最終章開幕。タギー社、本陣起動・前。
先駆千里に、両親の記憶は無い。
どこで油を売っているのかも、共に健在なのかも不明。ただし捨てられた訳では無いようで、口座にはどこから集まったのか分からないお金がじゃらじゃらと入ってくる。
おかげでしばらくの間は退屈しなかったが……千里や、兄の借夏が創作者気質であった事もあり、すぐにその口座に手をつける事は無くなっていった。
千里は兄の職業は知らないが、しっかりと稼げては居るようで生活に困った事はない。
総じて、千里は恵まれていた方だと言えよう。
だが。
それはあくまでも彼の目線での話。
違う目線だと、話は変わってくる。
「……いただきます」
「どうぞ、詩葉、或葉」
激戦から一夜明け。
一眠りを終えた戦士たちは、若干ピリついた空気の中昼食を取っていた。
時刻は正午過ぎ。
鳥文良襖……千里が、命懸けで精神のピースを取り戻した少女は、彼女の自宅にて眠っている。
今日いっぱいくらいは大丈夫だろうが、さすがに明日も目覚めないとなると病院に担ぎ込まないといけなくなる。
そう思うと、どこかぎこちない動きにならざるを得なかった。
喫茶店にとって、ランチタイムはかきいれ時だ。がやがやとした店の中で、二人の客と一人の店長、そして一人のAi‐tubrがカウンターの一角に集まっていた。
口火を切ったのは、店の主こと遥だ。
「にしても。うちの魔王サマの寝ぼけっぷりには困ったものよね。人を散々っぱら振り回しておいて自分はぐっすりなんだもの」
「そこは仕方無い面もあろう。何しろ此度の件は人類未開の自体。
まして良襖どのの現状は魂を真っ二つに裂かれたようなもの。消耗も無理はあるまいて」
「もー、正論すぎて可愛くないの妹ちゃんーー!!」
「うにゅ、そんなにべたべたされてもこまる………っ」
自身の愚痴にあまりにも鋭く返されたからか、ちょっとぷんすか気味に妹ちゃん……丁場或葉にちょっかいを出す遥。
「その辺にしておけ」
ホットサンドを頬張りながら行動を制止するのは、或葉の姉の詩葉だ。
「おや、今日はクールモードなわけ?」
「状況が状況だからな。……ともあれ、魔王サマとやらは確かに取り返した……半分だがな。ホムラの言葉を信じるなら、半分でも特に問題は無い筈だが……」
話を進める。
彼らの敵の狙いは、彼の魔王の精神をそのまま回収して利用する事だった。
現状では、千里の献身やチエカの助力もあって阻止できた……という事にはなっているが。
気になる事はある。
「…………なあチエカ。向こうにも良襖の精神データの半分はあるんだろ? そんでもって、半分でも活動に支障はないんだろ?
だったら、向こうで魔王サマが復活してたら奴らは万々歳なんじゃないか?」
『それは有り得ませんね』
キッパリと否定するのは、電子の看板娘の御旗チエカだ。
金髪を揺らし、店のタブレット画面いっぱいまで詰め寄って答える。
『彼らが欲しかったのは 《キルスイッチの在り処の情報》か 《キルスイッチを拒否できるだけの権限》ですからね。
幾らフツーの活動に問題がなくても、権限が半分こなら台無しです。目当てのキルスイッチも、千里クンに 《ガイルロード・ジューダス》というカードの形で託された後でしたし?』
「なるほど? つまり奴らは得るものこそあれど、作戦自体は大失敗だったってわけだ」
『そーいうことですね!』
うんうんと唸る一同。
状況をまとめると、今が危うい膠着状態にあるというのがわかる。
キルスイッチという切り札こそこちらにあるが、それをどうにかしかねないジョーカーは半分に割いて互いが握っている。
結局はジョーカーを復元した方の勝利になりかねないが、こちらのスイッチを警戒する相手は迂闊な動きはすまい。
だが相手は大企業。こちらから打って出る手段も乏しい。
うーむと唸る中で、詩葉があることに気付く。
「……そういえば、その千里はどこに行った?」
『…………うげ』
何気ない問に、チエカの表情が見るからに悪くなる。
何しろ、彼女は明け方頃に自分の正体を暴かれているのだ。
そんな彼女に、珍しく気が付かない或葉が返す。
「ここは男子禁制……もとい男装禁制故。着替えるのが面倒で上の階にでも行っているのであろう」
「そうか? まあ確かに面倒そうだし、後で改めて上で会議を……」
「あら、千里君なら屋上に行ったけど?」
「「?」」
姉妹してキョトンとする。
「どうにも、お兄さんと話があるんだって」
「話? なんのだ?」
「さあ?」
「なんにござろうな?」
詩葉、或葉、そして遥もその答えにたどり着かない中。
『……………………』
唯一、その行動の真意を知る電子の少女は沈黙する。
ーーーーきっと『アレ』を話しに向かったのだ。
心中嘆く。
(……あーあ。もーちょい正体不明の看板娘で居たかっったものですが。はてさて……これからどーしたものですかね?)
