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反映ーreflectionー  作者: たかさば


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20/135

茜色

夕焼けの赤紫色とオレンジ色のコラボレーションがとても好き(*´-`)


※こちらの作品は、ノベリズムさんにて連載中の「誰かのため息は、ずいぶん蒼くて…重いらしい。」でも公開しています。

(あかね)という名を持つ私は、昔から夕焼けがあまり好きではなかった。


赤は、とても色鮮やかで、目立つ色。

その明るさに、目を奪われるというのに。

茜色は、少し暗い、淀んだ色のイメージがあるから。


いつから嫌いになったのかと、思い出して、みる。


あれは。


中学校の、美術部の、先輩。


「茜色って、汚い色なんだね。」


人並外れたデッサン力の持ち主だった先輩が、私の名を持つ色を、酷評したのだった。


あの、たった一言、二秒ほどの時間が、私をずっと、苦しめる。

先輩は、もう私のそばにいないというのに。


何気ない言葉が、一生残る。


その怖さを知っている私は、無口になった。


いつか、私も。


先輩のように、誰かの心に瑕疵を残すようなことを、言ってしまうかもしれない。



囚われ続けた、茜色。

私の名を持つ、夕焼けの色。



茜色の空で検索をすると、美しい情景が、たくさん、たくさんパソコンに出てくるけれど。


「茜色って、汚い色なんだね。」


たった一人の、あの言葉が。

わたしを、卑屈にさせる。


普通に毎日暮らしていても、時折ふと出てきてしまう、この、感情。

私はずっと、捕らわれ続けてしまうのだろう。




「おかあさん。みて。」




保育園の帰り、歩道橋を渡る私と娘の目に、夕焼けが見える。

ああ、嫌いな、汚い色だ。


「オレンジいろと、あかいろと、まざって、すごくきれい。」


娘のクレヨンは、赤と、ピンクと、オレンジの減りがとても速い。

お気に入りの、色なんだろうな。

先週、新しいものを、買ったばかり。


「あのいろは、どうやってだしたらいいのかな?」


少し芸術家肌の娘は、このところスケッチブックに、絵を描くことにハマっている。

…この、汚い色を、娘は描こうとしているのか。


「そうだね、赤と、オレンジと、黄色に、紫…全部混ぜたら、汚い色になるから、それで完成?」


「きたないって、いわないで!!」



しまった。

卑屈な自分の、卑屈な一言が。

娘の心を、傷つけてしまったかも。


「おかあさん! いろは、ぜんぶきれいなの!! あやまって!!!」


めちゃくちゃ、怒られた。


「ご、ごめんなさい。」


娘は、傷つくどころか、怒りを堂々と私にぶつけてきた。

パワフルだな。

誰に似たんだろう。



家に帰るなり、娘はスケッチブックを広げて、さっきの夕焼けを手に入れようとしている。

私は、夕食の準備をしながら、そっと娘のスケッチブックを、のぞく。


ああ、赤と、オレンジと、黄色に、紫。

紫色を強く引き過ぎて、おかしなことになっている。


そもそも、赤とオレンジが、派手過ぎる。

黄色は、あの薄汚い茜色の空には、ない色だ。


夢中になって、色を引いているけれど、きっとあなたは、あの空にたどり着けない。


一生懸命、色を重ねている、娘を見ながら、そんなことを、思った。




五月十日、母の日。


旦那がケーキを買ってきた。

母の日の、ケーキ。

一輪の、カーネーションを、添えて。


小さいながらも、母の日のパーティーを、開いてくれるらしい。


娘が、丸めた一枚の画用紙を、差し出した。

去年は、かわいい、私の顔をかいてくれたんだよね。



「おかあさん、いつもありがとう。」


「おかあさん、おつかれ。」


「ありがとう。」



そっと、絵を広げる。



こ れ は 



あの日見た、夕焼けの色が、私の手に、広げられている。


何度も何度も、塗り重ねられた、鮮やかな、色。

鮮やかな色に、塗り重ねられた、濃い、色。


すべてのクレヨンの色を、塗りこめて、一枚の、夕焼けにしてある。


「ゆうやけのいろって、おかあさんのなまえのいろだって、おとうさんがおしえてくれたから、がんばったの。すごく、きれいにかけたでしょ?」


「茜色って、言うんだよ! ね!!」


「ねえねえ! クレヨン、またなくなっちゃったから、かっていい?」


茜色は、こんなにも。


こんなにもきれいな色を、していたんだ。


涙が、零れる。

突然泣き出した私を、旦那と娘が、どうしたことかと、あわてて慰める。



今、抜けたんだ、抜けたんだよ。

私の心に、ずっと刺さっていた、大きな、楔が。

楔の抜けた、その穴に、私の涙がしみて、痛い。


けれど、その傷は、これから必ず、癒えていくはず。



先輩は。


あの時私に楔を打ち込んだ先輩は。

今頃、人の、親になっているだろうか。


親になっても、誰かの心に楔を打ち込むようなことを、言っているのだろうか。


もう交わらない世界にいるであろう、先輩の姿。

その姿は、遠い、遠い姿になった。


ずいぶん長い間、囚われ続けてきた私の心は、娘が華麗に、解き放ってくれた。





あの日から、ずいぶん経った今。



毎日の夕日を、楽しみにしている自分がいる。


娘は今も、空の絵を描き続けている。

アトリエには、いくつもの空があふれ、整頓が追い付かないほどだ。


乱雑に置かれた、たくさんのキャンバスの中に、あの日のクレヨンのイラストが紛れ込んでいる。

あの日の色が、変わらないように、写真にし、コピーを取り、何枚も何枚も、複写した。


意外とクレヨンは、退色せずに、あの日のままの色を保っている。



額に入った、一枚の夕焼け。


茜色の、美しさを知った、夕焼け。





茜という名を持つ私の、一番好きな、夕焼け。




茜という名を持って、本当に、よかった。





時刻は夕方、6:00を回った。


今日も、美しい茜色の空を見に行くために、私は靴を履いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 20/20 ・夕焼けいいですよね。あんまり見ないですけど、たまに見ると癒されます [一言] 心に穴が開きましたね。夕陽を埋め込まないと
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