミのようになっている。
少し顔をしかめた老紳士だったが、中身を改めると、屋敷へ入るように言う。
やったぁ、憧れの洋館のなかだ!
と思ったけれど、入ったそこは、従者の控え部屋のようなこじんまりとした小部屋だった。部屋を間違えたのかと思ったくらい、洋館からはほど遠い内部だ。
部屋の奥には会議用の長机があり、新入生受付という紙が貼ってあった。
なぜに?
洋館のエントランスはどこ行った?
「こちらへどうぞー」
明るい声のお姉さんに促されて、聞かれるままに、名前や出身地、入学希望に至った経緯などを話す。
すべてを聞き終えたお姉さんは、便覧を取り出して、その中から入学許可証をくれた。驚くほどスムーズだ。筆記試験も何もない。
老紳士が、大きく玄関ドアをひらいて私を促した。
「おめでとうございます。どうぞ」
老紳士が、言外に「はやく出ろ」と笑顔で凄んでくる。
私はぺこぺこと頭を下げて、外に出た。
あとはこの入学許可証を持って、学園に向かうだけだ。
ここから学園まではちょっとだけ遠いので、乗り合い馬車に乗っていく予定だ。
ちなみにこれは私が調べた情報ではなく、手紙に入っていた説明に書いてあった。手紙をくれたのはお父さんの知り合いで、入学を推薦しておくからね、という内容のものだ。
どうやら昨年亡くなったお父さんには、偉い人に知り合いがいたらしい。ただの、どんくさい田舎おやじではなかったのだ。
川に魚を取りに行って、川で溺れていた小鳥を助けて帰ってくるような人だ。挙句にその翌日、狩猟で大きな鳥をとったと喜ぶような、矛盾おやじでもあった。
まぁ、そんな父さんだったけど、私は大好きだったからね。
父さんのお友達という人の手紙を信用するのですよ。手紙には、入学したら学費その他諸費用は無償、全寮制で食事つきって書いてあったし。
しかも卒業すると、国立特殊学園卒業生として就職できる先が増えるのだ。
まさに至れり尽くせりだ。
世の中には、優しい人がいるものである。
私は鞄を抱え直して、来た道をそのまま進んでいく。
もう少し進んだところに、乗り合い馬車が停まる目印看板があるはずだ。
「コラ、待てクソガキー!」
ひっ!
びく、と背筋を伸ばして振り向いたとき、近くのお店から子どもが飛び出してきた。見るからに悪ガキといった幼児で、両手で紙幣のようなものを掴んでいる。
というか紙幣だよ。……紙幣だよ⁉
はた、と子どもと目が合った。
にやりと笑った子どもを見て、嫌な予感がした。
「姉ちゃん、予定通りだ! 逃げようぜ!」
「へ⁉」
「仲間がいんのか⁉ お前らも追いかけろっ」
「「待てやぁ!」」
えっ、ええっ!
手を引かれて、何歩が歩いた姿をばっちりと見られて、共犯だと思われた。
修羅のような顔の男三人組に追いかけられれば、無実でも逃げたくなる。
「何もしてませんっ、通りすがりですっ」
叫ぶけれど、「嘘つくなボケェ!」と怒鳴り返されて、怖すぎた。とにかく逃げて、逃げて、気づいたら子どももいなくなっていて、追手の二人組もいなかった。
それでも、いつ追いつかれるかわからなくて、走り続けた。
いい加減、呼吸が続かなくて、ふらふらと足を止める。
こんなに走ったの、生まれて初めてだよ。
はぁ、ふー、はぁ、ふー。
肩で大きく呼吸をして後ろを振り返ると、
「……へ?」
私の視界に飛び込んできたのは、足元にびっしりとレンガを敷き詰めた、新緑の美しい公園だった。
都会の公園だけど頑張って自然を取り入れました! というような、緑いっぱいの公園のなかに私はいる。
何がどうなっているのか、まったくもってわからない。乗り合い馬車の目印看板はとっくに過ぎてしまった。それは見たので覚えている。
ああ、それにしても、疲れた。
都会って怖い。
どさ、と膝をつく。
だらだらの汗をマントで拭って、改めて周りを見回す。
ベンチ、東屋、ベンチ、東屋。
それから、列を成すように植えられ剪定された、つつじっぽい茂みと、針葉樹。
そしてやはり、ベンチ。
喉が渇いたよ。
公園なのに水飲み場がないなんて……あ、ここは日本じゃないからか。
公園内に人は少なくて、ベンチに少女が一人俯いて座っているだけだった。桃色の髪をツインテールに結い上げ、ふわりとした高級そうなドレスを着ている。
高級そう、というのは私の服と比べて、ということなので、さっきの屋敷にいた老紳士らと比べると、左程高級ではない、と思う。
その辺の価値観は、田舎者の私には判断つかない。
ふと、少女がこちらを見た。
くるりとした濃い茶色の瞳と、ふっくらとした唇の、文句なしに可愛い顔立ちをしている。
なんとなく、へにゃり、と笑ってみると、少女が真っ青な顔でこちらに駆けてきた。
「か、隠してくださいませ! 早く!」
なにが?
