龍雲
最近豊かなんだよ。
「ねえ、あれなに。」
夕方、私が見上げた空には、大きな雲の塊があった。
オレンジ色の空に、紫色の塊。
落ちてきそうな、雲の塊。
ちょっとだけ怖い気がして、隣でニコニコしてるお友達に、聞いてみた。
「ああ…龍雲だね。龍に見えない?」
「リュウ?リュウって何?」
まだ幼なかった私は、龍をよく知らなかった。
「体が長くて、ひげが生えてて、うろこがあって…うーん説明が難しい。」
説明を聞きながら、空を見上げる。
あの雲のどこにひげが生えてる?うろこがある?
長い体というか、丸い塊に見えるけど…。
「あれはね、長い体をぐるぐるってまいてるんだね。だからかたまって見えるのさ。」
「よくわかんない。」
少し、風が吹いてきた。
「もうじき、伸びるから見ててごらん。」
空を見上げていると、丸い塊が少しづつ、伸びていって…。
夕焼けに浮かぶ、長い雲になった。
「夕焼け空は移り行くのが早いから、雲に紛れるのが難しいんだ。」
「ふーん?なんか怖くなくなった!きれいだね、夕焼け。」
山の神神社から見る夕焼けは、広い空をいつも美しく彩っていた。
私は小さい時から、この空が大好きだった。
「さ、もう暗くなり始めるよ、気を付けてお帰り。」
「はーい、またね!」
山の神神社から家までは歩いて5分くらい。
神社の裏側の縁側から飛び降りて、境内を抜け、長い階段を下って。
家に帰ってお風呂に入ってご飯を食べて。
なぜだか、この辺りには、私と同じくらいの子供がいなかった。
私がいつも遊んでいたのは、よくわからない、子供。
少し年上っぽい、けどよくわからない。
よくわからないけど、いろいろ教えてもらった。
よくわからないけど、遊んでもらったような、遊ばれていたような…。
幼い日の私の、大切なお友達。
「君はもう少ししたら、たくさん仲良しができるよ。だから安心してね。」
幼稚園に入ることになった私。
「僕は…いつもここにいるけど、君がこの場所からいなくなっても、近くにいるから。」
遠い場所に行くことになった私。
「空を見たら、僕の跡が見えるかも?」
…ずいぶん、年を取った、私。
今日も、歩道橋の上から、空を見上げている。
今日の夕焼けもきれいだな。
今日は風が強いな。
こんな、風の強い日は、雲が流れやすいから。
ふ…わっ…!!
少し強めの、風が吹いた。
私の横には、あの日と変わらない、お友達。
「…あれ、どうした。」
「いや、僕のこと思い出してそうだと思って。」
空には、立派な龍雲が。ははーん、アレに乗ってきたな…。
「ちょっと!!えらいのに乗ってきたね!!あれ皆今頃インスタに上げられてるよ!!」
「まあいいんじゃない、そういう風潮だしさあ。」
昔はさ、すごい龍雲出ても、なかなか写真にとれなかったんだよね。
一瞬で消えるもん、絶妙な龍雲ってさ。
ところが最近のスマホ事情はどうだ!!
見つけたらすぐに撮れる写真は、世界中の粗忽者の痕跡をばっちり捉えまくってて!!!
「ねえねえ!早く写真撮ってよ!!消えちゃうじゃん!!」
「わかったわかった!!」
あの日いろいろ教えてくれたお友達は、ずいぶん幼くなってしまった。
…いや、私が大人になって、しまったのか。
大人になってもなお、友好を持ってくれていることに感謝するべきかそれとも。
「ねーねー!おにぎり食べたい!!ごちそうしてー!」
「いいよ!!ついてこい!!」
「わーい!!」
完全に餌付けしてるじゃん!!私!!
…まあいいか、どっちにしてもうちの家族は大食漢ぞろいだし。
食卓に並ぶおにぎりの山。
ものすごいスピードで消えていく。
明らかにそのスピードはおかしいのだけれど。
食べることに夢中の大食漢たちは、そんなことには微塵も気が付かず。
―――ごちそうさま!
今日は満月。
夜空を見上げに行かなければ。
満腹になった、腹のふくらんだ龍雲が、夜空に浮かんでいるはずだから。
「ちょっと!!食べた人は片づけといてね!!散歩行ってくるから!!」
「「はいよ~」」
まだおにぎりにがっついてる二人を置いて、私はよけておいた少し大きめのおにぎりを一個持ち。
塩の利いた若干大きめのおにぎりを頬張りながら、夜の散歩に出かけた。




