戦局の事後処理。チエカの回想録前編!!
時間は少し遡る。
「ーーーっ良いかもーいっかい確認するぞ!! 元の世界に帰す事が出来ないだぁ!? マジか? 嘘でもジョークでもなく!?」
「ああ、そうなんじゃ……さっきからそう言ってるじゃろ……」
決戦の地、電子の和市街 《サムライスピリット》。
激戦に勝利した先駆千里は、そんなあんまりすぎる事実を突きつけられた。
もちろん千里もそんな言葉は信じたくもなかったが、一旦シュガーマウンテンに向かい『目の前で相手の好物をもりもり食べる』拷問を仕掛けて吐かせてから、一応念の為にとここに戻ってロードローラーで轢くタイプの拷問を仕掛けても意見を変えなかったので真実だろう。
ロードローラーの方は、例え電子世界で命が保証されてるとはいえ流石に千里も気が引けたので、加減できるように一緒に轢かれながら質問したのだが……まあ痛い。そしてそれ以上に怖い。
体の下から順に、全ての組織がタンスの角にぶつかった小指と化してから断末魔を上げ、以後一切の反応を返さなくなる……そんな恐ろしい事態に耐える嘘がこの世にあろうものか。
千里はその感化を思い出しビクビク震えながら、お互いすっかり元通りに戻った体でホムラに向き合う。
たっぷり拷問され、獣の心はすっかり折れてしまったようだ。
「そりゃあお主の気もわかる。その事実を認めるという事は、友の生還を諦めるという事なのじゃからな。
……じゃが、事実じゃよ残念ながら。戦が終わるまでは手元にあった彼女たちの精神は、今や欠片も残らず儂の元から無くなってしもうた」
「そんな……!?」
それは千里の努力を嘲笑う結果だった。
しかし、それでも、だとしても、と少年は食い下がる。
「お前の手元から無くなったとしてだ……一体どこに行ったんだ!? 体が生きてる限り精神アバターが消えてなくなったりはしないんだろ! さっさと探すか……いやもうアンタの権限でサーバーの電源切れよそれでなんとかなるんだろ!?」
「いいや無理じゃよ。儂にはもうサーバーを切る事はできんし……切った所で意味はあるまいよ」
「!?」
いきなりとんでもない事実が判明した。
会社の会長が偉くなかったら、一体誰が偉いというのだ……?
「オンラインゲームにはよく、メインとなるサーバーの他に『テストサーバー』が作られる。
おそらくはそちらに移送されたんじゃろう。そしてサーバーを管理する権限はもう儂にはない」
「待て待て! 別のサーバーに移されたかもって部分はわかる!! チエカにカラクリを聞いたからな!
だが会長のアンタに権限が無いってのはどー言うことだよ!! じゃあ誰なんだ!? 一体誰がこの事態を引き起こしやがったんだ!!!」
老小狐は黙り込んだ。
しばらく考え込み、黙っていても無駄だと、そして黙っているだけの気力もなくなってしまったとばかりに話し始める。
「結論から言うぞ…………現在の『株式会社タギー』のトップは儂では無い。当然、一連の事件の元凶も儂の上に立つヤツじゃよ」
「…………!!」
決定的な言葉が放たれた。
先刻まで信じ込んでいたパワーバランス、その想像図がガラガラと崩れていく。
しかも衝撃の事実は続く。
「今の会社では、儂やチエカの同僚のあ奴……Ai-tudrの一人 《死骨の愛で手シイカ》の方が権限が強いくらいじゃわい。……ま、レースでは一度も負けんかったがの」
「……? 誰だっけそれ?」
「あー忘れちゃいました? ほら居たじゃありませんか、七人で挨拶に来た時に……名刺代わりに自分のレジェンドも配っていたはずですよ?」
「ん? どれどれ……」
記憶を呼び起こしながらストレージを探る。
名前で所持品を調べると、シャーマンのような姿をした女のカードが見つかった。
《死骨の愛で手シイカ》✝
ギア4マシン ステアリング POW9000 DEF16000
【デミ・ゲストカード(このマシンは自身の効果でしかセンターに置けず、センターでしか走行できない)】。
【XXXXXXXX】XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。
【XXXXXXXXX】XXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。
いかにもデキる女といった立ち姿の彼女を見て、千里の顔が曇る。
「あーほんとだ居るいる。って待てよこの雰囲気……アンタよりも権限あるって事は、ひょっとして社長秘書って奴か?」
「左様。彼奴等が結託しとるおかげで、今の儂はすっかり窓際よぉ……」
哀愁たっぷりに答える。
「そして今のタギーのトップ…………社長じゃが。そいつは儂が買い与えたバスをミニカーで遊ぶ感覚で乗り回すようなやつじゃ」
「…………んん?」
千里たちにとって、バスはろくな思い出が無いはずだ。
思い出すのは、夕焼け色の景色。
まさか。
「おい待てよ……まさか俺たちが『波』を見に行った時、俺らをガン無視して行ったのって!!」
「ああ『ソイツ』じゃ。自分にとっての障害を見ておきたかったとか言っていたが……
まあ、実際はただの気まぐれじゃろうの。どのみちくだらない手をかます『バカ息子』じゃよ」
「……………!!」
その言葉ではっきりした。
今回の『敵』がどういうタイプの手合いかはっきりしたのだ。
例えば、独裁者の国はいきなり破滅に向かうのではない。
まず一人の人間が全ての責任を背負い、汗水垂らし心をすり減らしながら国を広げていくのだ。
その時点では、痛みを知る独裁者が身勝手な判断を下すことは稀だ。
しかしその環境は無数の爆弾を撒く。痛みを知らない周囲の面々は『権限』のみに注目し、羨ましがる。
もしも、そんな人間が新たなトップに就任したら?
