化け狐の信念を問う!! 千里vsホムラその③
手札は六枚。
うち一枚はチエカを呼び出すためのカード。
コイツを如何に場に出せるかが勝利のカギになるはずだが。
(……熱っ!?)
不意に、じりっと身を焼く感覚があった。
視界の端を見やると、そこには赤々としたメッセージが浮かんでいた。
【警告】《妖炎輪の火車》のクラッシュ効果で、あなたはアシストカードを使用することができません。ご注意ください。
「んなこったろうと思ったぜ……」
先ほど炎の大車輪に受けた一撃。
それが、彼の進むべき道をごっそりと焼き払っていた。
《妖炎輪の火車》✝
ギア3マシン サムライ・スピリット POW9000 DEF9000
【クラッシュ】(このマシンが場にあり、相手マシンを追い越すか追い越されるかした場合以下の能力が起動する)
●相手は次の自身のターン終了時までアシストカードを使用できない。
「ひっでーロックなこった。これじゃまともに動けやしねぇ!!」
「ふん……好きだろうロック?」
「ああ大好きだよ腹立つくらいに!」
これで一ターン伸ばされた。
既に四ターン目だが、もはや『運命の四ターン目理論』は役に立つまい。
明らかに長期戦仕様に、このゲームは改造された。
とくれば、このターンは勝負を決めに行くべきではあるまい。
(手堅く攻める!)
そう思い、彼はカードを切る。
「俺は四体目……最後の《ハイウェイ・キッド》を呼び出す! 更に《ミスタートレーラー》を重ねていくぜ!」
《ミスター・トレーラー》✝
ギア3マシン ATK10000 DEF8000 スカーレットローズ
◆『場札二枚を疲労/一ターンに二度』山札からギア1一枚を呼び出す。
「トレーラーの効果でファーストマシンとキッドを疲労させて《パイクリート・ライド》を呼び出す。そして手札から来やがれ相棒!!」
《パイクリート・ライド》✝
ギア2 スカーレットローズ ATK8000 DEF8000
《ダブルギア1(このマシンはギア1としても扱う。またいつでも、場にあるこのマシンをどちらかのギアのみに変更できる)》
『自機がギア2でない』このマシンのATKとDEFを半分にする。
《グレイトフル・トレイン》✝
ギア3 スカーレット・ローズ/マシン ATK10000 DEF10000
◆《自分のマシン一枚を捨て札に》コストカードのステータスを自身に加える
先ほど自身を轢き倒したマシンの出現にホムラの顔が曇る。
「まだまだ。トレインの効果でパイクリート・ライドを吸収する!! さらに《アビス・ペイント》を呼び出す!!」
《アビス・ペイント》✝
ギア1マシン POW 0 DEF 0 スカーレットローズ
【このマシンの登場時】このマシンのステータスは自分の場の他のマシン一体と同じになる。
【ターン終了時】このマシンを破壊する。
「アビス・ペイントの効果で、強化されたグレイトフル・トレインをコピーする!!」
アビスステータス…………POW 0→18000
DEF 0→18000
ギア 1→5
単なる軽量車両のようだったアビスが、トリックアートの細工のように急速に体積を増す。
その光景を見、嘲り声を上げるのはホムラだ。
「ハッ!! 三体で合計ギアが13か!!」
「おーよ。なんだよ案外うまく回るんじゃーねぇか?」
このまま行けば13キロの走行となる。
勝利に迫る。
「レッツライディング! アビス・ペイントで走行!!」
千里の戦列がうなりを上げる。
先をゆく宿敵へと迫る。
が。
不意にガツンとした衝撃に襲われる。
見やると、ホムラが乗るそれとは趣が異なる騎馬に狙われていた。
「!?」
「温いわァ!! 手札より《騎馬の横槍》!!」
《騎馬の横槍》
ギア3設置アシスト ステアリング
設置したターンの走行または攻撃を二回まで無効にできる。
シンプルイズベスト。
ステアリング特有の、デッキに三種類しか組み込めないことを担保にした凶悪効果は、中世の騎馬兵の姿で千里を狙っていた。
煽りの言葉が千里を逆撫でる。
「ほれほれどうした? それっぽっちの手ではゴールまでどれだけかかるかわからんぞ? ンン?」
「うるっせーなぁ⁉ グレイトフルトレインで走行ッ!!」
「笑止千万! 再び騎馬の横槍の効果で無効!!」
騎馬の横槍・効果残数……2→1→0
役割を果たした騎馬兵は、満足げに仲間達の元へ帰還していく。
そう、残留するのだ。
(また、設置アシストが増えた……!!)
心を荒げた千里だったが、それでもヤケになったわけではない。
目まぐるしく変わる状況の中で必死に策を編んでいる。
(冷静に! 冷静になれ俺! ここで今更三キロぽっち走った所でなんの意味もない。
今アイツがやられて一番困ることを考えろ!!)
前のターンのホムラの戦術は凄まじかったが、対価として三枚の手札を消費した。更に今の妨害で一枚消費したために、現在の手札は二枚。
そして千里の場のマシンのうち、自壊するアビス以外のどちらか一体は《シンプルレーシング》の効果で破壊される。
最後に。
(奴の主力となら潰し合える!!)
