第七部 ハンシャの狐娘
私は戦うのが好きだ。色んな強い奴と戦ってきた。だけど、戦えば戦うほど私の周りから人が居なくなった。ちょうどその頃、初めて喧嘩で負けた。彼はハンシャの主と呼ばれていた。悪い人だって言われてたけど、頭の無い私に居場所を作ってくれた。私には優しくしてくれた。
でも誕生会で突然目を覚まさなくなった。皆は歳だって言ってたけど、あんな化け物がそんなもので死ぬ訳が無い。
それに何より、主が死んだ後、私の地位もはく奪された。次のドンは気色の悪い笑みで私を見つめきた。情けない事に、毒が怖くて素直に出てきてしまった。 死ぬのが怖かったんだ。
それから宛のない旅が始まった。私は次の主を探していた。そして今日......二度目の敗北を知った。
「ここは......」
知らない天井、そうだあの少女に負けたんだ。何故か敗北感よりも安心感が詰め寄ってきた。複雑で懐かしい感情。暫くすると、一匹の三毛猫が近寄ってきた。
「気がついたようじゃな。しかし......ピクリともしないもんじゃから、術が失敗したかと思うたぞ」
喋った......あの少女の使い魔だろうか?にしては流暢に喋る。
「ふぉふぉふぉ、しかしお主苦労したんじゃのぅ......。故意的では無いんじゃ、そこだけは分かって欲しいんじゃが、反魂の儀式を行った時に記憶に触れさせて貰ったでのぅ」
そっか、私は死んだんだ。......と言うか生き返りの魔術は禁忌のはずでは......。
「主......お嬢のこと殺す気無かったんじゃないかぇ?本気で殺す気なら幾らでも首を取れただろうにのぅ。何処の種族でも戦士が不器用なのは同じじゃの」
このジジィ......でも不思議と悪意は感じない。気に入らないなら蘇生する必要なんてないのだから。
「ありがとうお爺さん。良ければなんだが、あの少女にお目通しを願えないだろうか」
「そう暗く考えんでも、直ぐに会えるだろうよぅ」
「篇ナどうするの、武器屋追い出されたけど」
「ぐぅ、どうするも何も他に店を探すしか無い。行くぞ」
どいつもこいつも見た目が幼いからって舐めやがる。僕は二十六歳だぞ。確かに見た目は小学生かも知れないが......、流石に話し方や対応で分かるだろ。
「......ちょっと面倒い。もう六件も回ってるのに」
「運転してるのは僕で、叶女は座ってるだけでしょうが。背に腹は帰られんし裏通りに行こう、客を選ばない店があるかも知れん」
当たり外れが大きいだろうけど......皮のアーマーでも布の服よりはマシだ。最悪力づくでも商売させてやる。どうせ刀なんてなかったし、裏通りの店なら警察に何か訴える事ははばかられるだろう。
大通りのショーウィンドウが並ぶ通りから何本か外れ、冒険者ギルドに近い町工場が連ねる場所へ来た。道幅は狭く、車二台のすれ違いが限界である。
暫く見回っているとレンガ積みの壁と黒塗り竈とたたらが目に飛び込んできた。まさか異世界の地で拝見できるとは......東亜血亜の東島に古くから伝わるからくりである。もしやこの世界には神がいるのでは。そう思わせる程の奇跡的な出会いだ。
思わず路駐し叶女に車を任せ建物へ駆け寄ってしまった。僕の急変を見たからかあの子はポカーンとしている。
「すいません!少しよろしいでしょうか」
声を張って工場の奥へと呼びかける。あまり壁の無い作りで、古くからの年季を感じた。これは当たりかも知れない。変に小綺麗な店舗よりも、使い込まれた工具に囲まれた街の工場の方が腕に信用できる。そんな偏見が見え隠れするものの、工具や職人の腕前を直に見られる方が安心するタイプなのだ。
「あぃ、何でぇ童。かぁちゃんとはぐれたか?」
