交換
交換したところでねぇ?
こちらの作品は、エブリスタさんにて連載中のショートショート集「引き出しの多い箪笥は、やけに軋みがちである」にも掲載しています。
ここは夢の世界。
…夢と天国は、微妙に重なっている。
ここでは、いわゆる運命の神ってやつと、接見できてだな。
自分の人生についての愚痴を聞いてもらえるのさ。
さっきまで、たくさんの魂が自分の人生を嘆き、散々文句を垂れていた。
……人ってのは、魂が運命を選んで、それをもって生まれて、人生を歩んでいくんだ。
運命ってのはだいたいの予定でしかないから、自分で生きていくことで、軌道修正したり、そのまま流されたり。…魂の努力次第でいくらでも結果が変わる、そういうシステムになっている。
が。
流れをチェックして、運命を自分で選んで生まれてみたものの、どうにも思ったように人生を歩めなくて途中挫折するやつが多いらしい。
天国も地獄も、満員御礼で密になってて…大変なんだってさ。
「では、交換という事で、よろしいですね?」
「「はい。」」
あまりにもヤバすぎるってんで…、救済システムを導入することになったんだよな。
救済システムの、内容。
それは…、運命の交換。
…実はさ、運命ってのは、魂が乗っかってるというか、入ってるだけでさ。
誰がその運命を生きても、問題ないんだってさ。
自分の選んだ運命を、自分はどう思うのか。
自分の選んだ運命を、自分はどう生きていくのか。
自分の選んだ運命を、自分はどう謳歌していくのか。
自分の選んだ運命を、自分で生きていけるのか。
運命には、過酷なものもある。
だからこそ、自分はこの人生を生き抜いてやると意気込んで、それを選んで、自分で制覇する。
そこに、運命を乗り越えて自分の人生を生きるという使命、目標、達成があるだけなのだ。
でも…、運命に振り回されて、人生を投げ出してしまうパターンがね。
あまりにも…多すぎるみたいでさ。
今までは神に愚痴って終わりだったんだけど、それを魂同士で発表しあう場所が設けられるようになったんだ。
自分がどんだけ酷い状況なのか大々的に発表しあって、いわゆる苦労自慢をする。
大概の人は愚痴を言って自分はまだましと満足して、また自分の人生に戻っていくんだけど、ボチボチ、どうしても人生を変えたいと願うやつがいる。
自分よりも大変じゃない運命、人生を歩んでる人を見つけて、交換依頼することができる。
…みんな自分の人生に不満を持ってるから、意外と交換を望むやつ、交換に応じるやつは少なくないんだ。
通常は、穏やかに交換希望の意思はやり取りされて、スムーズに運命チェンジが行われている…のだが。
「あんたの方が楽な人生歩んでるじゃないか!!」
「勝手な言い分です!僕の苦労を知らないくせに!!」
この苦労自慢会で、取っ組み合いの大げんかが始まってしまったんだな…。
どうしても自分の苦労を一番にしたい、悲劇のヒロインにどっぷり浸ってるやつがいたんだ。
たいしたことない人生のくせに、とにかく一番自分が悲惨だ、とにかく自分が一番報われていない、とにかく自分は不幸でかわいそう。こんな人生を歩んでる自分は本当に気の毒だ、ここにいるみんなは恵まれている…。
あまりにも悦に浸ってるもんだから、神も傍観者もドン引きしちゃって。
…なんていうのかな。こいつ、全然、空気読めてない。
普通はだな、辛い人生ですけど愛する人がいるから頑張れますとか、運命の重さはつらいけど、性格は明るいから吹き飛ばせますよとか、自分の運命の良いところをあげて交換を持ちかけるもんなんだ。自分はこうしてみたけどうまくいきませんでしたとか失敗の歴史を訴えるもんなんだ。
でもこいつは…自分で何をどう運命を乗り越えようとしたのか、それがまるで見えてこない。流されているだけで、何も努力の片鱗が見えてこない。
文句しか言わない、ただのお粗末な魂としか思えない。
ひょっとしたら、魂の年齢が低い?
