雰囲気
よくある話です((((;゜Д゜)))
こちらの作品は、エブリスタさんにて連載中のショートショート集「引き出しの多い箪笥は、やけに軋みがちである」にも掲載しています。
「おはよう。」
支店長の襲来、である。
キイ――――ンと、雰囲気が、変わった。
あたりを包み込んでいた、のどかな空気。
みんなで和気あいあいと、リラックスしていたこの事務所内。
より良い店づくりをするとの名目で、二、三か月に一度、抜き打ちで社内の雰囲気を確認に訪れるのだが。
「みんな仲良くしてる?いじめとかないだろうね?社会人なんだから人のフォローを見返り無しでできるようにならないとだめだよ?この前みたいにさ…」
そう、前回。
少し前に入ったパートの男性が、支店長の聞き込みに、苦言を申し立てた。
いわく。
ここのパートは、みんな自分をかまってくれない。
ここのパートは、仕事を教えてくれない。
ここのパートは、自分にだけ厳しい。
ここのパートは、自分だけを認めようとしない。
ここのパートは、一緒に仕事をするに値しない。
ここのパートを仕切っている人の、能力に限界を感じる。
へえ。
新しい車を買ったことを自慢してきたので、ああそうなんですねと言ったらもっと聞けよといいましたね。
自慢話ばかりしていて作業が進んでいないのを注意したら逆切れしましたね。
仕事をお願いしたらこれは俺のやる仕事じゃないと言ってシール貼りをしている別の人のテーブルを乗っ取りましたね。
シールの貼る位置がずれていたからそれを指摘したら俺はこの位置でいいと思っていると言い張りましたね。
みんなでひーひー言いながらどでかい什器の移動してるのに目もくれず、あくびしながら一番楽な仕事を奪い取って、椅子に座ってましたけど。
どれだけ新しい仕事を教えても全く覚えようとしませんでしたけど。
ここのパート仲間たちは皆そろって、
「みんな仲良くやっていますよ!」
と、ニコニコ顔で報告した後の、苦言。
支店長は、それはそれは、お怒りになりまして。
あっという間に、パート全員、説教ですよ。
いわく。
パートはみんな、長年一緒に働いてきたから甘えがあると。
パートはみんな、なれ合いがあるのだと。
パートはみんな、思い込みで仕事を続けているのだと。
パートはみんな、初心に帰って思いやりを持って…
へえ。
気の毒なのは、店長だ。
こってり絞られたらしい。
それはそれはこってりと。
従業員の教育がなっとらんと。
いろいろ言われるけれど、店長は現状を嫌というほど、知っている。
いろいろ言われるけれど、店長は私たちの働きを、認めている。
いろいろ言われるけれど、店長はみんなをまとめているという、自信がある。
いろいろ言われたので、店長は支店長に現状を説明したけれど、聞き入れてはもらえなかった。
現状をまるで知らない、チーム外の部外者がチームの輪をぶち壊しにかかっている。
私たちは、団結した。
支店長は敵である。
この店を、つぶしにかかっている。
店を愛する私たちの団結力は、固い。
「支店長が来たら、塩対応、スルー推奨で行こう。」
「「「「「ラジャー。」」」」」
いろいろ探ろうとする支店長を軽くかわして、通常業務に勤しむパート仲間と、店長。
「今日はみんなスマートな働きしてるね、私語もなくていいね!ずいぶん変わったな、前回はひどかったからなあ!!!ははは!!!」
白い目を向けるのもばかばかしいので、みんな自分の仕事に集中している。
この、冷たい、空気。
やわらかさのかけらもない、つまらない空気。
みんなで助け合って、思いやって、たまには息抜きして。人がたくさんいるからこそ必要なものって、あるでしょう。そういうのが、今、ここにはないという事に、気が付かない支店長。
伝わらないもんだね、雰囲気ってやつは。
周りを見ない人って、なんでこんなに鈍感なんだろう。
「おいおいなんだ?このしけた空気は!俺の話聞いて元気出せよぉ!!」
この雰囲気をぶち壊したのは。
この雰囲気を生む原因となった人。
「あ、この前はどうも!あれからさあ、ずいぶん変わってさ!ここめっちゃ居心地よくなったわ!!みんな俺の話聞いてくれるようになったし!」
男性パート従業員は、タイムカードをしっかり切った後、喫煙室にこもりに行った。
支店長は、30分たっても出てこない男性従業員を見て、少々お怒りのようだ。
喫煙室から漏れ出したたばこのにおいが、張り詰めはじめた雰囲気と、混ざり始める。
支店長が敵から味方になる日は、近いのかも、知れない。




