プロローグ&第一話
「明日は何処に行こうか、爺ちゃん」
「そうじゃのぅ......あの山を三つ越えた先に大根の美味い村があるそうじゃ。行ってみるかぇ?」
「そっか、もう直に寒くなる時期だもんね」
鳥のさえずりが微かに葉を伝わり、黒い空には燦然と星が輝いている。けれど......月にはうさぎが居ない。
数日前......。
懐中時計を開き針を確認し、コツコツと鳴り響く踵を少し早めた。中将め、毎度毎度話が長いんだよ。何であんなのが昇格してるんだ、どうかしてるぞこの軍組織は!!会議にかけられかねない危険な心の叫びを飲み込み、扉をノックする。
「紫花先生、緋染 篇ナ少将です。ご依頼頂きましたファイルをお持ち致しました」
「どうぞ~」
軍人らしからぬ、気の抜けた返事を確認しガチャりと中に入る。定例の挨拶を済ませると機密と書かれた黒革の束を手渡す。人の良さそうな笑みを浮かべているが、対面している相手は兵器製造の第一人者だ。おいそれと話しかけられる人間ではない。直ぐに帰りたい......のに......。
何故か今紅茶を出されている。
「悪いね~わざわざ持って来て貰ってさ」
「いえいえ、滅相もない。職務ですので」
座れ座れと押された結果、対面してソファに座るという有り得ない構図になっている。しかしこの人、同性愛者だったか......話し方がやけに女性的だ。
「ふふふ、緋染少将くんってさ、あの名家出身なんでしょ?聞く所によると軍刀術の腕前が素晴らしいとか」
「身に余るお言葉ありがとうございます。僭越ながら緋染道場の師範代を務めさせて頂いております」
「へぇーじゃあ聞いた通りなんだね~。噂で良く流れてくるよ、誰も歯が立たないって。そうだ、今此処で型とか見せてよ!!」
この男......自分は殺られないって分かってるな。確かに少し腹は立つが事実ではある。この国の、とりわけ核兵器に関する製造には此奴が欠かせない。それに昇格の為にも、ここで点数を稼ぐのも悪く無い。
「ありがとうございます。それでは一つご覧にいれましょう」
扉の前に移動し軍刀の柄に手をかけ右脚を半歩前へ出す。上体を軽く屈め刃を逆さに上げ抜刀し、切っ先を山なりに描かせる。刀身が空気を切り裂く音が耳を鋭く突き、扉越しの人間すら耳鳴りを起こしたその瞬間......目の前が暗転した。
グラりという強い衝撃が頭に響き、目の前が暗転する。四肢が動かない。段々と感覚が消えていく......。
「......miな、uみな、篇ナ!!」
聞き覚えのある、低く、優しい声......爺ちゃ......。
瞼をあげると目の前には......猫?三毛猫が見下ろしている。
「おお、目が覚めたか。本当に良かった」
ひい爺ちゃんの声がする。と言うかあの人はもう死んだはず。
「爺ちゃんっっ!!」
ゴッッと言う鈍い音と共に起き上がった。隣で猫が顔を抑えもがいている。 しかし、周りを見渡すも辺りは鬱蒼と生い茂る森林で、人の影は無い。
「ここじゃ、ふみ坊」
頭の中にハテナが連立する。しかし間違いなく目の前の猫の口から懐かしい声が発せられている。それに気のせいか手が小さく感じる、視線も低いしジャケットの丈が膝を越えている。嘘だろ.....こんなコ〇ンくん現象が起こるはずが......。
「混乱するのも無理は無いが、軍人として良い姿とは言えんのぅ。まぁ、兎にも角にも今は現状を教えようかの」
ここは爺ちゃんが召喚され、新たな人生を行きた異世界。僕は同じく召喚魔法を受けて此処に飛ばされたらしい。地球とは違う剣と魔法の世界で、技術レベルもそこそこ高いらしい。爺ちゃんが雇われた帝國の兵器は近代的で、弾道ミサイルや戦車・戦闘機何かもあるらしい。然しながら未だ大きな疑問が残る。
「爺ちゃんは何で猫になってるの?」
「ふむ......まぁ、目に入れても痛くない曾孫の為なら、何をも厭わないという事じゃ」
これ以上聞いてくれるな、という意志を目に感じた。思わず凄んでしまう様な眼力は変わらず健在なようだ。
「何はともあれ、爺ちゃんに会えたのは嬉しいよ。六年振りだね元気にしてた?」
「ふぉふぉふぉ、わしも会えて嬉しいのぉ。元気にしていたよ、体も若返ったからの」
その日は爺ちゃんと焚き火を囲み、身の上話をして一日を終えた。爺ちゃん子であった僕には、別世界へと飛ばされた恐怖や不安を覆い尽くし余りある幸せであった。
彼女も何も居なかった僕の唯一の心残りは、母へ感謝を伝え損ねた事である。
アップロード時間帯20時~21時