情、無情
きっかけは、落ち込んでいた、あの日の君の目。
ずいぶん騒がしい教室の隅で、君は間違いを悔やんでいた。
なんてことのない過ちを、君はやけに悔やんでいたね。
少しでも、気分が晴れるのであれば。
僕は、君に、声をかけた。
僕の言葉は、少し不格好で、あまり頼れるものではなかったけれど、君にはずいぶん力を与えたようだった。
君は、どんどん、僕の言葉を欲するようになったね。
やけにフレンドリーに、僕の心の中に入り込んできた、君。
いつしか僕は情を持ってしまったんだ。
なぜだか、いつも、姿を追ってしまう。
なぜだか、いつも、背中を見てしまう。
なぜだか、いつも、君の姿を探してしまう。
君は、いつの間にか、僕の中で、ずいぶん大きな存在になっていたんだ。
君の中でも、きっと僕の存在は大きくなっていったんだろうね。
離れて暮らしながらも、いつも君がいる。
君は離れた場所にいるというのに。
僕の心の中の、ほぼほぼを君が占める。
君の心の中の、ほぼほぼを僕が占める。
いつのころだろうか、情が愛情へと変化したのは。
ただの情は、愛を得て形を変えた。
互いに思う気持ちを伝え合い。
互いに願う気持ちを心に抱き。
互いに愛情を交換し合う。
いつのころからか、君はやけに欲張りになってしまった。
僕の気持ちを独占しているのに、それでけでは満足しなくなってしまった。
どれだけ言葉を送っても、満足しなくなってゆく。
君は僕に言葉をくれなくなった。
けれど、君は僕に言葉を求める。
君は、なにもくれないというのに、僕の言葉を欲しがる。
君はもらう立場で、僕は与える立場。
僕だって、欲しい。
僕だって、欲しい。
僕だって、飢えている。
僕だって、寂しい。
いつしか僕の中から愛が消え。
僕に残ったのは、ただの、情。
今まで共に過ごした年月が、君を見捨てられない。
君にあるのは、ただの情。
君は僕の情を得てもなお、愛情を求め続ける。
僕以外の人からも、情を求める。
僕以外の誰かからの言葉を求めて、君は僕の前で情を乞う。
僕じゃない誰かの情を得てもなお、僕の情を得ようともがく。
ああ、これ以上、僕から奪ってゆくのはやめてくれ。
ぼくにはもう、君に差し出せる情など残って。
…残って、いないと、気が付いた。
気が付いてしまえば、あとは。
欲張りなただの顔見知りの前から、僕は姿を消すだけだ。
君は僕の知らないたくさんの誰かから、たくさん情を奪い続けたらいい。
僕は欲張りは嫌いだ。
僕は、欲張りは、嫌いだ。
僕の情を得て、愛情を得て、愛情をすべて奪い、情をすべて奪い。
君の前から、消える事ができる。
これで僕は情を奪わない誰かを探しに行ける。
君に残るのは愛情ではない。
君に残るのは情ではない。
ただ、執着心だ。
君は僕から何を奪いつくしたのか気が付かないまま、生きていけばいい。
さようならも言わず、僕は…姿を消す。




