絶望的な力の差!! 千里vsホムラその⑤
千里残り走行距離…………16
ホムラ残り走行距離…………13
戦場を焔が焼く。
遥か高みより紅き眼が睨めつける。
金剛絢爛たる輝きの獣がホムラの本性だ。
「さてと……まずは一発叩き込むとしようかの?」
巨獣が動く。
ビリリとした気迫が千里を締め上げる!!!
「バトルじゃ!! 儂の本体……試練の与え手ホムラでお主のグレイトフル・トレインを攻撃!!」
ゴウッ!! と大気をまきこむ一撃に、やむなく千里は奥の手を切ることになる。
「ッッッッ!! ちっきしょさせるかよぉ!! センター下の《ゴールデン・グース》の効果!! レース中一度だけセンター下から場に引っ張り出せる!!」
影の中から躍り出たのは、千里が最初に乗っていた黄金色のバイクだ。
《ゴールデン・グース》✝
ギア1マシン スカーレット・ローズ ATK2000 DEF2000
◆【レース中一度】センターの下に重なっているこのカードを、センター以外のマシン置き場に呼び出せる。
「ムムム?」
「まだだ!! グレイトフル・トレインの効果、場に存在するギア1を自身の下に重ねる事でそのステータスを吸収!! 対象は当然ゴールデングース!!」
トレインステータス……ATK10000→12000
DEF10000→12000
ギア3→4
黄金のバイクを噛み砕き、闘気を背負う人面列車。
これで返り討ちにする、そう思っていたが。
「猪口才なァ!!」
ホムラの号令とともに、ボフンッ!! と巨腕が消失する。
「ッ!?」
「カッカッカ!! お主如きに捉えられると思うてか!!」
自衛こそ果たしたが、肝心の本丸を討つ事は叶わなかった。
まさしく狐につままれたような事態に、慌てて詳細なステータスを確認にかかる。
書かれていたのは、タチの悪いジョークみたいな超性能だ。
《試練の与え手ホムラ》✝
ギア4マシン ステアリング POW11000 DEF14000
◆【デミ・ゲストカード】【一ターンに一度】場のこのマシンをアシストカード扱いで設置することができる。
◆【一ターンに一度/相手のマシンが走行又は攻撃する時】アシストカード置き場にあるこのカードをセンターに呼び出し、発動条件となった相手マシンとバトルする。このバトル終了まで、このマシンのギア以外のステータスは倍になる。
「これが……奴自身のカード……!!」
ステータスを見て、先の攻防の結果に納得が行った。
(そーいう効果か……あいつの剣は居合いだ。一旦引っ込んで、力を貯めてから解放する!!
あの時……チエカと一緒にヤツを攻撃した時、急に防御力が倍加したのもそういうことだったんだ!!)
今、場に出ている方のホムラは、霞のようになっている。あらゆる迎撃が通じない事の現れか。
それでいて、こちらから仕掛ければ恐るべき切れ味の刃が振り下ろされる。
完璧なスキル構成。だからこそ苛立つ。
(くそったれ!! ホムラの攻略はずっとずっと先の予定だったんだぞ!! 攻略サイトの解読だって詩葉頼りだった。今ここで効果がわかっても対策のしようがねぇ!!)
「やれやれだらしがないのぉ。虎の子のファーストマシンをくだらん用事でつかってしまうとは」
「…………!!」
嘲りひとつ、いよいよを以て化け狐は先を行く。
「では邪魔が消えたところで……気兼ねなく走るとしよう!! 競合王サクラで走行ッ!!」
ホムラが乗る馬車が駆ける。
ホムラ残り走行距離…………13→9
「チィ……だがまだ……」
「まだまだ! さらに手札より《夢幻列車砲》を呼び出す!!」
「!?」
汽笛が響く。
世闇に風穴を開け、奇怪絢爛な和列車が走り出る。
その上に、ホムラも馬車ものりあがる。
《夢幻列車砲》✝
ギア4マシン サムライ・スピリット ATK11000 DEF11000
【ダブルギア2】(このマシンのギアは2としても扱う。また、任意のタイミングでどちらかのギアとしてのみ扱うこともできる)
【センターのギアが4でない】このマシンのギア、ATK、DEFを半分にする。
【このマシンの行動終了時/場札二枚を疲労】自分のアシストカードの枚数分、相手の残り走行距離を増やす。
「その、効果は……そのマシンは!!」
「カッカッカ!! 前のターンからコイツを切るタイミングを見計らってたのよぉ!!