もうわからないことだらけだよ。
私、今どこにいるの?
そんでもって、私はエリアナ。
うん、大丈夫。
名前は、覚えて――……。
*
重い瞼をあげると、白い部屋にいた。
私を囲むようにカーテンが敷かれていて、小学四年生の頃に毎日通った保健室かな、と思ったけれど、どうやら違うらしい。だって、保健室よりいい香りがするんだもん。
私、なんでここにいるんだろう。
そもそも、ここ、どこ?
ぼうっと、働かない頭を考えていると。
カーテンの向こうで、勢いよくドアが開く音がした。
ぎゃっ!
「きゃっ!」
驚きすぎて、私の悲鳴は喉から飛び出さなかった。代わりに、別の誰かが大変可愛らしい悲鳴をあげてくれた。
「ここにいたのか、まだ入学式も終えていないだろう?」
足音をたてて入室してきたのは、男性のようだ。声は低めの重低音。落ち着いた口調からは、露骨に呆れが感じられた。
「わたくし、先に寮へ行きますと申し上げたはずです。それより、お兄様。ノックもなしに、乙女のお部屋を開かないでくださいませ」
「まったく。勝手なことをすると、母がうるさいぞ」
「放っておけばよいのです。入寮は、入学五日前より可能なのですから。それより、わたくしのお話を聞いていましたか? ルームメイトもいるのですよ」
「……ああ、確かに。失敬した。お前を確認できたのならばよい」
ぱたん。
ドアがしまった。
ほっとした瞬間、ザーッとカーテンがひらいて、桃色の髪の女の子が顔を覗かせた。
「あ、公園にいた……」
「目が覚めたのですね、ほっと致しました」
「……えっと、あの、すごく迷惑かけちゃった?」
「いいえ、とんでもございません。初めては、誰でも怖いものですもの」
なんの話?
少女は私の顔をじっと覗き込んだあと、首の脈や額の熱を確認して、頷いた。
「落ち着いています。目の色も戻りましてよ。とてもきれいな漆黒ですわね」
そう、私の瞳は黒色だ。ちなみに、髪の色も緑がかった黒色である。いや、それよりも。
「……目の色が戻る? 目を回してたってこと?」
「あら、無自覚でしたの? あなた、目が金色になっておりましたのよ」
金色?
こて、と首を傾げると、少女は安心するように微笑んで、私のすぐ近くに椅子を置いて座った。
「わたくし、フローリリアと申します。あなたを、憩いの場で見つけたのですわ。私を見たあと、ぱたりとお倒れになったので、教師の方にお知らせしたのです。そしたら、あなた――えっと、エリアナさん? も、一年生だというではありませんか。わたくし、すぐにあなたを寮の同室に指名致しましたの」
なるほど。
まず、寮の相部屋相手って指名できるのか、そこから知りたいところだけれど。
助けてくれたのだから、お礼を言わないと。
半身を起こして、ぺこりと頭をさげる。
「助けてくれて、ありがとう」
「いえいえ、同族のよしみですわ」
「同族?」
「はい。手首を見てくださいませ。そちらはわたくしからの贈り物です」
言われるまま自分の手首に視線を落とせば、見覚えのない銀色のブレスレットがあった。
少し重みのある、鉄を金槌でゴンゴン叩いたような見目の、ゴテっとしたデザインだ。
「これ、貰っていいの? 高そうだけど」
「構いません。それに、ないと困るでしょう?」
ないと困る?
