伝説
そもそも伝説とは、かなり曖昧なもので。
こちらの作品は、エブリスタさんにて連載中のショートショート集「引き出しの多い箪笥は、やけに軋みがちである」にも掲載しています。
ある世界に、伝説が残されておりました。
この世がピンチになった時に、勇者が現れるであろう。
だから安心して暮らしなさい。
人々はそんな伝説にすがって生きておりました。
ある時、ものすごい天候不良が続きまして、いわゆる飢饉になっちゃったんです。
この世のピンチだ、勇者が来るぞ。
バッタバッタと人々が倒れてゆく中、いつまでたっても勇者は現れません。
ずいぶん人数を減らした村で、誰かが言いました。
「この程度で済んだんだから、勇者が来るほどではなかったんだ。」
家族を亡くした者たちは、勇者に見捨てられたと嘆きました。
ある時、突然大きな魔物が村を襲いました。
この世のピンチだ、勇者が来るぞ。
もっしゃもっしゃと人々が食われてゆく中、いつまでたっても勇者は現れません。
満腹になった魔物が立ち去った村で、誰かが言いました。
「この程度で済んだんだから、勇者が来るほどではなかったんだ。」
家族を亡くした者たちは、勇者に見捨てられたと嘆きました。
ある時、勇者を名乗るものがやってきました。
この世のピンチがいよいよ来るぞ。
そわそわし始めた人々の中で、勇者は何もせずのんびりしています。
勇者が居座るあわただしい村で、若者が言いました。
「あなた、本当に勇者なんですか?」
怒りに我をなくした勇者は、失礼な若者を村から追放して嘆きました。
「勇者を蔑ろにするなんて、酷いやつもいたもんだ。」
若者は、追放されて、どこかの国へと旅立ちました。
どこかの国で、たくさんの人たちと出会って、絆を深め、共に成長しました。
いつしか若者は、大きな国の代表になっていました。
若者は、王様になっていました。
ある日、王様は、小さな村から勇者がいなくなったことを知りました。
勇者どころか、誰もいなくなったことを知りました。
村は、なくなってしまったのです。
王様は、昔過ごした村を思って、涙をこぼしました。
あの村に、勇者はいたのですよ。
勇者に質問したあなたこそが、勇者だったのです。
勇者を勇者と気付けなかった、ただそれだけの、事なんです。
村人たちは、勇者を追い出した。
ただそれだけの、事なんです。
勇者が村をすくえなかったのは、どうしようもなかったことなんです。
そんなことを考えながら、神様は、誰もいなくなった村を湖の底に沈めました。