「行くぜバトルだ! 夜馬車の黒棺にトレーラーで攻撃!」
「ほう!!」
目が覚めるように青いトレーラー車が、漆黒の馬車を踏み潰す。
しかし大量の木片がホイールをロックし、盛大にスピンしながらコース後方へ散っていく。
爆発。
炎上。
DRAW トレーラーATK10000vs10000DEF夜馬車 DRAW
黒塗りの高級馬車に激突した車に待つは相打ちという名の示談。
速やかに結果は処理され、双方崩れ落ちる。
爆風になびく毛並みを背負い、ホムラは冷静に分析する。
「……走力を稼ぐより、儂の行動を妨害する事を選んだだけではないな? 下手に追い抜く事で、また接触能力を繰り出されるのを恐れたか」
「……わかってんじゃねーの」
戦術上、千里はこのターンでギア4を出すべきだった。そうできなかったのは、ホムラが繰り出した接触能力のせいだ。
『車間距離』を保つ事で『クラッシュ』を防ぐ、このゲームならではの駆け引き。
やはりコイツは『わかっている』。
そう、確信したからこそ。
口を開く。
「……ターンを明け渡す前に、聞いておきたい事がある」
疾走する世界の中、千里は問いかける。
「なあ。なんでアンタは『あんな事した』? わけのわからない手品で『アイツ』の意識を奪ったのはなんでだって聞きてーんだ。
そんなことしなくても、アンタは事実上はアイツの『上司』だ。フツーに上司の命令として、アイツから権限を奪い取ることだってできたはずだ」
「…………、」
化け狐は答えない。
千里は続ける。
「さっきから、アンタのプレイングから、走りから言葉の節々から……このゲームへの愛が伝わって来てる。アンタはこのゲームを潰さない。潰すわけがない。それくらい、アンタはこのゲームをやりこみ、愛しているはずだ」
コーナーを曲がる。
夜の風が電子の肉体を撫でる。
「……そうとも、このゲームは素晴らしいさ」
化け狐が口を開く。
その声はどこか哀し気だった。
「未知のゲームロジックに、疑似的なオープンワールドとの相性を考えて提示された世界観。そしてアップデートに伴い、よりレースらしく尖った進化を続けている。
……量産型では終わらないという『信念』と『覚悟』を見た。失うにはあまりにも惜しかろうな」
「だったら……だったらなんで!!」
「黙れ小童ァ!!」
声が荒ぶる。
大気を震わす凄味が響く。
「理解できんとは言わせんぞ。『あの少女』を抑える意味を。過ちだとは言わせんぞ、あやつに手綱を付ける事を!!
お主は誰よりも間近で見ただろう? 奴は……鳥文良襖は『狂っている』!!」
鳥文良襖。
このゲーム『カードレース・スタンピード』を創り上げた張本人。
一番の功労者である彼女は、同時に一息でこのゲームを終わらせかねない危うい神格だった。
そのことを、千里は嫌というほど思い知っている。
「つい先刻だ!! つい先刻、心のコントロールを失った彼奴はこのゲームを自ら潰しかけた!
それを黙って見過ごすほど儂らタギーは日和見主義ではない。然るべき処理こそが現状よ」
「ッ…………!!」
論説が突き刺さる。
だとしてもと言葉を繋ぐ。
「だったら……ほらよ……単にクビにするんじゃだめだったのか⁉ そりゃあ悪いことした報いは受けなきゃだろーが……」
「たわけめ」
ホムラは悪びれない。
見当違いの論を繰り出す千里を憐れむようですらあった。
「奴を誰と心得る。この駆け抜ける世界の創造神ぞ? その神が理不尽な復讐心で牙を剥いたらどうなる? 仕込み爆弾の一つでもあれば、か弱き世界など一瞬で亡きものにできるだろう」
ホムラはただ事実を語る。
容易く起こりうる破滅の未来へのルートを語る。
「その時になって我らに何ができる、謝罪文を出して世界が救われると⁉ そんなわけがあるものか!!
危険は徹底的に取り除かねばならない。未来を見据えればこそ今を暴く。奴には真に全ての権能を手放すまでその身を差し出す『義務』がある!!」
「…………、」
何も言い返せなかった。
一理以上はある、と思えてしまった。
それを受け、どこか優しげな声でホムラが続けた。
「……一度始めた以上、このレースを止めはせん。それはこのゲームを侮辱することになるからの。だがその結果がどうあれ…………我々は止まるつもりはない」
決意があった。
未来掴む決意があった。
「儂らは護るさ。たとえ誰に何を言われようと。このゲームを守り切れるなら、幾戦千幾万の批判だって浴びようぞ━━━━」
「ふん、いい決意だ。その言葉が『本音』ならの話だがな」
「⁉」
その声は低く響いた。
声の主は、彼らを追うように浮遊する観客席から眺めていた。
切れ長の瞳が、化け狐の『噓』を射抜いていた。
その名を呼ぶ。
「詩葉…………」
黒ずくめの男性型アバター。
その中身は、丁場姉妹の片割れ。
丁場詩葉。
彼の仲間の一人が、どこか冷めた目で化け狐を見下ろしていた。




