閉じ籠るもの
ここは、居心地がいいわ?
ここは、本当に、居心地が、いいの。
長年この場所で、季節の移り変わりを感じ続けてきたのよ?
長年この場所で、自然の恵みを受け続けてきたのよ?
私に馴染んだ、この場所。
子どもたちの声が、いつでも聞こえてきたの。
大人たちの声が、いつでも聞こえてきたの。
とても、騒がしくて…落ち着く、場所。
私、この場所が、大好き。
私、この場所に、ずっといたい。
私、この場所から、離れたくない。
そう、思っていたの。
子供たちが、より一層騒いだ日があったわ?
大人たちが、より一層騒いだ日があったわ?
ずいぶん大きな音が、鳴り響いたの。
私は、出たく、なかったのよ?
私は、ずっとここに閉じこもっていたかったのよ?
この小さな箱の中で、誰にも気づかれる事なく、幸せな声を聴いていたかった。
この小さな箱の中で、誰にも気づかれる事なく、笑い合う声を聴いていたかった。
この小さな箱の中で、誰にも気づかれる事なく、感情をぶつけ合う声を聴いていたかった。
この小さな箱の中で、誰にも気づかれる事なく、孤独に包まれていたかった。
この小さな箱の中で、誰にも気づかれる事なく、自分の世界に浸っていたかった。
この小さな箱の中で、誰にも気づかれる事なく、自由に闇と同化していたかった。
どうせ、誰もわかってくれないもの。
どうせ、私の言葉は届かないもの。
どうせ、どうにも、ならないもの。
私の言葉は、ただの鳴き声だったもの。
私の言葉は、ただの鳴き声でしか、なかったもの。
私は、私という、ただのモノ。
私はこの箱の中に閉じ込められた、ただの、モノ。
小さな箱の中で、閉じこもる。
小さな箱の中に、閉じこもる。
小さな箱の中から、抜け出せない。
小さな箱の中から、抜け出したくない。
外には自分じゃない誰かがいるもの。
外には自分の言葉を聞いてくれない人しかいなかったもの。
外には自分をモノとしてしか扱わない人しかいなかったもの。
誰一人私をわかってくれないけれど、私はとても、寂しかった。
だから私は、耳を澄ませた。
だから私は、声を拾った。
だから私は、ただ見守った。
私と交わらない人たちの声は、とても心地が良かったの。
私と交わらない人たちの様子は、とても楽しそうだったの。
…ねえ、とても、眩しいわ?
私を見つめる、たくさんの…瞳。
…ねえ、とても、恥ずかしいわ?
私を無造作に取り出す、誰かの手。
…ねえ、とても、悲しいわ?
私はこの場所に、居られないみたい。
私はこの場所から、去らないといけないみたい。
私、この場所が大好きだった。
たくさんの笑い声を聞かせてもらったわ?
たくさんの物語をのぞかせてもらったわ?
たくさんの感情を楽しませてもらったわ?
・・・願わくば、次は、私が。
たくさん、笑いたいと思えるようになったみたい。
たくさん、物語になるような時を過ごしたいと思えるようになったみたい。
たくさん、感情というものを楽しんでみたいと思えるようになったみたい。
ここは、居心地がよかったの。
ここは、本当に、居心地が、よかったのよ?
また、この場所に、来てもいいかなって、思えるようになったの。
また、この場所に、生まれてみてもいいかなって、思えるようになったの。
ありがとう、たくさんの子ども達。
ありがとう、たくさんの大人達。
たった一人の、私をモノ扱いした化け物の記憶が、ずいぶん薄くなったわ?
たった一人のせいで、長い間閉じこもってしまった私だけれど、ようやく逝くことができそうよ?
青い空は、私を受け入れてくれるかしら?
白い雲は、私を溶け込ませてくれるかしら?
小さな箱も、私の欠片も、空に混じってゆく・・・・・・。
小さな箱も、私の欠片も、雲に混じってゆく・・・・・・。
混じった私は、空の一部になって・・・・・・。
混じった私は、雲の一部になって・・・・・・。




