階段
マラソンは5キロが限界です(´▽`;)ゞ
中学校に入学して、初めての冬。
全校マラソン大会が開かれた。
マンモス校の、全学年が参加する、冬の一大イベント。
私はマラソンが嫌いだった。
走ることが嫌いだった。
運動が嫌いだった。
50メートル走が16秒。
100メートル走が35秒。
体育の時間は地獄だった。
私は、太っていた。
学年一番、いや、全校生徒の中でも、一番体重が重かったと思う。
誰が見ても、太っている、そういう生徒だった。
3キロのコースを、全校生徒が、走る。
学校近くの球場を貸し切り、観客席を生徒が埋め、グラウンドと近隣住宅地を走る。
「一年生、スタートします」
パアンと、スターターピストルが鳴る。
一斉に一年生たちが、走り出す。
男子も女子も、みんな同スタート。
距離も同じ。一学年400人の、マンモス校。
どんどん同級生は前に走っていく。
一人置いていかれる、私。
グラウンドをびりで通過する。
住宅街に行くと、誰もいない。
どこを走っていいのか、わからない。
立ち止まろうとしたら、遠くから先生がやってきた。
先生が、走る私の横を、歩いて伴走する。
私は息も絶え絶えで、一言もしゃべる気力がない。
ゼイゼイ、ハアハアなんて生易しいもんじゃない、人を呪い殺さんとばかりの喘鳴が響き渡る。
すれ違う通行人たちは、憐れなものを見る目、気の毒なものを見る目、見てはいけないものを見る目を、向ける。
球場によたよたと戻ってきたとき、ほかの一年生たちは全員ゴールしていた。
球場の真ん中で、体育すわりをして、よたよたと前に進む私を、800の目玉が、見つめる。
拍手が、おこる。
ぱちぱちと、拍手が響く中、よたよたと、前に、進む。
スタンドには、二年生、三年生がいた。
一年生が全員ゴールしてから、二年生がスタートすることになっていた。
グラウンドを、一周しなければならない。
二年生の前をよたよたと通過する。
800の目玉が、私を見つめる。
拍手が起こる。
三年債の前をよたよたと通過する。
800の目玉が、私を見つめる。
拍手が起こる。
がんばれ!
あとちょっと!
まけるな!!
大歓声、拍手の中、私はよたよたと、ゴールした。
「あーあ、体冷えちゃったよ。」
「おっせえな、リタイヤしろよ。」
「キモイ呼吸ウケる。」
「休めばよかったのに。」
ひどい言葉が聞こえてくるが、言葉が返せない。
まだ息が上がっていて、声が出ないからだ。
涙は、出ない。
水分が出切ってしまったのかもしれなかった。
2400の目玉に見つめられて、私は一大決心をした。
来年は、こんなふうには絶対ならない。
その日から、毎日運動をするようになった。
家から少し離れたところに、300階段があった。
そこを毎日、登ることにした。
神社の階段。少し、神頼みをしたかったのも、ある。
雨の日は傘をさして。
毎日、毎日、欠かさず、登る。
この階段を、登ったら。
この階段を、登り切ったら。
私は変わる。
私は、変わることができる。
私はそう信じて。
毎日、長い階段を、登った。
一年後。
一年生が、スタートした。
私は、一年前の自分を、グラウンドに見た。
遅れている子が、いる。
私はマラソン大会の運営委員を引き受けていた。
去年の恥ずかしい経験が、自分を奮い立たせたのだと思う。
グラウンドと一般道の出入り口辺りで、遅れている子を待つ。
…きた。
大丈夫。この子は、まだ前に走っている子がいる時に、ゴールできそう。
大丈夫。去年の私みたいに、傷つく子は、いない。
無事一年生が全員ゴールした後、二年生がスタートした。
私は2400の目玉に見つめられてゴールをすることはなかった。
順位は、300番。
同級生に、紛れることができるようになった。
体重はずいぶん落ちて、同級生の中にいても、目立つ姿ではなくなった。
体が軽くなると、体を動かしたくなった。
もう、登る必要がない階段を、毎日登り続けた。
いつの間にか、体を動かすのが、日課になっていた。
今でも、階段を上っていると、あの日の自分を思い出す。
あの時、絶対に変わるんだと誓って登った階段。
あの日の私の、真摯な努力。
今も忘れたくない、一途だった、自分。