こいつは何もわかっちゃいない。
…俺の、おせっかい心に、火が付いた。
「俺、あんたと運命交換してもいいよ。」
「ホントですか!!」
大喜びしているが。
「あんた、俺の運命、聞かなくていいのかい。」
「僕はこの呪われた運命から抜け出せるなら、どんな運命だって幸せだと感じるよ!」
……へえ。
かくして、俺は自称不幸の塊兄ちゃんと運命を交換することに、なった。
―――自分の状況を、確認する。
今からしばらく、お試し期間が設けられるらしい。
しばらく交換した運命を生きてみて、そのまま交換し続けるのか、元に戻すのかを判断するんだってさ。
…見た目、普通。
ああ、いろいろと…拗らせてるけれども。
ちょっと…運は悪いけれども。
やれることは、やってみよう。
…俺の人生になったからには、やれることをやっていきたい。
次に俺の意識が交換の事実を思い出すのは、成果を確かめる日。
それまで俺は、無意識下で、この人生を自分なりに歩むことに、なる。
お試し期間が、過ぎた。
今日は、交換の成果を確かめる日。
「やあ、交換は、どうでしたか。」
あの日、俺と兄ちゃんの運命を交換した神だ。
俺と兄ちゃんが並んでテーブルに座り、目の前に神が資料片手に座っている。
「「よかったですよ。」」
兄ちゃんも満足したようだ。
「では、報告をお願いしますね、そのあとで最終決定しましょう、では、あなたから。」
神は、兄ちゃんを促す。
「はい、裕福な家庭で自らは働くことなく、親の資産を使って楽しい毎日を過ごしました。お金の心配をしなくていい日々がこんなにも楽だとは思いませんでした。親の世話をすることが、親の言うとおりにすることが、とても自分に合っています。」
「あなた、このあとの運命、知ってますよね?親は全力であなたに乗っかってくるし、資産もなくなりますよ?今後どう生きていくつもりですか。」
「親は捨てればいいし、資産は今自分名義で貯金してますからね。問題ないですよ。」
…兄ちゃんは、俺とは違う選択をするようだ。俺は、家を出て苦労して資産から手を切りたかったんだけどな。なるほど、魂が違うという事は、こうも違う選択をして…運命を変えてしまうのか。
「では、あなたはどうでしたか?」
神が俺を促す。
「そうですね、まず外に出て、働き始めました。いろいろと経験させてもらって、人のやさしさに触れ、生きる意味を教えてもらって、その恩を返すために人に寄り添っています。自分の言葉で誰かが変わることが生きがいになっていますね。」
「この運命は数多くの困難を乗り越えることを目標としていましたが、それについて何か思うことはありますか?」
「困難に巡り合うことで、乗り越えたり感じたりすることが多くあり、その経験を生かしてより多くの人たちと寄り添うことができるようになったと思っています。糧となった経験に感謝をしていますね。」
「ずいぶん…困難を乗り越えてしまって、あとは穏やかな生活になりそうですが、それについて何か思う事は?」
「何が起きても、俺は自分の思うように、人と共にありたいと願うね。…俺は、自分で、自分の人生を歩みたいと心から願うよ。言い訳しない人生が送れたら、それだけで、いい。」
神は、何やらメモを取っている。
「それで、今後はどうしますか?このまま交換完了でいいですか?」
「「良いですよ。」」
そして、俺は交換した人生を全うして、天に昇った。
「ああ!!貴方ね!!なんて運命を僕に押し付けたんですか!!恨みますよ?!恨んでいます!!なんてことしてくれたんだ!!!」
いきなり、運命を交換した兄ちゃんに殴り掛かられた。
あっという間に、兄ちゃんは警備の天使どもに拘束されてしまった。
「あなた、交換した運命について納得してたじゃないですか。この人に襲い掛かるのは、筋違いだってわからないんですか?」
「こいつと交換しなければ、僕は穏やかに人生を終えることができたはずなんだ!!僕は今、人を憎むことしか考えていない!こんなクソみたいな人生を歩むくらいなら…交換なんかしない方が良かったんだ!!」
魂は、人生を歩むことで何かを学び、心を磨き、より高尚な存在へとなることを目指しているはずなのだが。通常は、人生を終えた時に、何かを得て、何かを学ぶはずなのだが。兄ちゃんは…憎む心しか得ることができなかったようだ。
「交換を撤回すればよかった、交換なんてくそくらえだ!!」