おぉ、和服だ。こっちに来てから初めて見たが、あれは東島の甚平に近いだろうか。全体的に煤で黒ずんでいた。
「僕はガキじゃないですよ。して、貴方は此方の鍛冶師の方ですか?是非作品を見せて頂きたいんですが」
「そうだが、その腰にぶら下げてる獲物、おめぇ傭兵か冒険者だろ。オラは庖丁鍛治なんだがよぅ......。まぁ車も入れなあかんし、取り敢えず来いや」
「ありがとうございます」
車を駐車場へと入れ、叶女を連れて工場へと進んで行った。どうやら個人で営んでいる小規模なものらしく、面積はさほど大きくなかった。
「こいつらがオラの打った包丁なんだが......さっきも言ったようにおら包丁鍛治だ。剣なんて打てねぇぞ」
並べられた包丁は、透き通る地金の質感に滑らかな刃文、明らかに刀剣のそれであった。此方の世界では剣の基本は両刃の西洋剣である。確かに彼は剣は作れないだろう。だが、和刀は別なら別である。
「オヤジさん.....名前は何と言うんですか」
「黒縁 廉太郎だが」
明らかに同郷の名前だ......。だが見た目はどう見ても黒色系でダンディなハリウッド顔だ。言及するのは控えた方が良いな。
「黒縁技師、貴方の腕前を見込んで頼みがあります。私の軍太刀を打って欲しい」
今の軍刀は前の世界から持ち込んだものなんだが......その影響か魔力を流す事が出来ないのである。愛着はあるものの、戦場でハンデを負うのは危険だろうと決断したのだ。
「いや、だからオラは庖丁鍛治だって言ってんだろ?武器屋なら表通りにいっぺぇあるぞ」
「貴方でないと駄目なのです。これら包丁の刃はとても美しく素晴らしい。貴方の技術があれば最強の武器を生み出せる、そのためなら僕は相応の代金を払いましょう」
良かった、オヤジさんの表情が満更でもない感じになって来ている。
「お願い、出来ないでしょうか」
「ふふふ、ははははは!!物好きも居たものだな、こんな寂れた工場にこだわるなんざよぅ。まぁやれるだけやってやる」
良かった、このオヤジさんに受けて貰えなかったら本当に詰みかねない所だった。
「ありがとうございます、黒縁技師。改めて......僕の名前は緋染 篇ナ 冒険者です。よろしくお願いします」
「おう宜しくな。所でなんだがお前ぇ冒険者ランクは幾つだ」
冒険者ランク......あぁ、そう言えば書類の中にも書いてあったな。確かギルドへの貢献をポイント化し、その累計でランク付けされるものだったはず。E~Sまであり、Aを越えると爵位が貰える。確か自分はDだったか、まぁ日にちが浅いので当たり前ではある。
「Dだな、まだギルドに入ってから日にちが浅いものでね」
「そうけぇ......それなら仕方ないかね。まぁしっかり代金を払ってくれるんなら、オラは何も言わん。ほんで何を打てばええんだ」
「今回打って欲しいものは軍太刀と薙刀です」
「聞かん名の武器だなぁ」
「図面を持ってきているので、詳細はそちらの方を見れば大丈夫かと。あ、報酬の方なんですが、前金が三万五千マドカ、追加で八万マドカ、合計十一万五千マドカ(三十万円)でどうでしょう」
そう言って厚い封筒を差し出した。前金の三万五千マドカ、約十万円である。色々と臨時収入があったので今回は奮発だ。僕が思うに人を動かすのは名声?情?いいえお金なのです。現に親父さんはホクホク顔で僕の両手を握っている。依頼物は命を預けるもの、やる気を出して打ってもらわないと困るのだ。
「全力を持って期待に応えて見せよう」
交渉成立だ。でも......これからさらに仕事が増えそうだな。若いのを二人抱えて、職人に個人受注までしたんじゃ仕方も無いか。
百合百合するのは、九話あたりからやで......((ボソッ…