さぁてまずは夢幻列車で走行と行こうか!!」
ホムラ残り走行距離…………9→5
「そしてここで列車砲の効果! 場札二枚を疲労させることで相手の残り走行距離を『アシストカードの枚数分』減らす!」
「アシストカードの合計は、ホムラ込みで六枚……!!」
魔の列車の前面に亀裂が走る。
その装甲が左右に裂け、凶悪な砲身が現れ出でる。
ぐるりと回頭し、したたかに狙うは…………千里の正中。
騎乗するホムラが心底嬉しそうな笑みを浮かべて宣言する。
「焔よ我が敵を穿て!! 満を持して食らうがよい、夢幻列車砲の効果攻撃ーーーーーーーー獄炎・夢幻疾風弾ッ!!」
光が灯り、そして。
ゴァアアアアアアアアアッツ!!!
轟音とともに、灼熱の塊が放たれた。
迫りくる炎弾を睨む。
きっと、あれを食らったら自分は起き上がれないだろう。
戦術的にも、15キロもの差は絶望的だ。
彼は勝利。生還したアバターをもってこのゲームの権能を蝕み、電子の世界を大きく歪めてしまうだろう。
「…………ここで…………俺が倒れても…………」
それでも、一矢くらいは報いんと千里は軽口を叩く。
「詩葉の奴が……真相って奴に辿り着いた……。ここから追い出してもどーにもならない。
絶対にアンタは追い詰められる。悪いことした奴ってのはそうなるんだ。
きっと或葉だって…………遥さんだって協力してくれる。俺は一人じゃない…………!!」
「ほう? ずいぶんな信頼じゃが……それをどうやって確認する?
「…………?」
余裕の返答が返る理由も、質問の意味も理解できなかった。
「だってお前……今やってるのはブラウザゲームだぞ? 回れ右して液晶から離れれば…………」
すむ、と言おうとした。
言えなくなった。
「…………え?」
絶対的な没入感でプレイヤーたちを魅了するこのゲームは、しかしあくまでもただのブラウザゲームのはずだ。
真後ろに振り返れば、そこには彼がログインに使った鳥文良襖の部屋が広がっているはずだった。
なのに。
無かった。
千里の真後ろにも、変わらずコースが広がるのみだった。
「…………へ?」
自分は、どこにいる??
たったそれだけの事実さえわからない。
「俺は…………いったい…………」
背後に迫る火球に目をやる余裕もない。
「まて、なん、うそ」
つまりこういうことか?
自分はゲームの世界に本当に取り込まれていて。
自分は今からあの火球に本当に焼き払われる。
そういうことなのか?
「覚えておけ小童」
言葉が降りかかる。
無知な子供をあやす老人のように。
「ーーーーこの世のあらかたは、ほとんどの者が知らぬ理で動いておるのじゃよ」
ーーーーーーードムゥウウウウウウウウウ!!
