哀愁
中高年のコスプレ流行ってるらしいですよ(又聞き
俺は鏡を見て、一つため息をついた。
ない。
一本も、ない。
かつてイケメンの名を恣にし、両手に花どころか360度花に囲まれたこともあった、この俺の。
頭には。
ぴったん。ぴったん。叩く音が響く。
見事に、毛が一本も、ない。
30を超えたあたりから、徐々に俺の頭は急激に寂しくなった。
40を超えた時には、もうごまかしようがなくなり。
50を超えた今、スキンヘッドとなった。昨日、スキンヘッドにしたのだ。
中途半端に頑張るよりもすっきりした方がカッコイイと嫁が言うので、乗っかった結果がこれだよ。
なんで口車に乗った!!俺の・・・ばかっ!!!
「ぎゃはは!!そうくさくさしなさんな!!」
無神経で豪快な嫁が俺を笑い飛ばす。なんて失礼なやつなんだ!!!
「かつて俺の頭に存在したっ!!10万本のお友達だぞ?!それがっ…ゼロっ…!!!」
「去るものを追い求めるとか女々しいな!!あきらめろよ!!!」
「ふさふさのお前にはわからんわ!!この!!俺の哀愁をっ!!」
日曜の穏やかな時間がパアだ!!ああ、丸めるんじゃなかった、なんで丸めた、ああアアア!!!
「そんなにふさふさがいいならいいもんあるよ!!」
ぶわさっ・・・!!
俺の頭に、もさもさの物体が。
・・・これは!!!
「…プっ!パパめっちゃイケてるじゃん!!どっから見ても髪型だけボーカルラブだ!!ハハハハ!!!ウケる!!写真!!ねえねえママ!!こっちきて!!!パパがミケになったー!!!」
娘はこのところコスプレにハマっているのだ!!毎日時間を見つけては、色とりどりのヅラをかぶって化粧をして動画を撮ったり、写真を撮ったり。全国各地に遠征するときはこっちまで借り出されたりして非常に振り回されてるわけなんだがっ!!!
「ちょ!!なんで女子のかぶせるの。こっちの赤いのとかいいんじゃないの。」
嫁もノリノリで俺の頭にヅラをかぶせてきやがる!!俺怒っていいやつだよな?怒るぞ…。
ぶわさっ・・・!
「…。」
「…。」
なんだ?黙り込みやがって。
「ちょ…パパめっちゃイケメンじゃん…。マジで?」
「この人昔すんげえモテてたんだって!…年とっても昔取った杵柄ってやつ?うわ、すごいな。」
さっきまで笑い飛ばしていた二人が、まじまじと俺を見つめている!!
「肌のくすみとかはさ、ドーランでゴテゴテにしたらイケる…ちょっと!!パパこのまま待機!!!」
あれよあれよという間に、俺は娘に化粧を塗りこめられ、ばっしゃばっしゃと写真を撮られた。
「パパ!!これ見てよ!!」
「おお?!はい?!なんだこれ!!俺かあ?!俺だわ!!すげえ!!!」
娘の差し出した画像を見て驚いた。俺が、若返ってる!!!
一気にテンションが上がった俺は、カラコンまで装着してノリノリで写真を撮りまくった。
自分のイケメン写真に、悦に浸っていると。
「化粧ちゃんと落とさないと肌に悪いよ、早く落としてきなよ。」
嫁からクリーム?の洗顔剤をもらった。ヅラを取って、洗面所に向かう。
くるくる顔面を撫でまわして、ざぶざぶ顔を洗う。…どこまでが額なのかわかんねえな。まあ適当でいいか。泡を洗い流して洗面台の鏡を見た。
頭の輝く、おっさんが一人。
「パパ!!今度一緒にコスレンタルしよう!!絶対いける!!!」
「おう!!!」
今まで髪に悪いからと帽子すらかぶったことがなかった俺の頭。
毎日きっちりがっちりセットして固めていた俺の頭。
守るものがなくなった俺の頭は、何をのせても構わないのだ!!!
朝方、哀愁を帯びていた自分の顔は今輝かんばかり。明日会社で笑われたらこのイケメン写真を見せつけて黙らせてやる!!俺には武器がある!!
「ふ、フフフ…!!!」
俺は明日からの羨望の眼差しを確信し、頭をぺちぺちと叩いた。