天使に拘束されてる兄ちゃんはふてくされているが…もう人生は終わってしまったじゃないか。どうにもなんないじゃん…。
「どうします?撤回します?もう、人生終わっちゃいましたけど、交換前に戻せますよ。…魂の記憶は残りますがね。まあ、人生二回分得する感じになりますけど。」
「撤回できるんですか?!時間系列は!!おかしなことになっちゃうんじゃ…。」
なんだそれは。言っちゃなんだけど、めっちゃぬるいシステムだな。
「時間はね、人間的な都合上の制度であって…まあ、なんていうか、戻せます。ぶっちゃけ運命もね、選んでもらったらきっちり人生全うしてもらわないと困るからルール的に途中放棄できないだけでね。こっちとしては、魂磨いてもらえたら別に問題ないんですよ、ええ。」
「撤回する!!戻せ!!今すぐに!!」
興奮した兄ちゃんを天使が二人がかりで押さえつけている。
「あなた、どうします?撤回拒否もできますよ。…拒否したら、まあ…この人は…。」
「まあ、乗り掛かった舟だし、いいよ、戻るよ。経験にもなるだろうし、ね。」
かくして俺は、元の人生を歩むことになった。
そして、俺は交換した人生を元に戻して、全うして、天に昇った。
なかなかハードではあったけれど、親の面倒も見れたし、生活することができたし…愛する伴侶も得ることができて、いい人生だった。
「ああ!!貴方ね!!なんで運命を僕に戻したんですか!!恨みますよ?!恨んでいます!!なんてことしてくれたんだ!!!」
いきなり、運命の交換を取りやめた兄ちゃんに殴り掛かられた。
あっという間に、兄ちゃんは警備の天使どもに拘束されてしまった。
「あなたね、この運命はもともとあなたが選んだものでしょう、それを交換したいと願って、やっぱりやめただけなのに、この人に襲い掛かるのは、筋違いだってわからないんですか?」
「僕とこいつで、何が違うというんだ!!なんで僕は人生を謳歌できないんだ!!僕だって頑張ったのに!なんで僕ばっかり!妬ましい…こいつが心底、妬ましい…。」
魂は、人生を歩むことで何かを学び、心を磨き、より高尚な存在へとなることを目指しているはずなのだが。通常は、人生を終えた時に、何かを得て、何かを学ぶはずなのだが。兄ちゃんは…妬む心しか得ることができなかったようだ。
「そりゃ。魂が違うんだから。あなたね、魂が貧弱なんですよ。今まで、全部投げ出してきてるでしょう。それじゃあ、成長できませんよ。一回ぐらいきっちりと人生を生き抜いてみたらどうなんです。」
拘束された兄ちゃんを目の前に、神がため息をついている。…神ってやつも大変そうだな。
「わかった!もう一回交換だ!次こそはうまくやる!やっぱり金が必要だし、だませるくらい頭の悪い奴を利用するべきなんだ。使われるよりも自分が使う道を選ぶべきなんだ、次こそやれる、だからもう一回…!!」
あーあ、またかよ。
まーた、交換撤回のパターン?二回も同じ人生歩むのはちょっとめんどくせえなー…。
―――ざんっ!!!
地上から伸びる、兄ちゃんの魂の足の部分が、大きな黒い鎌で刈り取られた。いきなりの展開に、俺は目を瞠る。正直ちびりそうだ。
「やあやあ、すみませんね、出張お願いしちゃって。」
「いえいえ、イキの良い魂、確かにいただいていきますよ。」
げげ!!
俺の目の前にいるのは…黒い羽根に尖ったしっぽ…悪魔だ!!
「「お騒がせしましたね、すみません。」」
天使と悪魔が並んでるよ!!
「ここまで恨みと妬みが色濃いとねー、天国としてはもう修正不可なんですよね。…内緒にしといてくださいね。」
「あなた良い魂の輝きしてますね、近年まれにみる輝きですなあ。いつか黒く染まったら、ぜひ私に刈り取らせてくださいね。」
「いや、染まる予定はないです。」
ピチピチと跳ねる魂を抱えて、にこやかに悪魔は去っていった。
くそう、天国の闇を見たぜ…。
「あなた確かにずいぶん磨かれてますね、次の運命、どんなの選びますか?」
神が運命の入ってる箱を俺に差し出した。…いろいろあるなあ、なんていうか、選ぶのが、うーん…。
なんていうんだろう、俺さあ、おせっかいだからさあ。たぶん、交換することになりそうっていうかさあ。俺の魂がどんどん磨かれて行きそうな、予感?…はっきり言って、俺はどんな人生でも謳歌できる自信がある。
「おすすめのものがあったら、それをください。」
「じゃあ、これを。いい人生、送ってくださいね。」
俺はもらった運命を抱きしめると、天国から勢いよく飛び降りたのだった。




