戦後処理。権能が示す仮説。
御旗チエカ。
スタンピードの謎の中心核にして、先駆千里たちがたどり着くべき終着点。
全ては彼女から始まり、彼女との決着を以ってこの旅路は終わる。
金髪碧眼、美麗なる彼女の事は未だ誰にもわかっていない。
だがーーーー
「チエカの手がかりはゼロ、か……」
とりあえず、やることはやる。
『スタンピードの創始者』のパソコンをいじれるのだ、収集できる情報は全て回収する。
大昔……とある世界的カードゲームの製作者は、その利益で購入した島に住まい、そこで20万ドルの賞金を用意した大会を開いたらしいが。
彼と同等の権能が、こんな六畳間に詰まっているというのも恐ろしいものだ。
時代の流れが、神秘を配り歩いてしまった。
そんな感覚を彼らは感じ取っていた。
「……ふん。なにをやってるんだか」
呆れたように言うのは、スタンピードを統率していた魔王、良襖だ。
己が母にみっちり制裁を受けた彼女は、ずいぶんと大人しくなってしまっていた。
「ムジュンしてるのよねぇ。あなたたちの行動は最初ッから。
知りたくないから調べる。終わって欲しくないから終わらせる。そらそんな捻れをそのままに戦い続けたら気絶もするわよ」
尻を叩きに叩かれ、文字どおり足腰立たない状況でも口は達者だった。
「……んなこと言ってもよ。問題があったらマズイじゃんよ。いくつかボロはあったし、こうしてヤベー問題も……」
「あんたじゃないわ千里」
伐たれし幼女魔王は告げる。
「あんたに言ってんのよ或葉。幻想に酔いたいはずのあなたがなんでコイツに協力するわけよ?」
「ふむ……この世の万物を欲するは人の性よの」
どこか寂しげに語るのは、或葉だ。
「いくら矛盾していようと、思い人の全てを知りたいと思うは至極当然。
たとえ望まぬ結末が待っていようとも、足はそちらに……真実をめざす方に、自然と向かうにござるよ」
「その結果、本当に望まない結末が待っていたら?」
「……、」
一拍、置いて。
「……たとえ全てが最悪に転がり、ぬしやチエカ殿が倒れ付したとしても、我らで新たなスタンピードを創る。
必要なら『御旗チエカ』の擁立もの。そして、新たな夢を配り歩くにござる」
「はっ……つまり本家顔負けの二次創作をしてくると。クリエイター冥利に尽きるわぁ……」
力なく、彼女は仰向けに倒れる。
色々とどうでもよくなってしまったのだろうか。
ーーーー結局、彼らの旅路はなんのためにあったのか。
それすら、彼らはわからなくなってしまっていた。
三人、皆等しく。
だが。
「……ねぇ、千里」
それでも、と。
せめてものけじめを求めるように少女は言う。
「あたしは……取り返しのつかない過ちを犯した。守るべき幻想を自ら踏み砕いてしまった。
だからこそ、あたしは幻想に裁かれないといけないと思う……わかるでしょ?」
その方法を提示する。
「いつかでいい。すぐじゃなくたっていい。……だけどお願い。絶対あたしを、ちゃんと倒しに来て」
首を洗い、差し出す行い。
何を思い、その言葉を発したのか。
それは、敢えて聞かなかった。
ただ、少し遠くを見た上で答える。
「……わかった。そう長くは待たせない」
改めて。
少年は勇者になる事を決意する。
討つべきはもはや、邪悪暴虐の魔王でなけれど。
断罪の儀式は正しく行わなければならない。
◆
「御旗チエカって……なんだ?」
「……さーってね。あたしにも見当もつかないわ」
「であるか。……まあ、そうであろうとは思っていたにござるが」
作業の最中の問いかけ。
素直な答えに、二人は落胆する。
あの女は、魔王・鳥文良襖にとっても謎の謎の謎だらけだった。
だが。
「ひとつわかったことといえば……あの子とあんたが出したドラゴンは同じ権限を持っている……って漏らしてたけど」
「同じ、権限……?」
「切っても切ってもキリがない。まるで金太郎飴。無限に増殖して、その全てが同じように振る舞う様。
……ま、あたしにはなにが何だかサッパリだったかな」
金太郎飴。細工飴のひとつで、巻き寿司やバウムクーヘンのように何度切っても同じ絵柄が切り出されるのが特徴だ。
常識的事実も、反芻することで見えてくるものがある。
「金太郎飴……同じ絵柄……増殖……増殖?」
「あんた、まさかあの子がウィルスかなにかだとでも思ってるわけ?」
「バレたか」
安直な予測は見透かされる。
しかし、そんな想像をぶつけたくなるようなトンデモがチエカだ。
「つってもよ。もう他にどんな正体があるよ? 少なくともただの人間には思えねーけど?」
「確かに。…………だけど、ウィルス? そんなタマじゃないわよあの子は。もっとえげつなくて凄まじいナニカよ」
浮かんだ仮説もすぐさま否定される。
「仮に彼女がウィルスだとして。その目的はなに? なんのためにカードゲームのルールとキャピついた振る舞いを会得したって?
無駄よ、ウィルスだとしたら。かつては萌えウィルスなんてものもあったらしいけど……愉快犯の仕業にしたって無茶があるわ」
よく考えたら、チエカはウィルスにしては整合性が無さすぎる。
電子の海を培地として、自身を培養する……一見していかにもウイルスらしい行動だが、しかしそこには一定の秩序があった。
ウイルスは秩序を持たない。ただ無作為に食い荒らすのみだ。
とくれば。
「チエカには……『知性』と『目的』がある。ただし行動の規模と特性からして『人間性』は乏しい……。ウイルスでも人間でも無い、そんな存在……?」
「夢の無い仮説、立てて良い?」
切り込むのは良襖だ。
「彼女が電子の中で絶対的な存在になることで、あたしたちとユーザーの他にもう一角、得をする勢力が居るわ」
「は? そんな奴がどこに」
「よもや……出資者タギーにござるか」
「そ」
出資者タギー。
そも、魔王鳥文良襖が事を急いた原因は彼らが居たからだ。
話を聞く限り、彼女とタギーは互いに《カードレース・スタンピード》の舵を奪い合う仲とのことだ。
遥こと幹部の一人 《極上の乗り手ユリカ》が店を開けたのも彼らの出資ありきだったが……その事実が、そこを利用する良襖を追い詰めた。
障害は排除せねば。
その強迫観念が彼女を凶行に走らせた。
回想と共に青ざめながら、彼女は語る。
悪夢のような仮説を。
「もしも……もしもよ。もしも彼女が、彼らが糸を引く操り人形だとしたら? アンタらどうする?」
それはまだ、否定しきれない仮説だった。




