表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

11、フローリリアの兄

 日払いというのは、実に有難い。

 その日の給料をもらって、ほくほくと寮へと戻るころには夕暮れが終わり、薄墨が広がるころだった。


 幸い門限というものがないので、急ぐ必要もないのだが、この学園は「自分の身は自分で守りましょう」が当然だ。

 寮内は安全が保証されているが、それ以外の場所では何かあっても知らない、となる。


 まぁ、校内で魔獣に襲われることなんて、滅多にないらしいんだけどね。


 ふふーん、とリズムを取りながら女子寮の門をくぐろうとしたとき、横から伸びてきた腕に掴まれて、茂みのなかに引っ張り込まれた。


 驚きに固まって、声を出せないでいるうちに口を押えられる。

 一瞬のうちに、背後から羽交い絞めにされちゃったよ!


「むーむむー」


 なんとか離れようともがくが、相手はびくともしない。

 腕の強さや大きさ、背後から羽交い絞めにされている状態で漂ってくる微かな香りから、男性だろう。


「むーむー」

「黙れ、危害は加えない」


 耳元で囁かれた声に、くらりと眩暈を覚えた。

 低い重低音は、脳内に直接響くかのように心地よく、酔ったようなふわふわとした気分になる。

 イケボ。

 ありえないほど、イケボ。


 でも、口を強く押えつけられていて、息が苦しい。

 ええっと、こういうときはどうするんだっけ。

 あ、そうだ。


 ほんの少しだけ唇をひらいて、べろんと手を舐めた。


「わっ」


 男の手が口から離れで、肩で大きく息をする。


「し、死ぬ…息、死ぬ……」

「あ、ああ。悪い、うっかりしていた」


 うっかりで口と鼻を押さえるんだ。

 そっか、なら仕方ないよね、ってならないからね?


 私を突然茂みに連れ込んだ悪漢を、力いっぱい睨みつけた。

 背中を向けていたため、初めて相手の顔を見る。


「いくらなんでも、ひど……え」


 イケメンだ。

 硬派な印象がある、影のあるイケメンがいた。


 莉愛だった頃、大好きだった小説に出てくる脇役Bに似ている。ヒロインを本気で好きだからこそ、諦めて陰ながら見守る素敵なキャラだったんだよ!


 と、そんなことを考えたのは一瞬だった。

 私が、動きを止めたことには理由がある。

 相手がイケメンだったのは勿論だけど、それ以上に、似ているのだ。


 フローリリアに。


 それに、この声。

 はじめてフローリリアに会った日、ベッドで寝ていた私がパーテーションの向こうから聞いた声ではないだろうか。


 私は、自分の手首を確認した。

 今日、ブレスレットは少し上のほうに着けていて、薄い上着を羽織っているため、袖に隠れて見えない仕様になっている。


 昨日、実習の勉強が出来なかった分、今日は遅くなるかもしれない。

 そうフローリリアに伝えたところ、優しい彼女は、遅くなっても寒くないようにと上着を持っていくように教えてくれたのだ。


 昼休み、寮まで一緒に取りに来てくれたし、今日はフローリリアに頼ってばかりである。


「何を笑っている?」

「え?」

「一人で、ニヤニヤと気持ちが悪いやつだな」

「てへ。フローリリアが今日はいっぱい優しくしてくれたなぁって思い出したの。フローリリアのお兄さんでしょ?」


 男は驚いた顔をして、私の全身を見た。

 こんなやつがなぜ超絶美少女のうちの妹を知っている、とでも考えているのだろうか。酷い。


「お前は、確か……フローリリアとよく一緒にいる娘だな」

「うん」

「……驚くほどタメ口なのだが」

「すみません!」

「元気だけはいいな」


 はぁ、と黒い髪を掻き上げる美貌の男を、改めてみた。

 切れ長の瞳は冷やかで、整った顔立ちなのに何事にも興味がなさそうな無表情。嫌悪感だけ、器用に表情に乗せている。


 なぜに嫌悪されないといけないのか、断固として抗議したい。


「話は早い、フローリリアを呼んできてくれないか」

「どうしてですか?」


 素早く返事を返すと、男はむっとした。


「用事があるからだ」

「どんな用事ですか?」

「部外者に言う必要はない」

「じゃあ、お断りします。それじゃあ」


 さっさと立ち上がって寮へ向かおうとして、また腕を掴まれる。

 睨みつけるよう振り向いたとき、男の手首にブレスレットが見えた。


 ひと目でわかる。

 これは、闇属性を押さえるためのものだ。

 フローリリアの闇属性って、遺伝なのかな。


 そういえば、属性って遺伝するの?


