理性
突っ走りすぎると、失速しがち。
ああしたい、こうしたい。
これもしたいし、どれもやりたい。
俺の頭の中は、やりたいことがあふれてる。
それを抑え込んでいるのが、理性ってやつなんだけれども。
まあ、これが厄介なやつなんだわ。
やりてえなって思うと、ストップかける。
よし行くぜって思うと、ストップかける。
今がチャンスだって思うと、ストップかける。
なんちゅーめんどくさいやつなんだ。
マジうぜぇ。
俺はやりたいように思うままに、生きていきたいと思っているのに。
理性なんてもんがあるから、俺の魅力が、一切合切、外に出やしねぇ。
めんどくせぇ理性が、俺の中に根付いたもんだ。
他のやつらは、まるで理性ってやつを持ってねぇのにな。
人目もはばからずナンパして。
人目もはばからず猥談して。
人目もはばからず逢瀬を重ね。
人目もはばからず恥をさらす。
理性のないやつは本当に恵まれてると思うよ。
ストッパーがかからないんだ、やりたい放題、ストレスもないに違いない。
俺はストレスで頭がどうにかなりそうだってのにさ!!
「あら。あなたストレスを感じているというの。」
頭の中で、誰かの声がする。
「私知ってるの、ストレスを解消する方法。」
何言ってんだこいつ。
「物語を書いてごらんなさいな。」
書けるわけねえだろうが!
「書いたこともないのに?」
わかりきったことをわざわざやる必要はない!
「ああ、あなたが理性なんだ。」
はあ?
「だってあなたのどろんどろんの感情を外に出すことに、ストップかけてるじゃない。」
できないことを、
「やってないだけでしょ。」
やれっていうのか?
「やってみたら意外と面白いかもしれなくてよ。」
…やってやるよ!!
「がんばってみて。またね。」
売り言葉に、買い言葉。
やれと言われたら、やり返してやる。
俺は書いたこともない、物語ってやつを、書き始めた。
はじめは確かに、拙い文章。
それはやがて、俺の内にこもる熱を帯び。
それはやがて、俺の中に眠る欲望を纏い。
それはやがて、俺の中の願望を、惜しげもなく晒すようになった。
どんどん、どんどん、完成し。
気が付いたら。
歯止めの利かない欲望の物語は。
魅了する物語へと変貌を遂げ。
いまさらやめることが、できなくなった。
日々妄想を垂れ流し、発表し続ける俺の勢いを止める者はいない。
勢い任せの乱暴な物語が増えていく。
理性のかけらもない物語が垂れ流されていく。
こうなってくると今度は。
抑え込まれていたドロンドロンの感情の勢いが引いていく。
俺の中のくすぶっていた何かが、燃え尽きていく。
「ひさしぶり。」
懐かしい、声が聞こえる。
「ずいぶん頑張ったじゃない。」
ああ、俺の中の感情を、これでもかと出し切ったのさ。
「じゃあ、もうストレスはない?」
ないね。
「じゃあ、私はもういなくなってもいいかな。」
まあ、いいかな。
「じゃあ、おげんきで。」
ところで、あんた、何者なんだい。
「私は、あなたの、本能よ。」
ちょっとまて、なんだそれは。
俺に返ってくる言葉は、ない。
俺は、男としての本能を、手放してしまった。
本能は、やりたいことをやって、去ってしまった。
俺は、物語が、書きたかったのか。
次から次へと生み出されていた物語が、まるで嘘のように静まり返る。
勢い任せの、中途半端な、終わりのない物語がただそこにあるのみ。
俺は、物語を完成させることを、目指してはいなかったようだ。
ただ、欲望を、書き連ねることだけに、囚われていた。
言いようのない、虚無感のみが、俺に纏わりつく。
俺はどこで間違えてしまったのか。
消えてしまった本能を取り戻すために、俺は今日も、自分の中に残る、カスみたいな感情をすくいあげて、文字にする。
この物語が完成すれば。
完成したならば。
今、俺の書く物語は、とても薄い。
まるで出がらしのお茶のようだ。
理性でいろいろ抑え込んでいたあの日が懐かしい。
理性すら失った俺は、ただ、漠然と、文字をつなぐ。
熱のない文字列は、魅了する力を持たず。
ただ、埋もれて、行くばかり。