どういうこと?
フローリリアは、少しだけ困ったように微笑む。
……困らせてばかりでごめんなさい。
「エリアナさんは、闇の属性を持っておられるのでしょう?」
かなりひそめられた声に、私はまた、こて、と首を傾げる。
属性なんて、魔法の世界みたいだ。
生まれてから十四年、エリアナとして生きてきて魔法なんて見たことないよ。
というか、属性と言う言葉自体、聞いたのが前世以来だ。
「……あの、属性ってなんですか?」
「え」
「え?」
「……新入生、ですわよね?」
「そうだけど。……属性って、光とか闇とか水とかそういうやつ?」
フローリリアが、ほっとしたのがわかった。
当たったらしい。
十四年間この世界で生きてきたエリアナではなく、莉愛の記憶が役に立つというのは、少しばかり複雑だったりする。
「その通りです。この国立特殊学園に通うすべての生徒が、なんらかの属性を持っているのですわ」
「それで、私は闇ってことか。なんかカッコいいね」
フローリリアは目を瞬いて、露骨に驚いた。
だがすぐに、くすりと笑って、まるで「仕方のない子ねぇ」とあやされるように、頭を撫でられる。
「フローリリアさん?」
「ふふ」
フローリリアは満足するまで私の頭を撫でまわしたあと、ふいに、背筋をピンと伸ばして話し始めた。
「エリアナさんは、属性についてあまりご存じないと存じます。説明させて頂いてもよろしいですか?」
「ぜひ、お願いします」
「はい。まず、世の中の人々の大半が、属性を持っておりません。属性は生まれたときから決まっており、変更したり、希望の属性を取得する、などということはできないのです。よって、属性持ちは選ばれた人間という認識が、世間ではございます」
なるほど。
私は、選ばれた人間ということか。
なんだか、勇者みたいだ。
「属性には、火、水、土の基礎属性。雷、風の二次属性。光、闇の特殊属性。合計、七種類の属性がございます。基礎属性より、二次属性のほうが強いと言われているのですが、実際のところどちらも左程変わりません」
「火より水が強くて、水より土が強くて、土より火が強い、とか」
前世で取得した知識を、何気なくひけらかす。
これは、大体のモンスターに当てはまる常識なのだ。
ふふ、入院期間が長かった莉愛は、読書メインにゲームもしてたからね!
その通りですわ、という言葉を待ったけれど、フローリリアは、首を傾げてみせた。
あれ。
「基礎属性のなかで、優位性はございません」
「あ、はい」
違ったみたい。
基礎属性と二次属性と合わせて、五大属性と言うらしく、学園に通う生徒のほとんどが五大属性のうち、どれかの属性を所持しているという。
フローリリアは、少し言葉を選ぶような戸惑いを見せたあと、話を続けた。
「まず、光属性ですけれど。光属性を持つ者は、闇属性に対して圧倒的に有利です。ヘルハンターの大半は、光属性の方ですわ」
ヘルハンターってなんだ。
それを聞く前に、フローリリアが続ける。
「ですが、光属性はその他の五大属性には作用致しません」
「闇には優位だけど、その他には弱いってこと?」
「弱いというか、作用しないのです」
む?