「貴様、俺の話を聞いていたのか。呼べと言ってるんだ」

「お断りしますって言いましたよね⁉」

「なぜだ。お前は私がフローリリアの兄だと知っているのだろう? なぜ断る理由がある!」

「お兄さんだからって、フローリリアを害さないとは限らないですし、理由もわからず呼び出すなんて危険な真似したくありません。フローリリアは大切なお友達ですから!」


 じゃあ、と軽く手を挙げて、寮内へ駆けこんだ。

 入ってしまえばこちらのものだ、相手はもう追ってこられない。


 私はさっさと寮部屋に帰ると、フローリリアに「ただいま」と言った。

 私の帰宅を待っていたらしいフローリリアは、にっこりと微笑んで迎えてくれる。少しだけ、安堵したように表情を緩めたのを見てしまった。

 どうやら、心配をかけてしまったらしい。


「よかったですわ、丁度夕食へ行こうと思っておりましたの」

「待っててくれたんだ! ありがとう~」


 フローリリアと食堂で夕食を食べたあと、ベッドでごろごろしていると、さっきのことを思い出した。


「帰ってくる途中、お兄さんを見たよ?」


 すっかり忘れていた。

 フローリリアは、きょとんとした顔をして、首を傾げた。


「まぁ、何もされていませんか?」

「うん。茂みに引っ張り込まれただけ」

「……あらお兄様ったら、わたくしのエリアナになんてことを。ふふ、ふふふ」

「なんか、フローリリアを呼んでほしかったみたい。用事あったらしいんだけど」

「無視して構いませんわ。本当に緊急の呼び出しでしたら、手紙が届きますから」

「そっか、よかった。なんかこそこそしてたから、フローリリアを呼びだして欲しいっていう頼みを断っちゃったんだ」

「懸命です。お兄様には関わらないほうがよいでしょう。エリアナは光属性として有名ですからね」

「属性といえば、お兄さんもブレスレットしてたね。属性って、遺伝なの? 親から子へ」


 こて、と首を傾げると、フローリリアは頷く。


「遺伝する場合もありますわ。でも、必ずしも遺伝するわけではなく、属性なしの両親から属性もちの子が生まれる可能性もございます。ただ――」


 フローリリアは、言葉を選ぶようにして、ゆっくりと話し始めた。


「闇属性は、優性遺伝なのです」

「優性っていうと、つまり……優先的に、属性が遺伝するってことかな」

「その通りですわ。両親の片方が闇属性であった場合、もう片方の親の属性を遺伝として引き継ぐことはありません。しかも、闇属性は遺伝として子へ引き継がれる確率が非常に高いのです」


 生存本能の強い遺伝子なのか、なるほど。


「ですが、闇属性のものは以前にも話した通り、生まれてすぐ処分されるかデルとなって理性を失います。なので、婚姻して子を成すことは滅多にありませんの」

「ふむふむ。フローリリアの家系は特別ってことだね」


 フローリリアは少し驚いた顔をしたあと、うっすらと頬を染めて微笑んだ。

 可愛いぞ、フローリリア!


 お風呂に入って、寝る支度をすると、お互いにベッドに入った。

 昨日は締め切ったパーテーションを、今日は開いている。


 ベッドからフローリリアの姿が見えて、ほっこりした。

 いいなぁ、こうして一緒にいるのは。


「エリアナ。以前あなたのことを調べる許可を頂いたのを覚えておられますか?」

「うん」

「調べさせていた情報が届きましたの。エリアナが受け取った、入学推薦状の送り主も判明いたしましたわ」

「ほんと⁉ すごいね、フローリリア!」


 私、調べる方法さえわからないのに。

 さすが私の自慢のお友達だよ、優しいだけじゃなくて頭もいいんだ!


 フローリリアは少しだけ迷ったように口を開いたあと、閉じた。


「このお話は、また明日、寮へ戻ってから致しますわ。長くなりそうですもの」

「わかった、色々ありがとうね」

「どういたしまして」


 やっぱり、村を出てきたよかった。

 こんなに楽しい毎日が過ごせるんだから。


 穏やかな心地で眠りについて、すっきりと朝を迎える。

 朝食を一緒に食べながら、ふと思い出して、フローリリアにきく。


「そういえばお兄さん、なんだったんだろうね。急ぎじゃないにしても、わざわざくるくらいだから、何か用事があったんだろうけど」


 呼び出しを断ったのは私なんだけど。

 話せない理由で呼び出せとか、正直、気持ち悪いし。


 うん、断ってよかったよ。


 フローリリアは、パンにたっぷりとバターを塗りながら、当たり前のように答えた。


「夏休みの予定についてでしょう。夏休みは学校が閉鎖されますから、自宅へ帰ってくるだろう? っていう確認にきたのですよ」

「……ん?」


 今、物凄く重要なことを聞いた気がする。

 学校が閉鎖?

 え、まって。

 じゃあその間、どうしたらいいの?


 生活費は⁉

 食費をどうしよう。

 住み込みで働けるところを、今から探しに……駄目だ、外に出たら襲われて死ぬ!


「エリアナ、もしよろしければ、我が家にきませんこと?」


 フローリリアが、微笑む。

 天使がいた、ここに。


 全力で頷きたいけれど、ひと月もの間、人を住まわせるのは結構なカネがかかる。生活費まで甘えるわけにはいかない。

 何より、光属性として有名になりつつある私を、家に招いちゃって大丈夫なのか、そっちも心配である。


「行きたいんだけど、他に方法がないか探してみる」

「エリアナはもしかしたら、寮待機かもしれませんしね。ベリル先生から授業を受けるのでしたら、特例として滞在許可が出るかもしれません。属性もちのなかでも優秀な生徒は、長期休暇でも学園に残ることがあるのですよ」


 ほうほう、なるほど。

 これは一度、バハムートに確認したほうがよさそうだ。


閲覧、ありがとうございますm(*_ _)m


まったり更新ですが、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