試み
意外と躊躇せずに飛び込むタイプなんだけど、大概やらかします(*´-`)
こちらの作品は、カクヨムさんにて連載中の「オカルトレベル(低)の物語をどうぞ。」にも掲載しています。
無機質なテーブルに、僕とおじさん。
「じゃあ、今回は優しさという感情を手放してみましょうか。」
「そんな!それじゃ、僕はどうやって人とかかわりあっていったらいいんです?!」
おじさんは、出生課の人。
「あなたね、今までさんざん優しさを反故にされてきて傷ついたんでしょう。」
「…はい。」
今から生まれる僕にアドバイスをしてくれているのだが。
「だったら、優しさを持たないという側の気持ちも理解すべきなんです。」
「そんなの!!嫌われるに決まってるじゃないか!!」
そのアドバイスがてんで方向違いで嫌になってる、真っ最中。
「それが思い込みだというんです。世の中に優しくない人は溢れてる、なのにあいつらは愛されている、そういって涙をこぼしたのは貴方でしょう。」
「優しさという感情を持たないなんて…人として、間違ってる!!」
僕は僕の愛に応えてくれる、僕に愛を与えてくれる、そういう人に出会いたいと望んでいるだけであって…。
「あなた、愛される側になってみなさいよ。いつも報われない愛を振り撒いていたんでしょう、たまにはもらう側も経験してみないとね。」
「僕は!!報われる愛を振り撒きたいんです!」
もらいっぱなしの人生なんて…ずるいじゃないか。
「あなた以外にも愛を振り撒きまくってる人はわんさかいるんです。そういう人と出会ったらいいんですよ。」
「出会えなかったらどうするんです!僕はもう孤独な人生はまっぴらなんだよ!!」
傷ついて一人で籠って…孤独に人生を終えたんだ、この前は。…この前?いいや、もう、ずっとだ。
「…自ら出会おうとしない人に出会えるわけないじゃないですか。」
「出会いたいと思う事すら難しい状況に追い込んだのは…世の中だ!優しくない人があふれる、あの世界がダメなんだ!」
僕の優しさを認めなかった、厳しい世界。
「あなたね、出会うべき運命の相手に出会おうともせず寂しい人生送らせてるんだけど、それについていうことはないの。」
「…世の中が僕を引きこもらせたんだ、相手の人には悪いことをしたと思ってはいるけど…僕だって出会えなくて心底残念に思っているよ、愛情を受け取ってほしかった。」
僕は…そんなに叶わない途方もない願いを言っているというのだろうか。
「…あなたの言う優しさってのは何なんですか。」
「傷ついた人に寄り添う事です。傷ついた心にそっと慰めの言葉をかけ、勇気づける言葉を送り、労りの心をもって生涯を共に生き抜いてくれる、そういう存在になること。」
おじさんはなんだか神妙な顔をしている。
「どうしてそんなに優しさを手放すことを拒むんです。」
「優しさってのは…人がいて発揮される感情であって、孤独な人生においては不要なものでしょう。他人とかかわらなくても生きていける、そういう人ならば優しさなんて必要ない。けれど僕は、人と関わり合いたいと切に願うし、優しい人には積極的に優しさを与えたいと願っているんです。」
「優しくない人にはかかわりあいたくないと。だから優しさを手放したくないと。」
「ええ。」
僕はもう、孤独に耐えるのは嫌だ。
「そりゃね、初の試みなんだから躊躇するのはわかります、でもね。」
「絶対無理な事に手出しするほど僕は無鉄砲じゃないんだ!」
今まで生きてきて毎回毎回次こそはと意気込んで…叩き潰された僕の心。優しさという必要最小限の武器すらも奪おうというのか!!
「その慎重さと固執故に何度孤独な人生で終わってると思ってんの!!今回はね!!もう決定なの!!あんたからは優しさを取り上げる!それで様子見る!」
「無茶苦茶だ!!僕は拒否する!そんな人生歩める自信がない!!」
おじさんが立ち上がって…僕の首根っこを捕まえた。
「生まれる前から何言ってんの。はよ…生まれてこい!!」
「うわ!!何すんだ!!やめ、やめろっ…!!!」
おじさんはそのまま、建物中央にあるでっかい穴に僕を放り投げた。
「ああー!しまった!!記憶消すの、忘れてたー!!!」
落ちてゆく僕の耳に、焦ったおじさんの声が聞こえて…。
かくして、僕は優しさを持たぬまま、この世に生まれてきてしまった。
優しさを持たない子供は、ただ淡々と人の優しさを受け入れる毎日を過ごし、ただ淡々と大人になった。
僕は予想外にも、人に囲まれた生活をすることになっている…のだが。
「ねえねえ!買い物一緒に行こ―!」
「やだ。」
「そんなこと言っちゃって―!はい、車のキー。行くよ!!」
「僕は一人でいたいんだ!!」
「あたしは一緒にいたいもん!」
初の試みは…大失敗だよ!!
僕はこんなにも、今の生活にイラついているじゃないか。
こんなにもイラつくとは思わなかった。
僕の中に優しさがないせいだ。
…とにかく周りが許せない。
押しつけがましい、自分よがりのやさしさもどきがあふれてる。
僕に優しさがあったなら、気に入らないやつらに優しい一言をかけることもできただろう。
けれど、今の僕に、優しさは、ない。
「ね、これ、やってあげたよ?うれしい?」
「うれしくない。」
「も~!そんなこと言っちゃって、ホントはうれしいくせに!」
どんな言葉を返してもポジティブに返すめんどくさい生き物、そいつらに囲まれて僕は心底、辟易している。
切っても切っても切れない繋がり。
切っても切っても新しく繋がる縁。
「おーい!仕事の手配しといたから!にっこり笑って頼むよ!!」
「…はい。」
自分の気持ちがどんどん阻害される。やりたいことがやれない。周りがどんどん、僕の人生に介入してくる。おせっかいばかりで、いやになる。
こんなんだったら孤独の方がましだ。
…早く人生、終わりたい。
僕はきつい酒を呷った。
「おいおい!そんな飲み方したら体に悪いぞ!お前にはずっと健康に生きてもらわないといけないんだからな、もうお冷にしとけ!な、親友!!ぎゃはは!!」
俺の酒は自称親友に取り上げられた。
目の前には水。
「次の人間ドックさあ、一緒に申し込んどいたよ!バリウムで一緒に苦しもうな!!」
この人生は不自由で、めんどくさくて…ずいぶん長くなりそうだ。
僕は目の前の冷たい水を、一気に呷った。