「ぐああああああああああああああああああああっっっっ!!!」
千里残り走行距離…………14→20
遥か六キロも吹き飛ばされた。
ひっくり返しようのない差がついた。
絶望的な力の差を見せつけられた。
千里の体に未知の痛みが刻まれた。
獄炎に飲まれ、愛騎から転げ、これから大地にすりつぶされるのだ。
辛うじて残った意識が、ふりだしの上に墜ちる寸前呟いた。
(………………………………………………………………もう無理だ)
そこで、彼の意識は衝撃とともに途絶えた。
「…………こんなものか」
降り立つは桜吹雪舞う城下町。
刀の領域 《サムライ・スピリット》。
そこに駆ける魔列車の上、飛び乗った馬車から降りるのは金髪碧眼の美少女…………の、姿を乗っ取った老狐だ。
「儂らAi‐tubrを半壊まで追い込んだというから期待を込めて全力を積み込んだが…………買いかぶりすぎだったかの?」
少女の姿で爺言葉を操る老狐・ホムラは期待外れと罵るような、家畜を眺めるような瞳ではるか後方を眺めた。
「まあ、所詮はゲームマスターに頭が上がらぬ一プレイヤーの一人というわけか……おい小娘よ、御旗チエカよ!!」
いらだち交じりに、ホムラはもう一人の「敵」の名を呼ぶ。
意識を失った千里に代わり、彼女に降参の宣言をさせるためだ。
「もう決着は付いた。ここから逆転なぞありえん。じゃから大人しく負けを認めていましめを解け。さもなくば…………」
と、ここで違和感に気が付く。
チエカの気配どころか、周囲に人影自体が見当たらない。
気配と呼ぶべきものも一人を除いて見あたらない。
「逃げたか。姑息な手を」
逃走そのものを咎めはしないが、有効な手とも呼べなかった。
捉える手段はいくらでもあるが、一番手っ取り早いのは。
「自分の『特性』を恨むことだな小娘。貴様のカード《導きのチエカ》を使えばいつでもお主を呼び出せる。逃げの一手があると思うな…………」
呟き、先刻のように看板娘をひきずり出そうとカードをかざす所で。
「待たれよ」
行動を咎めるように、声は割り込んだ。
「…………お主が儂になんの用じゃ?」
新たな人物の登板に、しかしホムラはかけらほども揺るがなかった。
先ほどから気配は感知していた。
「かよわきその身で何ができる? のう…………丁場或葉」
「全てが成せる。であるからこそ、オヌシも拙者の級友を攫ったにござろう? ホムラとやらよ」
臆面なく答えるは、一貫して『彼ら』を肯定する賛歌の偶像。
「そう信じるからこそ、拙者はここに居る」
チエカの熱狂的なファンにして、千里の現状唯一無二の親友の少女。
丁場或葉が、そこにいた。
「ここは…………?」
気が付くと、千里は真っ白な空間に転がっていた。
「や…………ば…………、バトルはどうなった、ホムラの処遇は⁉」
見回しても何もない。
本当に、床以外360度全方位何もない、その事実をもって思い知る。
「…………本当に、ゲームの中に来ちまったんだな」
歓喜や感動はない。
ただ『引きずり込まれてしまった』感覚があるだけだ。
そして、出口を探そうという気にもなれなかった。
戻って、なんになる?
「…………」
その答えを、千里は出せなかったのだ。
(どう……すればいいんだよ……)
思考はから回る。
「俺の走行位置は……振り出しに戻され、ホムラの奴の場には……デカブツが三体も居る。頼みの綱のファーストマシンも使っちまった…………か。ちくしょ…………だめだよもう。こんなんどうしろってんだよ…………」
なにより、もう色々と許容量を超えている。
これ以上は立ち上がれない。
感知できる器官の全てが力を失った。
思考は沈黙に向かう。
(ごめん…………もう…………)
ぺちーーーーーーーーーーーんっっっ!!
「あがっ!! いっでーーーーーーーーっ!!」
「なーに勝手に諦めてくれちゃってるんですか?」
不意に強烈な平手打ちをくらい、思ったよりも元気に転げまわる。
「ん、だ、よいってーなァ⁉」
怒りの力で空元気を回し、すぐそばに居た襲撃者を見つけた。
それは麗しい少女の姿をしていた。
「チエカ…………?」
「もう、いつまで経っても呼ばれないもんですからこっちに呼んじゃいましたよ?」
拗ねたように言う彼女は、このゲームの看板娘。
「まだまだ、あきらめるには早すぎる…………そう思いません? ワタシはそう思いますっ!」
自信満々に言うのは…………千里と共闘する存在、御旗チエカだ。
少年よ、絶望を覚えるなかれ。
少女達の瞳は、まだ輝きを失ってはいない。




