第四話 魔族の力
コンッコンッと重厚なノック音が部屋に鳴り、許可を得たメイドらしき女性が静かに扉を開け入室を促す。 彼女の首元には幾何学模様の紋章が隙見えていた。
訪問者が一頻りの挨拶を済ますと、主は本を閉じる。
「大司教様、ベルムンク領の神父より緊急の伝令が届きました。シュツリーム家の長男カルルス中佐が巡回中に魔族に遭遇。その後消息不明になっているとの事。捜索隊を出し捜索中との事ですが、痕跡が無いようで成果は芳しくなく......」
大司教と呼ばれた男は茶菓子を手に取り、咀嚼している。興味のなさがあからさまに伝わってくる態度だ。
「了解、下がっていいよ」
失礼しますと言葉を残し、使いの者は去っていった。
「テルム~普通魔物の襲撃だったら残骸が残るよね」
「そうですね。不自然ではあります」
秘書らしきスーツ姿の女性が淡々と答え、ポットを手にとる。紅茶を足す動きには一切の無駄が無かった。
「何か気になるなぁ、狗から二部隊だそうか~」
「承知致しました。そのように進めます」
一通り悩んだ後、男は再び読書を再開した。
袈裟斬りにゴブリンが切り裂かれ、ギャッと断末魔を残し崩れ落ちる。それを脇目に飛びかかってくる二匹を、横薙ぎに斬り飛ばす。これで辺りのは片付いたのだろうか。視線を上げた瞬間、雨のように肉片が降り掛かってきた。目玉に歯に指に......正直とても不快だ。
何事かと見渡すと、そこには素手でゴブリンを殴り飛ばす叶女の姿があった。......うぉお、流石魔族の血を持つ子だ。拳の圧でバラバラに吹き飛んでる。
車で出発してから約一週間。夜になると毎日のように魔物の襲撃に会う。もしかしてだが、あの子の魔力に引き寄せられているのでは......。
「意識的か無意識かは分からんが、拳の周りに無属性の魔力を纏っておるのぅ。地の腕力に合わさって威力が計り知れんの事になっちょる。ふみ坊の回避能力を持ってしても無傷で居られるか、怪しいのではないかぇ?」
「むぅ......怒らせないよう努めるさ。それに散らしてる相手は言っても雑魚敵さ」
(坊よ、さっきから群がっているのは、ゴブリンの中でも上位種なブラックゴブリンじゃ。中堅クラスの冒険者パーティでも手に余るだろうのぅ)
「篇ナ、終わった」
魔力を纏っているからか、拳に血が付いていなかった。が、顔は血に塗れている。新品の手拭いで拭いてやると、少し頬を染めていた。
焚き火は寝る必要のない爺ちゃんに任せて、車内に布団をひく。最近は叶女の警戒心が薄れてきたのか、こっちの布団に入ってくるようになってきた。僕がロリコンじゃなくて良かったね、少女よ。
遠目に城壁が見えたのは、あれからまた一週間ほどが過ぎてからであった。それからの道程は整えられたコンクリートの道路に、渋滞とも言える車両の数。久し振りに近代の風を感じて、懐かしい感覚が戻る。あのドライバーくん元気にしているだろうか......案外僕は高官だったのである。
「お、次の次には僕らの番だ。爺ちゃん身分証持ってるんだよね」
「そうじゃよ。軍隊手帳をもっておるからの、これでも元軍人じゃから。これを渡せば一発じゃよ」
ドライブスルー形式での検問で、五、六人の兵士が屯所から出ていた。短機関銃を吊り下げたガタイの大きい男に囲まれると......やはり肝が冷えてしまう。
「ようこそルウナへ。身分を証明出来る物はあります?」
「どうぞ、此方を」
差し出したのは黒革仕立ての手帳だった。兵のお兄さんはペラペラとめくった後、目を見開いて裏へと駆けて行き、歳を召した上司らしき人を連れてきた。
「下の者が失礼致しました中将殿。ガルティ少佐と申します。お若いお姿ですが、流石纏っていらっしゃる風格が勇ましいですな。して、隣の三角帽子のお嬢様はお連れの方でいらっしゃいますか?」
触覚が目立つので、自作の三角帽子を被らせていた。気に入ってくれたようで、寝る時以外は一日中身につけている。
「ああ、通っても大丈夫かね」
「勿論でございます。ご武運を」
出ている兵士が全員敬礼をして見送ってくれた。何か申し訳ない気もするが......使えるものは使うべきだろう。
「言った通り上手く言ったろぅ?」
「助かったよ。しかし中将とはかなり上まで昇ったね」
「ふぉふぉふぉ、一応お抱えの魔術師をやっておったからの。まぁ部隊も持たない名誉将官じゃ、これぐらいしか使い道はないのぅ」
「ねぇ篇ナ、まずは何処に行くの」
叶女が珍しく先程から窓枠に食い付いている。新たな土地に地に足が着かない気持ちは分かるが、ここまで興奮するとは......。素手でゴブリンを吹き飛ばしていた子とは思えない。
「そうだなぁ、初めにギルドで身分証を作って、その後宿屋にチェックインするかな」
「宿屋......ふかふかのベッド楽しみ」
ごめんね、長らく車中泊で。偶に悪意を感じるんだよなこの子。
冒険は話数一桁台から、戦争は二桁台から始まります。多分。