「そして闇属性ですが、闇属性は光に対してとても弱いのです。けれど、五大属性に対しては圧倒的有利を誇ります」
ふむふむ。
なるほど、そこで釣り合いがとれてるのか。
「闇属性の者は、闇の魔力を自在に操ることで身体を強化することが可能です。ですが、魔力を自在に操れない場合は魔力に乗っ取られ、デルと化します。野生のデルは、元々闇属性を持った人なのですよ」
悲しそうなフローリリア。
さらっと恐ろしいことを聞いた気がするけれど、ちょっと待って。
「デルって何?」
「魔獣ですわ。人やほかの魔獣を襲い、食べて、魔力を蓄積していくのです。ゆえに、闇属性を持つ者は世間から忌み嫌われ、生まれた時点で殺処分となるのが通常ですの」
「んんん⁉」
「醜聞を恐れた親が捨てたり、隠して育てたはいいけれど魔力に乗っ取られデル化した我が子に食べ殺されたり……そういったデルを倒す仕事を、ヘルハンターといいます」
でたよ、ヘルハンター。
ここに繋がるのか。
「闇属性って、なんか、嫌われ者?」
フローリリアは、何がおかしかったのか、ふふっと微笑んだ。
「嫌われ者なんて優しいものではございませんわ。闇属性は人に害なす悪であり、人の敵です」
「へぇ……ええっと。私、その闇属性、なんだよね」
「はい。闇属性の力は身体強化。力を使ったときに、瞳の色が金色になるのが特徴です。この瞳と色は、練習で押さえることが出来るのですけれど、すぐには難しいと思うので、闇属性封じの魔具をつけさせて頂きました」
とん、と手首のブレスレットを指さすフローリリアに、なるほど、と頷いた。
改めて見ると、フローリリアの手首にもブレスレットがある。私が手首につけているものより、目立たないシンプルなものだ。
「このブレスレットで、闇属性が抑えられるの?」
「はい」
まさかの、宜しくない方に選ばれた人間だったよ。
勇者気分が一気に吹っ飛んだ、むしろ魔物の卵になった気分だ。
せっかくカッコいい属性持ちだって分かったのに、それが人に害をなす属性だったなんて、はっきり言ってかなりショック。
フローリリアの言動から察するに、闇属性持ちということは隠さねばならないらしい。
「入学してしまえば、こちらのものですわ。属性なしで通せますもの」
「属性がないと、入学できないんだよね?」
あれ、だったら私、どうして入学できたんだろう?
いや実際は闇属性があったみたいだけど、手紙を貰った時点では、そんなもの確認できないはず。
そんな疑問は、フローリリアの「権力は強いのですよ」という一言で、ああ、と納得できた。
公ではないが、お貴族様や裕福な商人など、カネで入学する権利を買う方法があるという。
裏口入学ってやつだろう。
そしてたぶん私も、裏口からコンニチハした人間だ。
「二年からは、属性科、魔具科、普通科、を選んで進学できますから、属性などなくても問題ないのですよ。表向きは、属性持ちしか入学できないことになっているのですけれど、それは属性所持者を優先的に入学させる枠の確保と、その他生徒から寄付金を頂く理由を合わせた、画期的な入学システムなのですわ」
物凄い裏事情だ。
ふむ。
これまでの話を聞いて、一番大事なことは、私が闇属性もちだと知られてはいけない、という部分だろう。
このブレスレットを外してはいけないことは、よくわかった。
魔女狩りを想像して、ひいいっと心で悲鳴をあげる。
絶対いやだ。怖すぎる。
私は、穏やかに学園生活を過ごして、国立特殊学園を卒業して、もりもり稼げる仕事につくのだ。
フローリリアは、嬉しそうに微笑んで、私の手に自分の手を重ねた。
柔らかいぬくもりが、じんわりと染みる。
「心配なさらずとも、大丈夫ですわ。入学まで、あと三日あります。それまでにわたくしが、ブレスレットなしでも、瞳の色を隠す方法を教えてさしあげます。いつブレスレットが外れるかわかりませんし、瞳を隠すのは必須ですわ」
「ありがとう、フローリリアさん。色々と、本当に助かる。何もわからないまま、田舎から出てきたから、教えて貰わなかったら大変なことになってたよ」
「フローリリア、で構いませんわ。エリアナ」
ふんわりとした笑みは、とてつもなく優しい。
彼女にとって、同族というのはかなり特別な存在のようだ。
その日から三日、私はフローリリアに瞳の色を隠す方法を教わった。
方法を教える、という名の訓練だ。
感情を操作し、心音や体中の血液に同調する。それを無意識に出来るようになれば、闇属性を使いやすくなるイコール隠しやすくなるという。
意識するのは酷く疲れるけれど、フローリリアの言う通りに段階を踏んで覚えていけば、三日後にはブレスレットなしでも瞳の色を隠せるようになった。
私天才。
ブレスレットはつけておくけれど、これで、ふいにブレスレットが外れることがあっても問題ないね。安心だ。