帰宅
残暑が続く日々に飽き飽きするようになってきた頃。
残業で帰りが遅くなり、日付が変わる前にやっと自宅の下に着いた。
「ふぅ、つかれた」
エレベーターの手すりによりかかり、一つずつ数字が増えていく電光版を眺めていた。
(今日は忙しかったな)
今日の激務に思いを馳せるが当分、味わいたくない気分だ。
指定した階層に到着した合図が鳴り、扉が開く。大きなため息をエレベーターに残し、通路を歩いていく。
708と書かれている紺色のドアの前で立ち止まると、黒いリュックを背中からおろす。手前のチャックを開き、ガサゴソと漁る。
(あれ、鍵どこいった?)
いつもここに入れているはずなのに、と呟きながらリュックを漁るが鍵は出てこない。
(逃げられたか)
鍵が独りでに歩く姿を想像してしまったが捜索の手はスーツにも及んでいた。スーツの上から軽く手で押さえていると胸の内ポケットに固い感触がある。取り出してみると捜索中の鍵を発見した。
鍵穴に鍵を入れて、捻る。ドアを開こうとするとガチャンと音が鳴るだけで開かない。
(出る時、ちゃんと鍵締めたよな?)
そんなことを考えている内に答えは出ていた。
刺さったままの鍵をもう一度捻り、引き抜く。ドアを開けて
「ただいまー」
と言いながら家に入るとやわらかい声が返ってくる。
「おかえりなさい」
ふんわりと暖かい雰囲気をまとった女性がリビングから覗いている。
彼女は笑みを浮かべながら楽しそうにこちらへ向かってくる。
(いやはや、慣れっていうのは恐ろしいな)
揺れるポニーテールを見ながらそう思うのだった。
一日一本




