9、エリアナの生い立ちと、推薦状の送り主 ★フローリリア視点★
フローリリアは、側近たちが集めてくれた報告書に目を通していた。
時刻は深夜、皆が寝静まった時間である。
フローリリアは寮の自室にいた。
ほかの部屋よりも広い特別仕様の二人部屋で、それぞれのベッドの周囲を囲うパーテーションがついている。
フローリリアは、ちら、とエリアナのベッドのほうを見た。
パーテーションが閉まっている。
エリアナは、パーテーションを閉めることが少なく、着替えるときもそのままだ。フローリリアも最初こそ寝顔を見られるのが恥ずかしくて戸惑ったが、エリアナと過ごすうちに、パーテーションを使わなくなった。
だからこそ、あえて閉じられたパーテーションが心に痛い。
フローリリアは、改めて手元の書類に目を向ける。
これは、エリアナについての情報だ。
彼女の生い立ちについて変わったことがあれば、彼女の持つ闇と光の属性について何か糸口を掴めるかと思ったのだが。
エリアナの許可を得て、エリアナも知らないような事実を探そうと試みたが、彼女が引きこもってしまった今、情報のすり合わせも侭ならない。
軽く、息をつく。
フローリリアは、引き続き一人でエリアナの情報を確認することにした。
エリアナについてだが、まず、彼女には肉親がいない。
母親は幼いころに死亡、父親も二年前に他界している。
兄弟もなく、エリアナは一人で生計をたてていたらしい。おもに、薬草を採取したり、山で珍しい素材や食材を調達したりして、微々たるカネを稼ぎつつ自給自足していたそうだ。
そんなエリアナは、この春で村を出ることが決まっていた。
フローリリアにはわからないことだが、村長を含めた村人たちがこぞってエリアナを追い出したがっていたというのだ。
たった一人で暮らす少女に対して、惨い仕打ちだと思うけれど、なぜこのような暴挙に村人たちが出たのか、理由はわからないとのことだ。
エリアナは、父親の知人から届いた国立特殊学園への入学推薦状を頼って、今年、村を出たらしい。
本人も、田舎から荷馬車を乗り継いでやってきたと言っていた。
この話は、エリアナ本人からも聞いている。
いくら父親の知り合いとはいえ、あくまで自称知り合いであって顔も知らない相手の手紙を信用などするものだろうか、とフローリリアはエリアナの軽率さに危機感を抱いていた。
だが、他にすがるもののないエリアナにとっては、自分の居場所を示唆してくれる手紙を信じたかったのだろう。
エリアナは手紙を大切に保管しており、相手の名前も残っていたため、特定は早かった。
手紙送り主名前は、ルファ・トキシス。
この名は、四大貴族の一つ、ゲーゲンバウアー家当主、ジギスファルドが使用しているアナグラムであり、王都にある邸宅より発送されたことがわかった。
国立特殊学園の学費は結構な金額だというのに、エリアナはほとんどが免除になっているという点からも、エリアナを推薦した「後見人」はとんでもない相手だと思っていた。
とはいえ、予想以上の大物だ。
四大貴族といえば、呼び名こそ貴族であるが、王族の血族に当たる『大貴族』であり、上流貴族とは大きな隔たりがある。
益々エリアナの正体が、わからなくなった。
だが、これだけの大物が推薦したうえに彼女に学費を支払っているのだから、エリアナはただの属性持ちではないのだろう。
(どうして、それを本人に教えて差し上げないのかしら)
エリアナは、何も知らないまま学園へやってきた。
無邪気に「ここは人がいっぱいいて楽しいね」と笑う彼女の笑顔の裏に、孤独という影がちらつくことも暫しあったが、まさか、ここまでとは思っていなかったのだ。
(わたくしは、どうしたらいいのかしら)
初めての友達だった。
闇属性ということで、閉鎖的な場所で育ったフローリリアに友人はいない。すべての事情を知っている側近はいるが、彼らは主従の関係を崩しはしないし、友人と呼べる気安さはないのだ。
そういった意味で、エリアナはフローリリアにとって特別な存在だった。
彼女を守りたい。
フローリリアは、目を伏せる。
今日の校外学習で、デルが現れた。
エリアナは、使いこなせない力を使ってデルを撃退してくれた。
エリアナが撃退しなければ何人が犠牲になっていたかわからない、とサリーも青い顔で言っていた。
襲われたベッシュは昨日十五歳を迎えた属性持ちだった。
ほかの学生より属性の力が強かったため、デルを引き寄せてしまったそうだ。
こういう事故を覚悟のうえで、フローリリアたちは入学を決めている。
けれど、エリアナは随分と責任を感じているらしい。ベッシュの友人だったアマリリスの言葉が、胸に刺さったのだろう。
あのあと、あの場にいた生徒によって、何があったのか同級生や他学年の間に、一気に噂が広がった。
エリアナを見る皆の目は以前より厳しくなって、以前に「光属性なんていらない」と言っていたこともあり、わざと力を使わずにベッシュを見殺したのではないかという、心無い噂もたった。
デルから生徒を救った英雄として持ち上げられてもいいはずなのに、なんという見解だろう。
エリアナは何も言わなかったけれど、思うところがあるに違いない。