いっそ開き直って全てを話してしまうのもアリかな、と思いつつ、彼女は目まぐるしく変化する状況に思いを馳せるのだ。
「つまりホムラは……俺のオヤジは完全に敵の手に落ちた、と」
「左様にございます」
一方、刺し日の中の会談。
彼らは、天を穿つほどの巨大なビルの頂点に居た。
株式会社タギー……通称タギー社。
創業者の稲荷焔が、日本にて玉藻御前に統合された妲己の威を借りる意味を込めて名ずけたその銘は。
今、頂点に立つ彼に引き継がれていた。
「全く。面白くないな。自慢のオヤジが片付けてくれれば楽だったんだが」
「……いつも思いますが。社長は本当に会長様を評価していますね」
「ああ。だってそうだろ?」
秘書の視点からでは、逆光に邪魔されて社長の姿はよく見えない。
それでもわかる。喜の感情があった。
「ここまでの会社を築き上げるまでに、凄まじい苦労が必要だってのは俺でもわかる。
オヤジは恩人なのさ。俺を育ててくれて、俺に愛をくれて、俺に世界を教えてくれて。そして……俺にこの会社をくれた」
嬉しげに語るが……しかし即座に落胆する。
「だってのに……まー若さには勝てないって奴か? とんでもない実力があったのは間違いないが………」
「先駆千里との戦闘結果についてですか」
「ああ」
影に浮かぶ半目で向き直る。
獲物を狩るような瞳も、今日は大水に飾られていた。
《試練の与え手ホムラ》の事を、彼は多大に評価していた。
「ぶっちゃけさ。オヤジは俺が知る限りでもとびきりのラスボスだったんだ。
それがあっさり……じゃないな。壮絶に……だろうと倒されたとあっちゃな」
「やはり、こと遊戯に関しては会長に敵う者は無し、ですか」
「ああ」
あらゆる物事には向き不向きがある。
彼も、素質だけならある程度までは行けるとは自負しているが。さすがにあの才人には敵わないと理解していた。
好きこそものの上手なれ。
愛する事こそが上達のコツ。
熱しやすくどこか冷めやすい『彼』が、人生かけて遊びに尽力しているホムラに敵う筈はなかったのだ。
そうして嫌になりそうな状況をひとしきり回想し、どこか甘えるような声で『秘書』に語る。
「結局。俺たちは正真正銘、自慢のラスボスを取られちまった訳よ。
……もうお前だけだぜ 《シイカ》。俺が直ちに握っておける『手札』はよぉーーーー!」
「それはそれは。光栄の極みです……と、失礼」
と、片手で『社長』を制しながら『秘書』こと《死骨の愛で手シイカ》は懐を探る。
なにやら着信が入ったようだ。それ自体は問題ない。社内では、例え社長の前でも端末の電源を切らないよう指示を出している。
重要なのはその内容だ。幾つかの問答の後、通信を切る。
「…………こちらの『尖兵』からの報告です」
「内容は?」
「『眠り姫が目を覚ました』と」
「ほう」
その顔は、逆光に負けないほどにぎらついた笑みを浮かべる。
状況は、まだ『盛り上げてくれる』。