本当の苦労を知らず、ただ人を出し抜くことのみに尖り、創始者が耕し豊かにした土壌をまるまる手に入れてしまったら?
それは全てを飲み干す。
大地が枯れるまで栄養を吸い上げる……それだけでは飽き足らず、吸い上げた力を使い他所の土地まで踏み荒らし始める。
まさしく、かのアドルフ・ヒトラーのように人々を扇動し支配し、気に入らないものは容赦なくすり潰す…………そんな死と恐怖と絶望にまみれた世界が出来上がる。
最悪の未来だ。
絶句する千里の心情を察し、ホムラは話を先に進める。
「…………さぁて本題じゃ。今回、あのバカ息子は事もあろうに親の儂を使いっ走りにした。儂の方が電子の世界に強いからじゃ。
だが冗談じゃない。なんせ奴の目的は世界の侵略。なにが悲しくて世界を滅ぼす手伝いをせねばならんものか」
「じゃ、じゃあ……」
「突っぱねようともした。じゃがそれでは儂の代わりにシイカが出陣するのみ。
であれば、この機会を逆に利用しようと考えた。……すなわち、鳥文良襖の『避難』にな」
老狐が選んだのは、償いの道だった。
「あやつに先んじて鳥文良襖の『精神データ』を確保し、危険が去る時まで保管する…………それが狙いじゃった。
もしも儂がシイカと相打った所で、欲の皮がつっぱったあやつは諦めない。最悪、誘拐までやりかねんが…………中身が空ならそれも防げるじゃろう? 意味が無いからの」
あがいて、あがいて、それでも届かなかったという。
「食い止めようとした。食い止めようとしたんじゃ。己の過ちを悔い、取り戻そうとして…………そうして、当たり前の糾弾の前に倒れた。儂の物語は、ただそれだけの話だったという訳じゃ」
「…………」
千里は黙って聞いていた。
聞いて、聞き取って、己の中で噛み砕いてから理解する。
そして。
「…………そーやって、自分一人でなんでもやろうとしたからダメだったんだろ」
再び、口を開く。
「なんじゃと……?」
「今回だって最初の最初で俺たちと話し合ってたらここまで酷い結果にはならなかったはずだ。
舐めんじゃねーよ。俺が黙ってたらどーなってた? 幼女一人監禁してめでたしめでたしか?」
乾いた意見を叩きつける。
言うべき事は言う。
「んなわけあるかよ。アイツの親や他のAi‐tubr、それに学校のみんなにはどう説明するつもりだ? 黙ってる気か? 『裁き方の無い犯罪』を抱えて生きられるか? そこでずっと踏みとどまれるか?」
「……………それは」
「無理だ。絶対にどっかで破綻する。そんでもって、言い訳しながら……どうしても邪魔になったやつを一人、また一人って電子の檻に引きずり込んでいく。
制御不能の独裁者を産むのは、やっぱり独裁者だよ。五十歩百歩。アンタがやってる事は悪いことだ」
「………………………」
当たり前の糾弾に。
ホムラはもう、何も返さなかった。
心の奥で、認めていたのだ。
くたり、と獣の全身から力が抜ける。
「そう……じゃな……まったくじゃ」
大の字に横たわり、涙を流す。
「結局。何一つなせる道には立っていなかった。思考の軸から間違えていた。どこから間違えたのかさえ、解ろうとはしてこなかった…………」
反転し。
老狐は小さな四肢をつき頭を垂れる。
「すまない……本当に、済まなかった……!!」
「…………」
しばらく。
情けない姿の獣を、見下ろした後で。
「…………その言葉を聞けりゃーそれでいいよ」
「っ!?」
「おや以外」
チエカさえも不思議がる中、千里は許しの道を選んだ。
結局、戦いは譲歩以外では決着しない。
