アリ
大移動の邪魔したらダメです。
俺は一人、ぼんやりと公園のベンチに腰かけていた。
ああ、やることが、ない。
先日35年にわたり勤めた会社を退職し、やることがなくなった俺。
仕事人間だった俺に、趣味らしきものはない。
コンビニで、お茶と菓子を買い、昼頃までぼんやり過ごす、それが俺の日課となっていた。
今日の菓子は、子供のころ好きだった、缶入りのドロップだ。
40年もたつというのに、同じ形で今も売っているとは、恐れ入る。
ふたを開けることができなくて、おやじに開けてくれとねだったものだ。
ふたを開け、ドロップを一つ、取り出す。
…ハッカか。子供の頃はハッカが苦手だったが、今は美味いと感じる。不思議なものだ。
手の平に、ドロップのかけらが一つ残った。
払おうとした時、足元にありを見つけた。
…恵んでやるか。
小さなアリに、大きな俺が恵みを与える。
アリは、小さなかけらを大切そうに抱えて、移動を始めた。
俺はアリを追うことにした。
よたよたと進む、アリ。
俺は、このアリを踏み潰すことだって、できる。
けれど、そうはしない。
アリがベンチ横を抜けて、コンクリートブロック横まで来た時。
何やら、おかしな動きを、見た。
なんだ?
よく見ると、大きなさなぎ?卵?繭?を抱えたアリたちがものすごい数で連なって、帯を作っている。
巣の大移動なのか。…梅雨時には、こういうことがよくあるんだよ。
へえ、一生懸命はこんでいるな。
見とれていたら、俺が追いかけてきたアリを見失ってしまった。
まあ、いいか。あいつは今頃、お宝をもって巣に帰って、英雄扱いされているはずだ。
俺はアリの大軍を追うことにした。
ずいぶん遠くまで引越しをするようだ。
木の根元の巣から、岩を積み重ねた塀の隙間までの移動。
距離にしておよそ20メートル。
アリの足では遠い距離に違いない。
俺は、アリたちを労いたいと思った。
アリの新居となる巣の入り口の段差に、ドロップを一つ、置いた。
俺からのご褒美だ、ありがたく受け取るがいい。
しばらく見ていたが、アリどもはドロップには目もくれず、一心不乱に卵を、繭を運び続けている。
アリたちの勢いは止まらない。
勢いづいたアリたちが、ドロップを蹴る。
ドロップが、段差から落ちた。ドロップは転がって、グレーチングの下に消えた。
俺は言いようのない、怒りを覚えた。
俺が施してやったものなのに。
アリのくせに。
アリのくせに、人間の施しを受けないだと?
俺は飲みかけのペットボトルのお茶を、アリの行列に撒いた。
流れていく、アリ。
ペットボトルのお茶がなくなった。
俺は手洗い所から水を汲んできて、徹底的にアリを流した。
夢中になって、アリを流し続ける。
ぽつ、ポツン。
夢中になっている間に、雲行きが変わったようだ。
雨が降ってきた。
なんだ、俺が水くみしなくてもこいつらは雨に流される運命だったんじゃないか。
俺は急いで家路についた。
歩いても、歩いても、家につかない。
そして、頭の上から、大きなガラス玉が降ってきた。
俺は、そのガラス玉に押しつぶされて…。
「は!!!!」
「ちょっと、あなた大丈夫ですか?こんな暑いところで水も飲まないで。」
白昼夢?を見ていたようだ。
俺の手には、まだふたの空いていないドロップ。
俺は、数千のアリの軍隊を、見逃してやったのだ。
俺は、偉大だな。
アリよ、俺に、感謝しろ。
ふ、は、はは、は・・・・。