フローリリアは、なんと言えば皆に分かってもらえるかと考えていたけれど、エリアナはそんなフローリリアに「寮部屋以外で私に関わらないほうがいいよ」と言ったきり、距離を置くようになってしまった。
フローリリアは魔具の明かりを消して、布団にもぐりこむ。
闇属性に生まれた自分は、可愛そうだと思っていた。でも、そんなことはない。母親とは仲が微妙とはいえ闇属性に理解のある家族もいるし、ブレスレットをしていれば、普通に過ごすことができるのだ。
エリアナの笑顔が亡くなっただけで、これだけ寂しいなんて思わなかった。
部屋は肌寒くて薄暗く感じるし、食事の時間も楽しくない。
フローリリアは、その日一晩、明日の行動について考えた。
翌朝、やはりエリアナはフローリリアを避けていた。
朝食をとるために食堂に行くと、エリアナを見た生徒たちが、ひそひそと微妙に聞こえる声で、露骨な噂話を始める。
(どうしてこんなことをされないといけないのですか)
悔しくて、フローリリアは拳を握り締める。
教室へ移動したあとも似たような光景が続いて、フローリリアは我慢できずにエリアナに抱き着いた。
ぎゅうぎゅうと剥がされないようしがみつきながら、周囲を見回して、いや、睨みつけて、言う。
「あなたたち、恥ずかしくありませんの⁉ ひそひそとエリアナのことを話すなんて、愚かすぎますわ!」
フローリリアの言葉に、気まずそうに視線を彷徨わせるもの者がちらほらと見えた。より剣呑さの増した生徒が、言い返してくる。
「光属性のくせに、バッシュを見殺しにしたんだろ? 当たり前じゃないか! 悪く言われないほうがどうかしてる!」
「光属性だからなんだっていうのですか。エリアナは、まだ入学して一か月も経っていないのですよ。ヘルハンターの資格を得ていないどころか、学校を卒業もしていないのにデルと戦えとおっしゃるのは、おかしいのではありませんか⁉」
「でも昨日は撃退出来たって聞いたぞ!」
「確かあなたも属性持ちでしたわね。今、あなにどれくらいの魔力が扱えるのです? エリアナのようなことが出来るのですか?」
「なっ、出来るわけないだろうが! 僕は光属性じゃないっ」
「何属性だろうが、属性を知ってから左程時間が経っていないのですから、操ることができなくて当たり前ですわ! そもそも、本来、デル対策はエリアナの役割ではございません!」
「でも――」
「命の危険があることは、承知の上で入学しているのです! 各々が対策していくべきでしょう。昨日校外学習に行った皆は、どれだけ自分を守るすべを考慮されていたのです? エリアナを責める前に、自分自身さえ守れぬ自分の浅はかさと、足りぬ頭を反省なさいな!」
しん、と教室が静寂に包まれる。
(い、言ってやりましたわ!)
こんなふうに怒鳴るなんて、生まれて初めてだ。
かなりドキドキしている。
もしかしたら、フローリリアも周りから冷たい目で見られるようになるかもしれない。
それでも、抱きしめたエリアナの身体は絶対に離さない。
そう思っていると。
ぐいっとエリアナのほうから、腕を回してきた。
力いっぱい抱きしめられて、驚いていると。
「……ありがと」
ぼそり、と消え入りそうな声が聞こえてきて。
ふいに、ぽろぽろと涙がこぼれた。
エリアナは泣いていなかったけれど、フローリリアが大泣きしたことで、周囲がこれまでと別の意味でざわめき始める。
「わ、どうしたんだ!」
トラビスが教室に入るなり、声をあげた。
遅れて教室に到着したアルフレッドも、驚いた顔をしている。
「おい、なんで泣いてんだよ。なぁ」
「エリアナがぁ、大好きなのですぅ」
「はぁ?」
ぽろぽろ。
こぼれる涙を、エリアナが拭ってくれる。
昨日から逸らされていた視線が戻ってきて、また涙腺が緩んだ。
「エリアナ、昨日はありがとう」
おろおろするトラビスを涼しい顔で通り過ぎて、アルフレッドがエリアナに声をかけた。
「校外学習のとき、置いて逃げちゃってごめん。怖くてびっくりして、自分のことしか考えられなかったんだ」
「え、や、アルフレッドが謝ることないと思うよ。そういうものだよ」
「……そうだけど、エリアナは無理をしてデルを撃退したって聞いたから。身体は大丈夫? 光属性って、順序を経て慣らしていかないと、身体に負担がかかるって聞いたんだ。いくらなんでも、デル撃退方法まで学んでるはずないし、大分無理したんじゃない?」
アルフレッドの言葉に、教室中が息を呑む。
エリアナも、ぱちぱちと目を瞬いていた。
「……わ、わたくしの」
「フローリリア?」
エリアナが、首を傾げて視線を戻す。
フローリリアはぐっと拳を握り締めて、アルフレッドへ叫んだ。
「わたくしのやりたかったこと、取らないでくださいませ‼」
意味が分からず目を瞬くアルフレッド。
エリアナが、おかしそうに笑い出したので、まぁよしとしよう。
くしゃくしゃのハンカチを差し出したトラビスにお礼を言って、一応受け取っておく。
気づけば、昨日までと変わらない四人になっていた。
いや、少しだけ距離が縮まっただろうか。
エリアナの言っていたように、学校は賑やかで楽しい。
フローリリアは、エリアナの笑顔を見て、自身もむふふと微笑んだ。
閲覧、ブクマ、ありがとうございますm(__)m
次は、明日の18時前後に更新予定です。
お話のキリがよいので、今日は二つ更新させて頂きました。