「聞いた所、今回以外はあんまり悪いことしてないっぽいしさ。ま。過ぎた事を悔やんでてもしゃーねーよ。結局、俺たちの大筋の目的は同じだったんだ。気ぃ取り直して、これからの事を考えよーぜ」
まあ今回が思いっきり犯罪なんだけどなー、とぼやきながら続ける。
「それに『敵』はまだ居るんだろ? だったらいがみ合ってる場合じゃあねーよ。テキトーなとこで許さないと話が先に進まないだろ?」
これまでの全てを超え、先駆千里は大きく成長していた。
そのあり方に呆然とするのはホムラだ。
力なく笑う。
「……カカッ、なんということだ……お主のその意思決定力……お主の方が、よっぽど『長』の器に見えるわい」
「そうか? 少なくとも俺は、アンタほど辛抱強く無いと思うぜ」
言って、なんてことないように右手を出す。
つられるように、老狐も片手を差し出し。
そして。
「どーせお互いに一長一短なんだ。困った時は手を取り合って、都合よく生きよーぜ」
手を繋ぐ。
立場を超えて、激闘を超えて、両雄が手を繋ぐのだ。
まあ。
とはいえ。
「ただま、あくまでも『俺は』許すってだけでさ」
「へ?」
マヌケな表情で首を傾げるホムラに、しっかり言ってやる。
「俺が許しても……俺の仲間たちは許すかな?」
ホムラは失念していたのだろう。
ーーーー多少大人びた目線を手に入れたところで。
目の前に立つ、わるーーい笑みの戦士は…………やっぱり悪戯盛りの悪餓鬼なのだという事を。
という訳で、現在に戻り。
「つーわけで連れて来た」
「は?」
言葉と共に、タブレット画面に変化が起こる。
『…………どうも、すまんの』
「「ッ!?」」
ニマニマ顔のチエカの後ろから、申し訳なさそうに老狐が出てくる。
一瞬で場がザワつく。
「おまっ…………仮にもラスボス格持って帰って来るとか何考えてんだ!?」
「んーやよくやったわ。コイツには不当な契約を組まされた借りがあんのよ!」
「だっしょ? ストレス溜まってる人が絶対居るよなって思って連れてきたんだ」
「グッジョォブ!」
ビクッと小さな影が震える。
とりあえず自身の危機を感じて震えるホムラだが、オフラインモードなのでどこにも逃げられない。
『ま、待て待て《ユリカ》、あの時の契約はお互いに納得してたはずじゃ……』
「100歩譲って幼女魔王のお守りはいいとしても、フルダイブの件は聞いてませんでしたッ!!
あの子にぶった斬られた首が未だに痛いんですけどっ!? ちょっと同じ痛みくらいは味わっておきなさい!」
まってまて儂さっき轢かれたばかり許し助けぎゃあああああ!! と電子世界の悲鳴が上がる中、ちょっとわからないという感じで借夏が問う。
「ちょっと待て、タギーの会長は最奥じゃあなかったのか……。いやそれ以上に、今の話だとみんながなんで戻って来れたのかがわからないんだが…………?」
「ああ、それだったら」
千里はタブレット画面を見やる。
ホムラが逃げ惑いつつも結局、遥が召喚したカードにズタボロにされる中、ドヤ顔でチエカがしゃしゃり出る。
「……コイツのお手柄だよ。コイツが居たから『綱引き』に勝てたんだ」
「えへへー、もっと感謝したっていーんですよ? ……ろくに『点数稼ぎ』してきた訳じゃあありませんので♪」
「チエカ……?」
「ああ。話すよ、これから行くべき道を」
息を吸う。
吐き出す。
そして。
「俺たちが『なんで』助かったのか………そんでもって、これから『誰と』戦うべきなのか。全部伝えるよ、これからの為にさ」
少年は言葉を吐く。
それは、新たな戦いを予感させるものだ。




